第35話 ニナの父様
母様の発言に、誰もが動きを止める。
今、何を言ったの?
「……説明してもらえるだろうか?
ニナが叔父上の子だというのは本当なのか?」
「そうね。ノエルもニナのことを知らないのよ」
「は?」
「私が知っているのは、ノエルは銀色の髪に紫の目。
ブラウエル国のジラール公爵家で生まれた二男で、
死んだことにされているとだけ聞いているわ」
「それは……叔父上だな」
ルシアン様の叔父が死んだことになっているの、
母様は知らないはず。
では、本当に私の父様はルシアン様の叔父なの?
「あの時、ノエルはすぐに戻ってくるって言ったの。
国を出ることを家族に認めてもらったら、
ずっと一緒にいようって……でも、ノエルは戻ってこなかった」
「叔父上とはどこで出会ったんだ?」
「……精霊の森よ。
ノエルは私の生まれ育った場所に来ていた」
「精霊の森?」
母様が生まれ育った場所がどこなのか、私も知らない。
ただ、精霊がいっぱいいたと聞いたことがある。
そこが精霊の森なんだろうか。
「この国の何十倍、何百倍と精霊がいる場所よ。
そこに住む私たちは森の民と呼ばれている。
ノエルは、そこに旅に来ていた。
私のお祖父様がそこの長だったの。
ノエルは精霊に認められたからか、精霊の森に入って来てしまった。
それでもお祖父様にはすぐに帰れって言われていたわ。
森の民は、他の部族を認めないから」
「叔父上がいろんな場所に旅しているのは知っている。
だが、精霊の森とはどこなんだ」
「ここから三つ国を挟んだ場所よ。
地図にはないから、知らないと思うけど」
「叔父上とは結婚していたのか?」
「結婚するはずだった。
でも、ノエルは戻ってこなかった。
そのうち、身ごもったことがわかって、
精霊の森にいたら子どもが殺されると思って逃げたの」
あぁ、母様が旅をしていたのは私を身ごもったからなのか。
他国の父様との間に私ができたから、いられなくなって。
「母様はどうして父様に会いにきたの?」
「……あなたを一人で産んで育てようと思った。
薬師として、流れ着いた村で必要とされて、
そのまま生活していけると思ったの。
でも、流れの薬師である私を確実に村にいさせるために、
村長は私を村の男と結婚させようとしたの。
ニナは綺麗な子だから高く売れる。騙して売り飛ばせばいいと」
「ニナを守るために逃げてきたと?」
「私だけではニナを守り切れないと思ったの。
この国に連れて来ても、死んだはずのノエルの子がいると知られたら、
どういう扱いになるのかわからなかった。
それでも、賭けに出たの。
ニナが安全に生きるには、
ジラール公爵家に引き取ってもらうのが一番だって。
……何も言えなかった。
私を守るため、このジラール公爵家に来るために旅をしていたなんて。
「だけど、ノエルとニナが精霊の愛し子という存在だとは知らなかった」
「知らなかった?精霊の愛し子を?」
「森の民は全員がこの国でいう精霊の祝福を受けているの。
精霊が見えるし、話すこともできるし、力を借りれる。
銀色の髪だから特別だとか、そんなことは知らなかったわ。
この国に来て、捕まった後で知ったの。
知っていたら、もっと隠れて旅をしたわよ」
「そうだったのか……叔父上は一年に一度しか帰ってこない。
あと三か月もすれば、戻ってくると思う。
会わせるのはそれまで待ってもらえるだろうか。
もちろん、母上もニナも、ジラール公爵家が責任もって保護をする」
「わかったわ、ありがとう」
母様はほっとしていたけれど、私は混乱したままだった。
何か話しかけようとしていた母様に反応することもできなかった。
母様は私と話すのはあきらめたのか、部屋に戻っていった。
「……ニナ、とりあえず、ニナも落ち着こう。
叔父上が来るまでは時間がある」
「……わかりました」
部屋に戻った後も、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
私の父様のことは考えないようにしていた。
ずっと、母様と二人だったし、父様のことを聞けば、
母様は悲しそうな顔をするから。
戻ってこなかったとさっき母様は言っていた。
じゃあ、母様は捨てられた?
父様は私の存在すら知らない……。
そんな父様に会ったら、どうなるんだろう。
母様を捨てた理由を聞くんだろうか。
知らない間に生まれた娘に会って、どう思うんだろうか。
苦しくて、苦しくて、テラスに出る。
今日は精霊がおとなしい。
飛んでいる光が少ない。
暗い庭をながめていたら、ルシアン様がテラスに出てきたのが見えた。
「……ルシアン様」
「ニナがテラスに出たのがわかったから。
大丈夫じゃなさそうだな」
顔に出ていたのかと思った瞬間、涙がこぼれ落ちる。
「……悲しいのか?」
「……急に父様のことを言われて、どうしていいかわからなくて」
「混乱しても仕方ないよな。俺も驚いた。
だけど、ニナの母上の話では納得できないところもあった。
叔父上は愛した人と何も言わずに別れるような人ではない」
「え?」
「叔父上は物心ついた時にはもう公爵家にはいない人だった。
それでも一年に一度戻ってきて、一か月くらい滞在していた。
十年くらい前に聞いたことがあるんだ。
どうして旅をしているのかって。
その時、叔父上は大事な人を探しているって言ってた」
「大事な人?」
「それがニナの母上なんじゃないかって思ってる。
本当にそうなのかは、叔父上が戻ってくるのを待つしかない」
「……そう」
ルシアン様から見れば、母様を捨てたようには見えないのか。
私としても、そうであってほしいと思う。
「俺は……ニナが叔父上の娘だと聞いて……喜んだ」
「どうして?」
「陛下に、ニナとの結婚は認めないと言われた」
「え?」
認めない?婚約式までしたのに。
「……ニナが卒業するまでに精霊術を使えるようになったら、
王太子の側妃にすると。
使えなかったら、平民の愛妾にすると言われた」
「そんな!」
「だから、その前に逃がそうと考えていた」
「……」
国王と王太子の卑劣な考えに吐き気がする。
どこまでも精霊の愛し子を利用しようとして、
私の気持ちなんかどうでもいいと思っている。
そして、ルシアン様は本当に私を大事に思ってくれているのがわかった。
側妃か愛妾にすると言われたのに、逃がそうと思ったなんて。
そんなことをすれば、ルシアン様がどう処罰されることになるかわからない。
「だけど、ニナの父が叔父上なら、俺と結婚することができる」
「え?」
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