第36話 求婚と公爵家の誓約

国王と王太子の卑劣な考えに吐き気がする。

どこまでも精霊の愛し子を利用しようとして、

私の気持ちなんかどうでもいいと思っている。


そして、ルシアン様は本当に私を大事に思ってくれているのがわかった。

側妃か愛妾にすると言われたのに、逃がそうと思ったなんて。

そんなことをすれば、ルシアン様がどう処罰されることになるかわからない。


「だけど、ニナの父が叔父上なら、俺と結婚することができる」


「え?」


「俺とニナの結婚を陛下が認めないというのは、

 この国の法律では高位貴族と平民は結婚できないからだ。

 それはニナが侯爵家の養女になっていたとしても同じ。

 半分でも貴族の血が流れていなければ認められない。

 だから、ニナがバシュロ侯爵の娘ではないと公表されたら、

 どうやっても結婚できなくなる」


だから、国王は私とルシアン様の結婚を認めないと言ったんだ。

私が平民の血しか流れていないから。


「王妃も認めたんだから大丈夫だと思っていた俺が甘かった。

 どうあっても、ニナは手元に置いて利用したいらしい。

 王太子の側妃も愛妾も、そんなことは許すわけにはいかない。

 どんな目にあうかわからないのだから」


「王太子の側妃も愛妾も、お断りです。

 何があっても拒否します」


「ああ。俺も全力で断る。

 ニナが叔父上の子なら、平民だから認めないと言えなくなる。

 精霊教会が婚約式までしたんだ。解消させる理由がない。

 解消させられなければ、側妃も愛妾にもできないだろう」


いくら国王でも、一度婚約を認めたのを解消させるには、

それなりに理由が必要だってことか。

理由がなかったら、臣下の婚約者を取り上げるようなものだものね。


だけど、そんな風にうまくいくんだろうか。

本当にルシアン様の叔父が私の父様だとしても問題は残ってる。


「ルシアン様の叔父様が私の父様だとしたら、

 私は貴族の血を引いていることになるんですか?

 死んだことになっているんですよね?」


「ああ。だが、父上が陛下に報告すれば、籍を戻すことはできるだろう。

 死んだことにされていた弟が生きていたのがわかったとでも言えば」


「公爵家が処罰されませんか?」


「叔父上を隠した祖父母はもう亡くなっている。

 多少は咎められるだろうが、叔父上は精霊の愛し子だ。

 存在を知れば、陛下も喜んで迎え入れるだろう……」


「父様も精霊の愛し子だから……」


その言葉に気持ちは重くなる。

父様も国王に利用されてしまうんだろうか。

せっかく死んだことにしてまで逃がしたのに。


「……ニナがこの国を嫌っているのはわかる。

 ニナの母上もあんな目にあったんだ。

 それでも、ニナと結婚して幸せになれるかもしれないと、

 一度思ってしまったら。

 陛下に認めないと言われても……簡単にあきらめられなくなった」


「ルシアン様……」


「叔父上が戻って来るまで考えてほしい。

 俺と結婚したら、この国に囚われてしまう。

 もちろん、全力で守るけれど、嫌な思いもするだろう。

 ……それでも、俺はニナと結婚したい」


「……」


見上げたルシアン様は静かな目で私を見ている。

答えを出すのは私だから、押しつけることはしないと。


もっと強引に迫られたら、「はい」と言うかもしれないのに、

ルシアン様はそんなことはしない。

私が考えて、私が決めてほしいんだ。大事なことだから。


でも、それなら私も考えてほしいことがあった。

この腐った国を、ルシアン様はどう思っているのか。


「……ルシアン様も一緒に逃げることはできないのですか?

 この国を、この国の王族や貴族を守りたいと思いますか?」


「逃げられるのなら、逃げたい。

 俺は、ニナといられるのなら貴族なんてやめてもいい」


「それは本当ですか?」


希望を持てた気がしたのは一瞬だけだった。

ルシアン様が何かをあきらめたようにため息をついた。


「この国に、陛下に忠誠なんてない。

 陛下も王太子も貴族も精霊教会も腐っている。

 次期当主の責任なんて放り出して逃げたいと何度思ったかわからない。

 だが、公爵家は誓約に縛られている」


「え?」


「ジラール公爵家当主が精霊と契約をした時、誓約もあったんだ。

 一度目は、精霊がこの国から出られない代わりに、

 公爵家の者もこの国から出られない。

 二度目は、精霊がこの国の貴族に精霊術を使わせる代わりに、

 公爵家の者もこの国のために尽くす、と」


「……そんな誓約が?」


「だから、いくら陛下が理不尽なことを言っても、

 この国が精霊を虐げていても、俺と父上は逃げ出すことができない。

 死なない限り、公爵家の籍から抜けることは許されない。

 叔父上が自由に国を行き来しているのは、公爵家の籍にいないからだ」


公爵家の血を引いても、籍に入ってなければ関係ない?


「ごめんな。こんな誓約さえなかったら、

 すぐにでも一緒に逃げようって言えたのに。

 俺と結婚するというのはニナが犠牲になることと同じなのに。

 ニナがどうしたいのかは、ゆっくり考えてほしい。

 叔父上が戻ってくるまで、まだ時間はある」


「……わかりました」


「平民として生きると決めたのなら、ちゃんと逃がす。

 俺と一緒にならなくても、ニナには幸せになってほしいんだ。

 答えを決めたら、それに従うから」


ルシアン様はこの国から出られない。

私とルシアン様が結婚するには、私が公爵家に残るしかない。

そうなれば、この国のため、国王の命に従わなくてはいけない。


うつむいていたら、抱き上げられた。

距離が近くなったルシアン様の表情は暗いまま。


「身体が冷えてしまっている。部屋に戻ろう」


「はい」


そのまま私の部屋のベッドに連れて行かれ、降ろされる。

一度だけ強く抱きしめると、ルシアン様はすぐに部屋から出て行った。


残された私は眠ることができず、朝まで考え続けていた。


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