第30話 夜会の開始

王宮へと向かう道は馬車でいっぱいになっていた。

その横をすり抜けるように公爵家の馬車は進む。


「いいんですか?」


「高位貴族用の出入り口は別だから」


「そうなんですね」


「カミーユ王子と婚約していたのに、夜会には出なかったんだな」


「国王と侯爵が私を目立たせたくなかったようです。

 夜会には出なくてもいいと言われていました。

 なので、カミーユ様からは誘われたのですが断っていました。

 出なくてもいいのなら、社交界にはあまり興味はないので……」


学園に入ってから二度、カミーユ様に夜会に行こうと誘われていた。

だが、精霊の愛し子だということを知られないようにか、

国王と侯爵からは出席しなくてもいいと言われていた。

そのため、今まで公式行事に出席したことはなかった。


「それは、カミーユ王子は残念がっていただろう」


「いえ、私が出席できない代わりにオデットと行っていました。

 公にエスコート出来てうれしかったんじゃないでしょうか」


「あぁ、そこでもか。なるほどな」


なるほどと言ったルシアン様の意味がわからなくて聞き返す。


「なるほどというのは?」


「多分、陛下はニナとカミーユ王子を結婚させるつもりは、

 最初からなかったんだな」


「なかった?仮の婚約だったということですか?」


「ああ。精霊術を使えるのなら、王族に残る第二王子の婚約者に変更させる。

 使えないなら婚約解消させて平民として放り出す、そんなとこだろう」


「それはありそうです。

 あの時も、国王は第二王子と婚約させたそうでしたし。

 あれはまだ私が精霊の力を使えるかどうかわからないから、

 とりあえず婚約させておこうって感じでしたね。

 第二王子には大事な恋人がいるようですし」


「ああ、知っていたのか」


くすりと笑うルシアン様に、少しだけ面白くない。

子ども扱いされるのは慣れているけれど、今はまじめな話をしているのに。


「あの時、精霊が婚約者候補の三人のことは教えてくれてました。

 だから、誰も選ぶつもりはなかったんです」


「そっか。精霊がニナを守ってくれてたんだな。

 ……今日も、もし俺と離れることがあったら精霊の力を使うんだ」


「王宮で使っても大丈夫ですか?」


「知られたら面倒なことにはなるだろうが、

 使わずにニナが危険な目にあうほうが困る。

 どうしようか迷ったら、使うんだ。いいね?」


「わかりました」


話が終わったところで、がたんと馬車が止まる。

王宮の奥に馬車が止まったらしい。

王子妃教育の時には、こんなに奥まで来なかった。


「公爵家用の控室が奥にあるんだ。

 そこにまずは案内される。ニネット、手を」


「はい」


ルシアン様が私をニネットと呼ぶときは誰かが聞いている時。

よそ行きの表情に切り替えて、ルシアン様の手を取る。


今日も紫色のドレスを着ているが、婚約式とは違うものだ。

あまり広がりすぎないスカート部分に同じ紫色で編んだレースが重ねられている。

少しだけ大人っぽいデザインだが、露出は少ない。

ルシアン様がダメだというので、胸元はしっかり閉じられている。


公爵家の控室で待機していると、もうじき入場だと知らされる。

ルシアン様の手を取って、大広間に向かう。

会場に入ると、一気に人の目が集まる。


……これは、ルシアン様が見られているんだ。


「周りは気にしなくていい。

 王族が入場したら、一番に挨拶に行くよ」


「わかりました」


王族が入場してくる間も、

令嬢や夫人からの視線はルシアン様に集まったままだった。

国王と王妃が入場し、夜会の開始が告げられる。



あれ。カミーユ様が入場してこなかった。

一応はまだ王族なんじゃ……。

不思議に思ったけれど、ここで聞くことはできない。


「さぁ、行こう」


「はい」


ルシアン様にエスコートされて、王族席へと向かう。

国王と王妃、初めて会う王太子アンドレ様、第二王子のランゲル様の前に立つ。


「婚約式は終わったんだな?ルシアン」


「ええ。無事に終わり、ニネットとの婚約が調いました」


「そうか。二人とも、今後も臣下として尽くすように」


「はい」


ルシアン様が礼をするのに合わせて、私も頭を下げる。

何も言わなくていいのなら楽だと思っていたら、アンドレ様に声をかけられた。


「その令嬢がルシアンの婚約者か。名前は?」


「……ニネット・バシュロと申します」


「ふぅん。意外と悪くない容姿だな。

 どうしてランゲルではダメだったのか?」


「……」


何か怒っているような気がしたのは、これか。

私がランゲル王子を選ばなかったことが気に入らないとか?

どう答えたらいいのかわからずに黙ったら、ルシアン様がかばってくれる。


「アンドレ王太子、ランゲル王子にはもっとふさわしい令嬢がいるでしょう」


「……まぁ、そうだな。行っていい」


「はい」


アンドレ様もランゲル様に恋人がいると知っているらしい。

ここでそれを言われたら困るのか、話を切り上げた。


ほっとして移動すると、ルシアン様に果実水を渡される。


「いつもならすぐに帰るんだが、今日はそうもいかない。

 今のうちに水分補給しておいて。

 俺以外から渡された物はぜったいに口にしないように」


「はい」


緊張していたからか、のどが渇いていた。

果実水を受け取って飲み干すと、後ろから声をかけられる。


振り返ったら、派手な赤いドレスの女性だった。

ルシアン様がすぐに動いて私を背に隠した。


「ようやく会えたわ。あなたがルシアンの婚約者ね?」


「近づくなと言っておいたはずだが」


「そういうわけにはいかないわよ。義娘になるんだもの」


義娘?

では、この女性がルシアン様の母親……。

黒髪の夫人は美しい顔立ちだとは思うけど、厚塗りの化粧で、

赤いドレスもどう見ても派手な上、髪を下ろしている。


この国の夫人は髪をまとめるのが基本だと思っていたのに、

令嬢のように下ろしたまま髪飾りをつけている。


その後ろからのぞくように、もう一人の女性。

私より少し年上の令嬢が、同じような赤いドレスを着ている。

こちらも顔立ちは整っているけれど、派手な感じだ。


どちらもルシアン様の家族には見えない。


「ふふふ。少しは綺麗だけど、地味ね。

 お兄様には似合わないんじゃないかしら?」


「そうね。ドレスも地味だし、お化粧も地味。

 私たちが教えてあげなきゃダメみたいねぇ」


「いらない。お前たちみたいになったら困る。

 ニネットには近寄るな」


くるりと背を向けて、ルシアン様は私の腕を引っ張る。

二人は追いかけてくるかと思ったのに、来なかった。


「あれが話していた母親と再婚先で生まれた妹ですね?」


「ああ。一度話しかけてくれば、もう来ない」


「一度だけですか?」


「そうだ。あれは、周りの夫人や令嬢に見せつけるためだ。

 自分たちが公爵家に関りがあるんだと。

 何度断ろうと、伯爵家に苦情を言おうと、気にしないんだ……。

 疲れるから、関わらないことにしている」


「それは……大変ですね」


たしかに人の話を聞かなそうな人たちだった。

オデットとはまた違う感じの困った夫人と令嬢。


その二人に、夫人や令嬢たちが群がっていくのが見えた。


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