第31話 夜会の合間に

たしかに人の話を聞かなそうな人たちだった。

オデットとはまた違う感じの困った夫人と令嬢。


その二人に、夫人や令嬢たちが群がっていくのが見えた。


「……意外と、人気なんですね?」


「あれは人気があるのとは違う。

 あの二人は、自分たちが気に入った女性を俺に紹介すると嘘を言っている。

 俺の婚約相手を決めるのは自分たちだと言っていたこともある」


「そんなの信じるんですか?」


「信じるような者だけ相手にしているんだ。

 多分、今なら、俺がニネットと婚約したのは王命だから仕方ない、

 愛人として紹介するとでも言っているんじゃないのか?」


「愛人ですか……」


二人の行動を説明しながらうんざりしたようなルシアン様に、

これじゃ女嫌いにもなるなと思ってしまう。


母親と父親違いの妹。

一番近い女性がそんなことをしているのでは、

近付いてくる女性を信用するのも難しかったに違いない。


見ていたら、あの二人と話していた令嬢たちが、

こちらに向かってきそうな気配がした。


「はぁぁ。ニネット、踊れるよな?」


「一応は。夜会で踊るのは初めてですけど」


王子妃教育を受けているので、一通りは踊れる。

実際に踊ったことはないけれど、なんとかなるはず。


寄って来そうな女性たちの相手をしたくないからか、

ルシアン様は私の手を取って広間の中央へと出る。


周りにいた者たちがルシアン様を見て声をあげる。


「あのルシアン様が令嬢と踊るの?」


「形だけの婚約じゃなかったのか?」


「女性嫌いが治ったのかしら……今なら、お相手してくれるかも?」


どうやらルシアン様も夜会で踊るのは初めてらしい。

あちこちから驚きの声が聞こえてくる。


「悪いが、女性が寄って来ないように相手してくれ」


「……逆効果のようですよ。令嬢たちが期待する目で見ています。

 一度踊ったら、誘いやすくなると思ったのでしょう。

 曲が止まった瞬間、ルシアン様を誘いに来ると思いますよ」


「嘘だろう……」


「仕方ないので、曲が終わったらすぐに廊下に出ましょう。

 控室までは追いかけてこないのでは?」


「わかった。俺が香水の匂いに酔ったことにしよう」


本当に酔ったのではないかと思うほど顔色が悪い。

いつも夜会は国王に挨拶したら帰っていたと聞いている。

こんなに長い時間、夜会の会場にいたことはないのだろう。


曲が終わった瞬間、こちらに向かってくる女性たちから逃げて、

急いで廊下へと向かう。

追いかけてきそうだったけれど、大広間から出たらさすがに来なかった。


「……夜会って大変なんですね」


「ああ、もう疲れた」


ため息をついて控室に向かおうとすると、近衛騎士に声をかけられた。


「ジラール公爵令息、バシュロ侯爵令嬢、

 王太子殿下がお呼びです。こちらへ」


「なに?」


「お二人と話がしたいとのことです」


アンドレ様が私たちと話をしたい?

ルシアン様も予想外だったらしく、顔を見合わせる。


どうやら断るのは難しそうだ。

うなずいて、近衛騎士の後をついていく。


公爵家の控室を通り過ぎた奥に王族の控室はあった。

大きなドアを開けると、中にはアンドレ様だけがいた。


ソファに座ったまま、向かい側のソファに座るように指示される。

ルシアン様と並んで座ったら、アンドレ様は私の顔をじろじろと見る。


なんだろう。さっき挨拶した時は怒っているのかと思ったけど、

違う気がする。これは品定めされている?


やっと視線を外されたと思ったら、ルシアン様に問いかける。

私には話しかける価値もないと思っているような感じ……。


「なぁ、この女は精霊の愛し子なんだろう?」


「それは陛下から聞いたのですか?」


「そうだ。ランゲルとカミーユは知らない。

 俺には話しておくと言われたが、母上も知らないようだな。

 精霊の愛し子は綺麗な銀髪だと聞いたのだが、どうして色が違うんだ?」


「それは精霊教会の者が精霊術で色を変えたようですよ」


「自分で戻せないのか?」


「ニネットは精霊術が使えません。

 俺も解除できないか試してみましたが、

 精霊教会の者がかけたものを解除するのは無理でした」


「ふうん」


ルシアン様でもダメだったと言われても納得できないのか、

アンドレ様が精霊術で私の髪色を戻そうとする。


だが、王宮内にいる精霊は私の味方だ。

精霊たちはアンドレ様の精霊術に囚われる前に部屋から逃げ出している。


何度か試して、それでも何も起きなかったからか、

アンドレ様はつまらなそうに、もういいと言った。


「精霊の愛し子を見たかったが、本当に何もできないのだな。

 ……はぁ。父上も平民に騙されるとは」


「用件がこれだけなら、帰ってもいいでしょうか。

 あまり夜会は長居したくないので」


「ああ、そうだったな。

 夜会に来ても、いつも早くに帰っていたな。

 だが、父上がルシアンを呼んでいる。お前にだけ話があるそうだ。

 このあと、父上のところにも寄っていけ」


「……陛下がですか」


「その女は公爵家の控室に待たせておけばいいだろう。

 近衛騎士に送らせる」


「……わかりました」


国王がルシアン様を呼び出すのは、婚約式で私を母様に会わせて、

何か変化があったか聞きたいのかな。


私を一人にするのが不安なのか、ルシアン様は困った顔をしている。

だが、国王に呼び出されて行かないわけにもいかないし、

私を連れて行くわけにもいかない。


廊下に出て、ルシアン様に大丈夫だと伝える。


「近衛騎士に案内してもらいます。

 控室で待っていますね」


「ああ、すぐに戻る」


すぐに戻れるかどうかは国王次第だろうなと思いながら、

近衛騎士に案内してもらって公爵家の控室まで向かう。


当然だが、部屋には誰もいない。

一人で待つのは退屈だが、仕方ない。

飲み物もルシアン様がいない場所で口にするのはダメだろうと、

ソファに座って待つことにする。


少しして、ドアがノックされる。

返事をすると、近衛騎士が部屋に入ってきた。


「国王陛下がお呼びです。

 バシュロ侯爵令嬢とも話したいそうです」


「私も?」


なんだろう。精霊術が使えるようになったか、直接聞きたいのだろうか。

近衛騎士の案内についていくと、王族の控室とは反対側に向かっている。


国王はまだ夜会の会場に?

でも、そんな場所でルシアン様と私と話そうとするだろうか。

おかしいと思いながらも後ろをついていく。


着いたのは大広間ではなく、どこかの客室のようだ。

こちらですと言われ、中に入るが誰もいない。


やはり客室のようで、応接間の奥に寝室が見える。

こんな場所に連れて来てどうするつもりなのかと振り返ったら、

近衛騎士は何も言わずに部屋から出ていく。


「え?」


どういうことなのか近衛騎士に聞こうと、

ドアを開けようとしたら開けられない。

鍵がかけられているようだ。


「……閉じ込められた?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る