第21話 お互いの言い分

もうすぐ授業が始まる時間になって、

カミーユ様とオデットが教室に入ってくる。


「ニネット!」


「まぁ、本当にニネットだわ!」


私に気がついた二人はこちらに向かって来ようとしたけれど、

教師が教室に入ってきて、全員に座れと指示をする。


カミーユ様とオデットから目を離し前を向いて座ると、

ミリーは教室から静かに出て行った。


ミリーが私のそばにいられるのは休憩時間だけ。

授業の間は教師が責任をもって監視すると聞いていた通り、

教師はカミーユ様とオデットに直ちに座るようにと再度指導している。


本来なら王族のカミーユ様にそんなことはできないのだが、

国王が許可していることもあり、カミーユ様は不服そうな顔をして黙る。

オデットも文句を言いたそうだったけれど、自分の席へと戻った。


これは昼休みに話し合うことになるだろうな。

一刻も早く私に話しかけたいという視線が送られてくる中、

久しぶりの授業に集中しようとする。


午前中の授業が終わり、いつも以上に疲れた気がする。

教師が出ていく前に、ミリーは教室へと入ってくる。


だが、そのミリーが私のところにたどり着く前に、

カミーユ様とオデットが私の前に立った。


すると、オデットは挨拶もなく私に抱き着いてくる。

私より背が高いオデットに抱きしめられ、顔が押しつぶされる。

振りほどこうとしたけれど、オデットの力が意外と強くて離せない。


「ニネット!よかったわ。心配していたのよ。

 ようやく解放してもらえたのね!」


「…何を」


「何度もお願いしたのよ!ニネットを学園に通わせてって!

 いくら婚約者でも屋敷に閉じ込めておくなんてひどいもの。

 カミーユもずっとニネットのこと心配していたのよ」


「オデット、離し」


「あぁ、なんて可哀そうなの。

 ずっと公爵家に閉じ込められていたのね!なんてこと!」


これはオデットの作戦なのかな。

私が公爵家に閉じ込められていたから学園に通えなかった、と、

聞いている周りの者たちに信じさせたいらしい。


どうにかしてオデットから離れようともがいていると、

ミリーから声がかかる。


「バシュロ侯爵令嬢、ニネット様から離れてください」


「……誰よ、あなた」


「私はニネット様の専属侍女です。

 バシュロ侯爵令嬢はニネット様に近づかないように言われているはずです。

 その手をすぐさま放してください」


「侍女が口出ししないでちょうだい。

 私は姉であるニネットと話しているのよ」


「そうだ。侍女が姉妹の会話を邪魔するんじゃない」


カミーユ様までミリーを邪魔扱いし始めた。

邪魔なのは、オデットとカミーユ様なのに。


「学園でのことはすべて国王陛下に報告することになっています。

 もう一度言いますね。ニネット様から離れてください」


「っ!!」


専属侍女が国王に報告するとは思っていなかっただろう。

オデットは悔しそうな顔をして、私から離れた。


ようやく息ができる。

オデットの香水がうつったようで嫌な気分になる。


「はぁ。カミーユ様、オデット、何を勘違いしているのかはわかりませんが、

 お二人と関りあいたくありません。迷惑です」


「そんな!私はニネットと仲直りしたくて……」


「その必要はありません。関わらないでください」


こんな風にきっぱりと否定したら、

周りの令嬢たちはオデットに同情してしまうかもと思ったが、

こそこそと話しているのを聞くと、そうでもないらしい。


「やっぱりそうよね……あれだけのことをして仲直りって」

「自分がされたとしたら絶対に許さないくせにね」

「どこか愛人の子だから逆らわないって思ってたんじゃないの?」

「あれだけはっきり言われたら嫌がられているのわかるわよね」


私だけじゃなく、オデットとカミーユ様にも聞こえるのか、

オデットの顔が怒りで真っ赤になる。

それをカミーユ様が同情するように抱き寄せた。


「冷たすぎるんじゃないのか?ニネット。

 二人は家族なんだぞ、少しくらい問題があったって、

 話し合いで解決するべきだろう」


「……カミーユ様、それ本気で言ってます?」


「なんだ。ニネットが怒る気持ちもわからないでもないが、

 家族なんだからわだかまりを無くして、

 仲良くしたほうがいいに決まっている。

 オデットは謝りたいと言っているんだし、許してやればいいじゃないか」


相変わらずの考えなしで腹が立ってくる。

カミーユ様は自分が正しいと思っているが、そうじゃない。

自分たちにとっていいと思うことが正しいんだ。


「私はもう二度とオデットと関わりたくありません。

 毎日幼いころから虐げられてきました。

 食事を満足に取れなかった時も、水をかけられたことも、

 暗くて狭い場所に閉じ込められたこともあります」


「な……子どもの頃のことだろう」


「食事に虫を入れられたことも、物を壊されたことも、

 夜中までずっと立たされたままだったこともあります。

 オデットに虐げられていたのは、つい最近まで。

 ルシアン様が助け出してくれたからです。

 私はもうあの苦しいだけのバシュロ侯爵家に戻りたくありません!」


わざと大きな声で言った。

廊下からも教室内をのぞきこんでいる者たちが見える。

他の学年の者も聞きつけて来たようだ。


バシュロ侯爵家とオデットに虐げられたと、

これだけはっきり私が証言すれば、後から何を言っても無駄だ。


怒りを通り越したのか、プルプルと震えるオデットは何も言わない。

いや、何も言えないんだろう。

何を言えばごまかせるのか、考えてもわからないんだ。


ここで違うと言っても、私が具体的な話をすればもっとひどいことになる。

そうならないように否定しなければならないが、

そんなうまい話は思いつかないに決まっている。


だが、カミーユ様はまだわかっていないようで、

私を言いくるめようとしてくる。


「なぁ、つらかったのはわかる。

 だが、そんなことにこだわり続けていたら、

 いつまでたっても仲良くなれないだろう。

 片方だけでも血がつながっているんだ。

 それに、オデットの気持ちをわかってやれよ」


「オデットの気持ち?」


「ああ。突然父親が愛人の子を引き取ったら、意地悪したくなるに決まっている。

 侯爵夫人だって、愛人の子なんて可愛がれない。

 それなのに一緒に住んでいたんだぞ。感謝するべきことだろう?」


「そうですね……本当に愛人の子であれば」


もう何を言っても通じないカミーユ様に腹が立って仕方ない。

いつまで母様は愛人だと馬鹿にされなきゃいけないんだろう。

もういいや。怒られてもきっとルシアン様が何とかしてくれる。


「まだそんなことを言っているのか。

 自分が愛人の子だと認められないのか?

 オデットのことを妹だと思いたくないのか?」


「ええ、そうですね。

 だって、オデットと血のつながりはないのだから!」


「「は?」」


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