第22話 家族じゃない

「なぁ、つらかったのはわかる。

 だが、そんなことにこだわり続けていたら、

 いつまでたっても仲良くなれないだろう。

 片方だけでも血がつながっているんだ。

 それに、オデットの気持ちをわかってやれよ」


「オデットの気持ち?」


「ああ。突然父親が愛人の子を引き取ったら、意地悪したくなるに決まっている。

 侯爵夫人だって、愛人の子なんて可愛がれない。

 それなのに一緒に住んでいたんだぞ。感謝するべきことだろう?」


「そうですね……本当に愛人の子であれば」


もう何を言っても通じないカミーユ様に腹が立って仕方ない。

いつまで母様は愛人だと馬鹿にされなきゃいけないんだろう。

もういいや。怒られてもきっとルシアン様が何とかしてくれる。


「まだそんなことを言っているのか。

 自分が愛人の子だと認められないのか?

 オデットのことを妹だと思いたくないのか?」


「ええ、そうですね。

 だって、オデットと血のつながりはないのだから!」


「「は?」」


耐えきれずに言ってしまった私の発言に、誰もが動きを止めた。

そのままの勢いで、二人に聞き返される前に続ける。


「私とオデットには血のつながりはありません。

 だから、本当は姉妹じゃないんです!

 姉妹じゃないのだから、これから仲良くする必要もありません!

 以上です、わかりましたか!?」


「……それって、どういうことだ?」


「これ以上は、バシュロ侯爵か国王に聞いてください。

 私から話すことはできません。

 ですが、姉妹ではないということだけは本当のことです。

 家族だから、なんてことは二度と言わないでください」


「……わかった」


カミーユ様はまだ納得できない顔をしていたが、

これ以上ここで話すのはまずいとようやく気がついてくれたらしい。

教室をのぞくたくさんの顔。

そのすべてに聞かれていたとわかり、顔が青ざめていく。


顔を見合わせてうなずいている者、こそこそと聞こえないように話している者、

そのどれもがオデットの方を見ている。


オデットはもう私に言い返す気力もないのか、

ぼんやりとした目でどうして?と何度もつぶやいている。

これ以上話さなくていいのならちょうどいい。


「……ミリー、帰ってもいいかしら」


「そのほうがいいと思います。帰りましょう」


午後の授業も受けたかったけれど、とりあえず二人にはっきり告げることはできた。

オデットと血のつながりがないと言ってしまったことを、

早いうちにルシアン様に報告したほうがよさそうだ。


本邸に戻ってまずは着替える。

抱き着かれたせいでオデットの香水の匂いがついてしまった気がする。

ミリーに着替えるように言われたこともあるが、

この匂いをルシアン様に嗅がせるのは嫌だと思った。


着心地のいいワンピースに着替え、執務室に向かう。

ルシアン様は仕事中だったようだが、私が戻ってきたのに気がついて手を止める。


「おかえり、ニナ。ずいぶんと早かったな。

 何か問題が起きたのか?」


「ええ、昼休みに入ってすぐに言い合いして。

 つい腹が立って、オデットとは姉妹ではないと言ってしまいました」


「ん?どういうことだ?」


ミリーと一緒に今日の出来事を詳しく説明したところ、

ルシアン様は笑い出した。


「……そんなにおかしいこと言いました?」


「ああ、おかしいよ。ニナは気がつかなかったみたいだけど。

 だって、バシュロ侯爵令嬢と血のつながりがないって言ったんだろう?」


「はい。事実ですから」


そんなにおかしなことを言っただろうか。

隣で一緒に報告していたミリーも不思議そうな顔をしている。


「ニナは侯爵の愛人の子として引き取られている。

 貴族たちは全員がそう思っている。

 なぜなら、侯爵自身がまわりにそう説明しているからだ」


「それは、はい。わかってます」


あの頃、どうしてわざわざ他家にまで説明するんだろうと思っていた。

そのせいで私は愛人の子だと蔑まれるのに。


「そう、だから、確実にニナは侯爵の子どもだと思われている」


「……ん??」


「そのニナと血のつながりがないと言われたのなら、

 バシュロ侯爵令嬢のほうが侯爵の子どもではないと、そういうことになる」


「あ!!」


言われてみて気がついた。

私は自分が侯爵の子どもではないと、そういう意味で言った。

だけど、周りはそうは思わない。


「カミーユ王子もびっくりしただろうね」


「……私、まずいこと言ってしまいました?」


「いや、その辺の誤解をとくのは侯爵と陛下の仕事だ。

 最初からニナを愛人の子だなんて言わなきゃ良かったんだ」


「そうですよね……おそらく夫人と離縁したかったのかなと」


「離縁?夫人と?」


「浪費が激しかったみたいで、喧嘩してました。

 だから、夫人のことが嫌いだから、

 わざと私を愛人の子だって言ったのかなって」


「ふぅん。まぁ、この件は怒られないと思うから心配しなくていいよ。

 今回それだけはっきり言ったのなら、学園での騒ぎもおさまるだろう。

 明日からはどうする?」


「そうですね。

 授業は楽しかったですけど、やっぱり落ち着いて勉強できません。

 ここでパトに教えてもらう方がよっぽどいいです」


「そっか。それがいいな。お疲れ様、よく頑張った。

 お昼食べてないんだろう?一緒に食べようか」


「はい!」




私がルシアン様に慰められていた頃、バシュロ侯爵家ではオデットが、

王宮ではカミーユ様が同じことを聞かされていた。

そのことで、二人が私を逆恨みしていたと知ったのは、

ずいぶんと後のことだった。



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