第20話 婚約式の準備
気がついたら朝になっていた。
というか、目を開けたらまだルシアン様の腕の中にいた。
「……え?」
「あぁ、起きたか」
どうやらルシアン様に抱きかかえられたまま、ソファで眠っていたらしい。
もしかして私が泣きつかれて眠ったから、
ルシアン様までソファで寝ることになってしまった?
「ご、ごめんなさい」
「かまわないよ。少しはすっきりしたか?」
「……はい」
あんなに苦しいほど暴れていた気持ちは落ち着いていた。
ルシアン様から離れ、立ち上がる。
ルシアン様のシャツは私が握りしめていた跡がしっかりとついていた。
「あ……ごめんなさい」
「こんなのは洗えば取れるよ。
先に出ているから、準備ができたら食事をしようか」
「はい」
食事の後、ルシアン様と今後について話し合う。
ルシアン様は私に母様を会わせたほうが精霊術を使えるようになると、
国王に言ってくれたらしい。
森の中で別れてから、それっきり会えなくなった母様。
会えるなんてうれしいけれど、本当に取り戻せるんだろうか。
「どうやって取り戻すのですか?」
「とりあえず、ジラール公爵家での婚約式に連れて来てもらう。
その時に取り戻すことはできないだろうが、
居場所を特定することができる」
「居場所を特定?」
「今はニナの母がどこにいるのかもわからない。
精霊教会だけじゃない。精霊教会が持っている家はたくさんある。
そのどこに隠されているのか、探すのは困難だ」
「それはたしかに……」
「だが、居場所を特定できれば、
ひそかに連れ出してくることはできる」
「!!」
「だから、婚約式の時に久しぶりに会えて離れたくないと思うだろうけど、
少しだけ我慢して欲しい。絶対に取り戻すから」
「はい」
早く母様といっしょに住みたいけれど、ルシアン様に従う。
ルシアン様は私が不安そうだったからか、私の頭を優しく撫でた。
婚約式は一月後に行うことになった。
精霊教会の司祭を派遣してもらうことになるので、
日時は精霊教会が決めるのだという。
「王族は呼ばない。カミーユ王子のことがあるから、呼ばなくても問題はない。
だが、バシュロ侯爵を呼ばないのは無理だろう……大丈夫か?」
「呼ぶのは侯爵だけですか?夫人とオデットは」
「呼ばなくていい。夫人は離縁して生家に帰されているし、
侯爵令嬢はニナを虐げていた者だ。侯爵もさすがに連れてこないだろう」
「それなら大丈夫です。バシュロ侯爵に何かされたわけではありません。
朝夕の食事の時以外、あまり交流したこともなかったですし」
朝夕の食事の時も、話していたわけじゃない。
バシュロ侯爵は無口で、食べ終わるとすぐに執務室へと行ってしまう。
広い領地があるだけでなく、王領の一部の管理も任されていると聞いた。
そのせいで忙しいのだと思うが、
放っておかれた夫人とオデットの八つ当たりに利用された気はする。
だから、憎んではいないけれど、嫌いではある。
今後はできるかぎり関わりあいたくないと思っている。
「王族も呼ばないような婚約式だから、
なるべく他の貴族も呼ばないことにすると言えば、他家は断れる。
表屋敷の広間で少人数の式にしよう」
「はい。それでいいと思います」
私としてもそのほうがうれしい。
幼いころにカミーユ王子と婚約した時は、婚約式は大人たちだけで行った。
だが、いろいろと面倒だというのは学園で令嬢たちからの話で知っている。
もっとも、その令嬢たちは面倒だとは思っていないようだったけれど。
元平民の私にしてみれば、わざわざ婚約なんてする必要がわからない。
侯爵家で育ったとしても、心までは変わらなかったらしい。
あと二週間で婚約式という時期になって、
学園長からルシアン様に手紙が届いた。
「もしかして、私が休んでいるからですか?」
「試験の時だけ行くと伝えてあるから問題はないはずなんだが、
カミーユ王子とバシュロ侯爵令嬢が騒いでいるそうだ」
「騒いでいる?」
「ニナは学園に通いたいのに、俺が閉じ込めている、と」
「はぁ?」
「言い出したのは侯爵令嬢のようだが、
助け出さないとと騒いでいるのはカミーユ王子。
学園長としても確認しなくてはいけないから手紙を送ってきた」
「はぁぁぁぁ」
呆れてしまって、大きなため息がでる。
「カミーユ様はいつもそんな感じでした。
自分の考えが正しいと思うと、すぐに暴走して。
人の話が聞けないんです」
「カミーユ王子は本当にそう思っていると?」
「少なくとも、私が知っているカミーユ様はそうです。
オデットの話をすぐに信じて、私が悪いと思い込んでいました。
今もきっと泣いて騒ぐオデットに同情して、
私を助け出そうとしているのでしょう」
「なるほどねぇ。俺は悪者か」
どこか面白そうな声のルシアン様だが、私は面白くない。
バシュロ侯爵家にいた時、カミーユ様は私を助けてはくれなかった。
婚約者だというのに、オデットのことだけを信じて。
それなのに、今になって私を助ける?
私を助けてくれたのはルシアン様なのに。
「……ルシアン様、私学園に行きます」
「放っておいていいんだよ?」
「だけど、面白くないので、行って否定してきます。
学園で人の目があれば、無茶なことはされないでしょうし。
はっきり言えばカミーユ様たちの評判の方が落ちるでしょうから」
「ううん……どっちにしても試験で行けば絡まれるか。
わかった。学園にミリーを連れて行ってくれ」
「ミリーですか?」
「うん。もちろん、行き帰りの馬車に私兵はつけるけど、
ミリーなら学園の中まで行って世話ができる」
「学園内まで侍女を連れて行くのは王族くらいだと思いますが」
「公爵家もつけられる。ニナは次期公爵夫人だから大丈夫。
護衛の意味もあるが、それよりも監視役をさせたいんだ。
カミーユ王子たちがしたことをミリーから陛下に報告させる」
「そういうことなら……」
ミリーは私より少し背が高くて頼りになりそうだけど、
どこかの貴族出身だと思うんだよね。
お世話してもらうのを遠慮すると悲しそうな顔をするから、
あきらめて世話をしてもらっている。
本宅で私の世話をするだけでも忙しいだろうに、
学園にもついてきてもらうなんて申し訳ないな。
二日後、ミリーと一緒に学園に向かう。
学園に着いて馬車から降りると、周りにいた人たちが見てくる。
しばらく学園に来なかったから目立っているらしい。
「ミリー、行こう」
「はい」
歩き始めた私をミリーがそっと人目から隠してくれる。
その気持ちがうれしくて、嫌だった気持ちがおさまる。
教室に入ると、やはりみんなから見られたけれど、
そばにミリーが控えているからか、誰も近寄ってこない。
もうすぐ授業が始まる時間になって、
カミーユ様とオデットが教室に入ってくる。
「ニネット!」
「まぁ、本当にニネットだわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。