第19話 ルシアン様の謝罪
夕食が終わり、部屋に戻るとテラスに出る。
雨はもうとっくにあがって、星が綺麗に見える。
この国の中で、本邸の周りだけが別世界のように輝いている。
雨が降ったことで精霊がより元気になったのか、
楽しそうにくるくると飛び回っている。
何度見ても綺麗で、見飽きない。
ずっと見ていられると思っていたら、ルシアン様もテラスに出て来たようだ。
「ルシアン様も精霊を見に?」
「いや、ニネットに話があってきたんだ」
「話ですか?」
それなら部屋の中に入ろうかと思ったけれど、
ルシアン様はこのままでと言う。
王宮から戻ってきた時から元気がないように見えたけれど、
国王に何か言われたのかもしれない。
バシュロ侯爵家に戻るという話じゃなければいいなと思っていると、
ルシアン様は深く頭を下げた。
「申しわけない」
「え?」
「ニネットがこの国に囚われたのは、ジラール公爵家のせいだ。
謝って済むことではないが、話す前に謝らせてくれ。
本当に申しわけないことをした」
頭を下げたままのルシアン様に慌てる。
ジラール公爵家のせいってどういうこと?
「あの……頭をあげてください。
どういうことですか?」
「この国とジラール公爵家の関係を知ってもらわないと、
何もわからないと思うから説明するよ。
まずは、この国が精霊を頼りにし始めたのは、
ジラール公爵家の初代当主が精霊の愛し子だったせいだ。
もともとは他国から来た旅人だったらしい。
初代当主は王女と結婚し、ジラール公爵になった」
「平民が王女と?」
「旅人と言っても、他国の王族に近い身分だったそうだ。
だから王女との結婚を許されたのだろう。
初代当主は精霊という存在をこの国に知らしめ、精霊と契約をした。
だから、この国の精霊は外に出られない」
「……精霊が逃げられないということですか?」
「その通りだ」
王都のあちこちで見かけた傷ついて弱った精霊。
どうして逃げないのかと思っていた。
この国から逃げられなかったんだ。
「そして、そこからしばらくたって、
また公爵家に精霊の愛し子が生まれた。
その当主は精霊と別の契約を交わした。
貴族が精霊術を使えるように、と」
「どうしてそんなひどいことを?」
「当時の精霊は元気だったし、
貴族たちも精霊を酷使するようなことはなかった。
日照りの時に雨を降らせるとか、
領主としての仕事を手伝ってもらうくらいの精霊術だったんだ」
「……それが変化していったと?」
「そうだ。だんだん人は欲望のままに精霊の力を使うようになった。
そして精霊の力が奪われ、減っていったことに気がついた王家は、
精霊の愛し子に依存するようになっていった。
精霊の力が弱まっても、精霊の愛し子なら力を使えるから」
いつもは頼もしいルシアン様が泣きそうな顔をしている。
本邸にはたくさんの精霊。
ここに逃がしているのはルシアン様。
ルシアン様が謝ることじゃないのに。
「だから、お祖母様は精霊の愛し子を隠すことにした」
「え?」
「お祖母様が産んだ二男は精霊の愛し子だった。
俺の叔父だよ」
「精霊の愛し子が公爵家にいるのですか?」
本邸にも表屋敷にもそんな人がいる風には思えない。
精霊の愛し子がいるのなら、精霊が騒ぐだろうから。
「叔父は死産だったことにされ、隠されて育てられた。
王家も叔父の存在は知らない。
今、叔父の存在を知っているのは父上と本邸の使用人と俺だけ。
祖父母はもう亡くなっているから」
「その方はどこに?」
「ずっと旅に出ている。
一年に一度帰ってくるけれど、
少しすると、また出ていってしまうんだ」
「そうですか」
今はいないと聞いてがっかりする。
私と同じ精霊の愛し子に会ってみたかった。
「うちが、精霊の愛し子がいると公表していれば、
ニネットは狙われなかったかもしれない」
「……え?」
「二十年くらい前、お祖母様が亡くなって、
この国は精霊の愛し子がいない状況になった。
そのことで陛下と精霊教会は焦ったんだろう。
そうでなければ、旅人だったニネットを捕まえることはなかったと思う」
それは、そうかもしれない。
国王は私が精霊の愛し子だとしても、役に立つのか疑問に思っていた気がする。
それは貴族じゃない私が精霊術を使いこなせるかどうか不安だったのだと思う。
だから、私は精霊術を使えないふりをしていた。
役に立たなければ解放されるんじゃないかって。
「すまない……うちのせいで巻き込んでしまった」
「ルシアン様のせいじゃないです」
「それを言うなら、ニネットは何も関係ないじゃないか。
この国の者でもないのに、人質をとって言うことを聞かせるなんて」
「今、人質って……」
「陛下に確認してきた。
母親を人質にとられているのだろう?」
心臓が大きく鳴った。
見開いた目に、ルシアン様の顔が近づいてくる。
「絶対に取り戻してみせる。
ニネットの母親を、平穏な生活を」
「母様を取り戻してくれるの?」
「ああ。俺と公爵家で使える力をすべて使ってでも、
元の生活へと戻してみせるよ」
元の?母様との穏やかな日々に?
「……本当に?」
「約束する。ニネット、君の本当の名は?」
「……ニナ。母様がつけてくれたの」
「ニナ、俺は君を守ると精霊に誓うよ」
ぽろぽろと頬を伝って涙がこぼれていく。
悲しいわけでもないのに、泣きたくて苦しい。
「泣いていい。好きなだけ泣いてかまわない」
「……うぅぅ」
ルシアン様がそっと精霊から隠すように抱きしめてくれる。
今までずっと我慢してきたものがあふれていく。
精霊が悪いんじゃない。それはわかってる。
だけど、私が精霊の愛し子じゃなければ、と何度も思った。
言葉にならない恨みが吐き出されて、
自分でも何を言っているのかわからなくなる。
それでも、ルシアン様はただ黙って、
私が泣き止むまで抱きしめてくれていた。
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