第16話 陛下の話(ルシアン)

ニネットを置いて出かけるのは不安だったけれど、

本邸にいる限りは大丈夫だろう。

パトに任せたし、表屋敷のほうに出ないようには言った。


ニネットは約束を破るような子じゃない。

あれだけ言い聞かせておけば、本邸で待っていてくれるはずだ。


この国の筆頭貴族家でありながら、ジラール公爵家は王家とは距離を置いている。

それは精霊の愛し子だった祖母がこき使われていたからだけじゃない。


ジラール公爵家にはもう一人の精霊の愛し子がいる。

それを隠すために距離を置いていた。


ニネットと婚約したのは、そのせいもある。

精霊の愛し子を隠していたから、ニネットは王家に捕まったのかもしれない。

公爵家にいることがわかれば、ニネットは見逃されたかもしれないのに。

そう思ったから、罪滅ぼしのつもりだった。


いつかはニネットにも話して、謝罪しなければいけないとは思っている。

だが、公爵家にきて穏やかに笑うようになったニネットを傷つけたくなくて、

つい先延ばしにしてしまった。


今日、陛下と話す内容によっては、打ち明けなければならないか。

気は重いが、ずっと隠し続けることはしたくない。


謁見室に入ると、待っていたのは陛下だけだった。

護衛騎士まで部屋から出されているのは、俺と内密に話したいのだろうか。


「ニネットは元気にしているのか?」


「先日、バシュロ侯爵令嬢が公爵家まで押しかけてきたせいで、

 熱を出して一週間ほど寝込みましたが、今は元気です」


「なんだと?侯爵家のオデットだな……ニネットが寝込んだとは。

 やはり侯爵家に戻すのは無理か」


「今まで虐げられても我慢してきたのでしょう。

 侯爵家に戻したら倒れてしまうかもしれません」


「……それはまずいな。わかった。

 今のまま公爵家に置いていい」


「はい」


あの令嬢が来たせいでニネットが熱を出した時は腹立たしかったが、

侯爵家に戻せない理由になってくれたか。


陛下はニネットを侯爵家に戻したかったようだが、

おそらく侯爵が陛下に泣きついたのだろう。

ニネットを家に戻してくれと。


「ニネットなのだが、精霊術が使えないらしい。

 学園で授業を受けても、一度も使えたことがないと報告が来ている。

 ジラール公爵家なら学園の教師よりも指導できるだろう。

 使えるようにしてくれ」


「ニネットが精霊術ですか……難しいですね」


「どうしてだ。

 精霊に詳しい公爵家ならニネットをなんとかできるはずだ」


今日、呼び出した本当の理由はこっちか。

ニネットが精霊術を使えないか……。

うまく周りを騙しているようだな。


精霊に愛されるニネットには、精霊術なんて必要ない。

それを陛下に教えてやることはしない。


「ニネットは精霊を拒んでいます。

 あの状態では精霊術を使えるようにはなりませんね」


「拒んでいる?どういうことだ」


「ニネットは精霊の愛し子ではないですか?」


「……どうしてそれを」


「俺は精霊が見えるんです」


「何だと?」


精霊の祝福があることは公表していない。

だが、精霊の力に詳しい公爵家ならなんとかできると思って、

俺に命じようとしたのだと思う。

それなら、それを逆手に取ってみよう。


「祖母のおかげで公爵家には精霊がたくさんいたそうです。

 その結果、幼いころに精霊の祝福を受けたようです。

 と言っても、見えるだけで祖母のように精霊の力は使えないですが」


「見えるだけでも精霊の力には違いない。

 それで、ニネットが拒んでいるというのはどういうことだ?」


「そのままの意味です。

 精霊が近づくのを拒んでいるので、力が使えないんです。

 精霊の愛し子の願いを精霊は聞きますからね。

 拒んでいる間は精霊の力を使うことはできないでしょう」


「それはどうすれば治るんだ?」


どうしてもニネットに力を使わせたい陛下なら、

話にのってくると思っていた。


「精霊を嫌うきっかけが何だったのか知りたいですね。

 今のニネットはまるで精霊を恨んでいるかのようです。

 何か大事なものを奪われたとか?そんな感じに見えます」


「大事なものを奪われた、か。

 もしや家族のことか」


やはり無理やり侯爵家の養女にしたのか。

ニネットはうっかり話してしまったのだろうけど、

侯爵とは血がつながっていないと言っていた。


「ニネットを養女にする時、元の家族はどうしたのですか?

 どこの貴族家の出身なんです?」


「ニネットは平民の旅人だった」


「平民の旅人?まさか殺してしまったりとか?」


「殺してはいない」


「殺してはいない?では、どうしたのですか?」


「母親は精霊教会が預かっている」


預かっている?人質にということか。

母様を返して、熱でうなされたニネットはそう言っていた。


「では、その母親をニネットに戻してやらないと、

 精霊嫌いは治らないでしょうね」


「母親に会わせれば、治るのか?」


「保証はできませんけど、ニネットは自分が精霊の愛し子だから、

 母親を奪われたと思っている。だから、精霊自体を拒むんです。

 その状況が改善されない限り、精霊への気持ちも変わらないでしょう」


「精霊の力を使わねば母親を返さないと脅したらどうだ?」


「無理ですね。ニネットは陛下も侯爵も信じていない。

 脅したところで、母親はもう殺されていると思っているでしょう。

 そんな状況でこれ以上脅すことに意味があると思いますか?」


「……ふむ」


またニネットを脅せばいいと考える陛下に吐き気がする。

ジラール公爵家にニネットがいる限り、そんな真似はさせない。


「ジラール公爵家で婚約式を行う予定です。

 そこに母親を連れて来てください。

 少なくとも生きていることを見せないと、

 ニネットは何も信じようとはしないでしょう」


「わかった。教会に連絡しておこう。

 いいか、ルシアン。必ずニネットが精霊術を使えるようにするんだ」


「努力は致しましょう」


恭しくお辞儀をすると、陛下は満足そうにうなずいた。


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