第17話 わかりあえない(ルシアン)

謁見室から出て馬車に戻ろうとしたら、廊下に人影が見えた。

第三王子カミーユだった。どうやら待ち伏せしていたらしい。


ニネットの婚約者選びの時以来だが、顔色が悪い。

勝手に婚約解消したことで、王位継承権をはく奪されたとか。

王妃にも見捨てられ、王宮に居づらいだろうな。


あきらかにこちらを見ているが、

俺からは話しかけないことにして通り過ぎる。


何も言わないで通り過ぎたからか、慌てて追いかけてきた。


「ルシアン!おい、ちょっと待て」


「俺に何か用か?」


「……ニネットに会わせてもらえなくなったとオデットが泣いている。

 会わせてやってくれ」


「断るよ」


「どうしてだ!」


そういえばカミーユ王子はバシュロ侯爵令嬢と婚約したのだった。

婚約者に泣きつかれて、俺に言いに来たのか。


「ニネットはバシュロ侯爵令嬢に会って熱を出した。

 一週間も寝込んだんだ。もう会わせるわけないだろう」


「ニネットが寝込んだ?そうなのか……。

 だが、会わなければ仲違いしたままだ。

 オデットは謝りたい、仲良くしたいと言っている。

 ルシアンが間に入ってやればいいだろう」


「なぜ、そんなことを?」


「なぜって、仲直りしたほうがいいだろう」


「なぜ?」


意味がわからない。

何年も虐げていたものと仲良くなりたい被害者なんているんだろうか。


もし、いたとしてもそれはニネットじゃない。

本気でカミーユ王子が言っている意味がわからなくて聞いたのに、

カミーユ王子は聞かれたことに驚いているようだ。


「なぜって、オデットとニネットは家族なんだぞ。

 半分とはいえ、血がつながっている。

 喧嘩したままでいいわけないだろう。

 オデットだってちゃんと反省して、謝りたいって言ってるんだ。

 会わせて、とことん話し合った方がいい」


「ニネットにとって何の得があるんだ?」


「姉妹で仲良くすれば、今後の社交界で生きやすいだろう。

 どうしてそんなに聞き返すんだ?

 これはニネットのためにも言っているんだぞ」


どうしてって意味がわからなすぎるからだが。

カミーユ王子にとっては当たり前のことになるらしい。


ため息を隠すこともなく、目の前でついてやる。

怒り出すなら怒り出してくれて構わない。


「家族だからといって仲良くしなければいけないわけじゃない。

 姉妹だからといって、殺しあわないわけでもない。

 加害者が被害者と仲良くしたいだなんて笑わせる」


「なぜそんなひねくれた考え方をするんだ。

 まずは歩み寄ってみればいいだろうに。

 俺の頼みなのに断るというのか?」


「カミーユ王子が頼んだから、俺が聞く理由があるとでも?」


本気で馬鹿にしたのがわかったのか、カミーユ王子ににらみつけられる。

そんな顔をしたとしても、王位継承権も持たない側妃が生んだ王子に権力はない。

もうすでに公爵代理として王宮にあがっている俺の方が上だ。


「陛下にはニネットに近づくなと言われているんじゃないのか?

 バシュロ侯爵令嬢の嘘を信じて、婚約解消したのを忘れたのか?

 お前も加害者の、ニネットを虐げていた側なんだぞ」


「それは反省している。だから、俺も謝ろうと」


「謝ってどうなるんだ。許せとでもいうのか?」


「じゃあ、どうしろというんだ。

 謝らないと仲直りできないし、いつまでも会えないままだろう」


本当におかしなことを言う。

どうして加害者が仲直りしたいという願いを聞いてやらなければならないんだ。

王子として甘やかされて育ったせいなのか、

王妃が王宮内の汚い部分を見せないように育てた弊害なのか。


「もう会わなくていいし、仲直りもしなくていいと言っている」


「だから、それじゃ」


「それで困るのはカミーユ王子たちだけだ。俺とニネットは何も困らない。

 あぁ、言っておくが俺はニネットを侯爵家に返さないよ。

 カミーユ王子にも」


「なっ」


「どうせ、ニネットを取り戻したいんだろうけど、

 俺は絶対にニネットを離さない。

 再度、ニネットがカミーユ王子の婚約者に戻ることはない。

 それでも取り戻したいというのなら、俺につぶされることも覚悟してこい」


「なんでだよ。ルシアンは女嫌いなんだろう。

 別に婚約する相手はニネットじゃなくてもいいはずだ。

 そうだ、オデットに変えたらいいんじゃないか?

 オデットの方が美人だし、精霊術も使える」


ついに本音が出たか。

カミーユ王子はニネットのことを地味で役に立たない令嬢だと思っているから。

本当のことを知って、悔しがる顔が見たい気もするが、

ニネットはめんどうなことは避けたいだろうしな。


本当の姿も、可愛らしい性格も、知るのは俺だけでいいか。


「カミーユ王子とバシュロ侯爵令嬢はお似合いだよ。

 俺たちに関わらないで幸せになってくれ」


「……どうしてそこまで否定するんだ。

 家族なんだから仲良くしたい、そう言っているだけだろう!」


「それが余計なお世話だってことだ」


もうこれ以上話していてもわかりあえることはない。

家族なら仲良くできる、ね。


側妃の子なのに王妃に育てられ、表面上は何も問題なく暮らしてきた、

カミーユ王子だからそう思うのだろうけど。


本当のところはどうだろうな。

王妃の気持ちも、王太子と第二王子の気持ちも。

カミーユ王子に言わないだけで、疎んでいる可能性が高い。


それを知った時、それでも家族だから仲良くって言えるかな。

血がつながっているのだから、愛せ、と。

信じられないことだが、本当にそう言いそうでぞっとする。


わかりあえない人間っているんだな。

カミーユ王子は自分が正しいと思って行動しているだけ。

これならニネットの母親を人質にした陛下や、

仕事を優先して家庭を放置している侯爵のほうがわかりやすい。




王宮から出るころには雨が降っていた。

近くにいた弱っている精霊たちを連れて馬車に乗る。


こうして少しずつ、この国の精霊を逃がす。

本当に少しずつだが、ジラール公爵家はもう長いことこうして精霊を隠してきた。

そのおかげで、精霊術をまともに使える者もかなり減った。

まったく使えなくなる日も近づいていると思う。




公爵家に戻ると、表屋敷が騒がしい。

出迎えに来た表屋敷の使用人頭デニスに声をかける。


「何があった?」


「申し訳ございません。ゴダイル伯爵夫人と令嬢がお見えです」


「……誰が中に入れたんだ」

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