第15話 近づく関係

精神的な疲れ出たから出た熱は二日で下がったのに、

私がベッドから出ていいと言われたのは一週間後だった。


ようやく自分の席に座って食事を取れてほっとしていると、

隣の席にいるルシアン様が思い出したように言う。


「バシュロ侯爵家に手紙を出しておいた。

 加害者のオデットに会ったせいでニネットは熱を出した、

 今後の訪問は断ると」


「ありがとうございます」


オデットのせいで熱を出したと聞いても、

オデットなら反省せずに怒り出していそうだけど。

会った時も納得してなさそうだった上に、無理やり帰してしまった。


でも、次に来た時に会わなくて済む理由にはなりそうだ。


出された食事を食べきると、ルシアン様が笑う。

もしかして、食べている間ずっと見られていた?


「食欲は大丈夫そうだな」


「はい。……もう、そんなに心配してもらわなくても大丈夫ですよ?」


「そうか。無理はしないようにな」


私が病人だったせいか、ルシアン様は四六時中私のそばにいた。

移動はすべてルシアン様に抱きかかえられ、

食事もルシアン様がつきっきりで世話をされていた。


今まで病気になったことはないから、

一般的な病人の看病というものを知らないけれど、

ここまでお世話されるものなのだろうかと思う。


だけど、ルシアン様だけじゃなく、パトやミリーも同じだったので、

恥かしがる私の方がおかしいのかもしれない。

少なくとも公爵家での看病はこういうものなのだろう。


すっかり元気になった後も、ルシアン様は心配なのか、

私のそばにいる時間が長かった。



ルシアン様が侯爵家に出した手紙が届いたからか、

オデットからの訪問はなくなった。

反省するなんて思いもしなかったから、少し意外だった。


これで安心して生活できると思っていたけれど、

ルシアン様が国王に呼び出された。


「どうしてルシアン様が呼び出されるのですか?」


「おそらく、ニネットの生活がどんな感じか聞きたいのだろう。

 無理やり連れて帰ってしまったしな」


「私は行かなくてもいいんですか?」


「いいよ。俺が言って話してくれば済むことだ。

 下手に連れて行って引き留められても困る。

 ニネットは本邸から出ないように、パトとミリーといてくれ。

 もし、表屋敷に訪問者がいても絶対に出ないように」


「わかりました。訪問者って、またオデットが来そうですか?」


「オデットもそうだが……ニネットに話しておこう。

 訪問してきそうなのは俺の母と妹だ」


「お母様と妹様?公爵領からこちらに来るのですか?」


「いや、二人は王都にいる」


ルシアン様の父、公爵は領地にいると聞いていた。

その時、夫人のことは聞かなかったけれど、一緒に領地にいると思っていた。

そして兄弟がいるのは知らなかった。


「母は離縁している」


「公爵夫人が離縁ですか」


この国は離縁するのは難しくないらしい。

他国では一度結婚したら離縁を認められないところもあるのに。


「母は生家に戻った後、再婚している。

 妹というのは、母が再婚した先で産んだ娘だ」


再婚先で……異父妹というものか。


「妹はレジーヌ・ゴダイル。母はゴダイル伯爵家に嫁いだんだ」


「その方たちが訪問してくる可能性があると?」


「ニネットとの婚約を聞いたらしく、今までも何度か訪問してきている。

 追い返しているのだが、俺が屋敷にいないとわかると騒ぐかもしれない。

 本邸にいれば二人は入ってこれない。

 だから、本邸からは出ないでくれ」


「わかりました」


他家に再婚した母と再婚相手との間に生まれた妹。

どういう関係なのかは聞かなかったけれど、

ルシアン様の深いため息でなんとなく想像できる。



ルシアン様が王宮に向かうのをパトとミリーと見送ると、

パトは本邸を呼び出す呼び鈴を片づけた。


「片づけちゃっていいの?」


「ええ。旦那様がいない時はこのほうが安心でしょう。

 表屋敷の者は本邸には入って来られませんから。

 旦那様が戻ってくるまで、本でも読まれますか?」


「うん、そうする。読みかけの本があるから」


執務室で本を読み始めると、雨の匂いがしてきた。

ガラスの天井の上はおおわれた雨雲。

ルシアン様が戻ってくる前に雨が降りそうだ。


ルシアン様が濡れなければいいなと思いながら、

また本に視線を戻す。

少しして、雨の音がしてくる。


ルシアン様がいない執務室が広く見える。

ずっと一緒にいた人がいなくなると、

こんなにも自分の存在が頼りなくなるのを初めて知った。


「ルシアン様、大丈夫かな。国王に無茶なこと言われてないかな」


あの時、ルシアン様を選んだのは精霊が見えていたからもあるけれど、

国王に嫌がらせをしたかった気持ちもある。


この国のために力を使いたくない。

国王の言いなりにはなりたくない。


母様のことはあるけれど、それでも心から従う気にはなれない。


ルシアン様はとてもいい人だと思う。

このまま結婚しても、幸せに暮らせるかもしれない。


だけど、どうしても思ってしまう。

母様を奪ったこの国で、私が幸せになるなんて裏切りなんじゃないかって。


ここにきて食事をしたり、本を読んだり、ルシアン様に頭を撫でられたり、

その度に楽しい、うれしいって思う気持ちが、あとから心に重くのしかかる。


この国は、嫌い。

心から笑うことなんて、あってはいけないんだ。


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