第14話 苦しみの中

もうすぐ夕方になるという時間、雨が降っていた。

母様が上着の中に入れてくれたけれど、

それでも身体が冷たくなっていく。


「仕方ないわ。教会で休ませてもらいましょう」


「うん」


教会はどこでも一番目立つ場所にあるからすぐにわかる。

大きな建物のドアをノックすると、中から教会の人が出てきた。


「どうかしましたか?」


「旅の途中なんです。この雨だし、宿屋を探すのも大変で。

 一晩どこかで休ませてもらえませんか?

 雨さえしのげればいいのですが」


「……そうですね。わかりました。

 とりあえず中に入ってください」


雨の当たらない場所に入れて、ほっとした。

まだ追い出されるかもしれないから安心はできないけど。


母様の上着から出て教会の中を見渡す。

ここは神様ではなく、精霊を祭っている?

壁画に描かれているのは精霊の光のようだけど、

教会の中には精霊がいない。


どういうことなんだろうか。

母様に聞こうとする前に、教会の奥の方から大きな声がした。


「その髪は!」


「え?」


「精霊の愛し子か!捕まえろ!」


その言葉に、母様が私を抱えて外に逃げ出した。


「待て!その娘を置いていけ!」


母様は足を止めずに山のほうへと走る。


「母様、降ろして!自分で走るよ!」


教会の人たちから逃げなきゃいけないんだとわかり、

降ろしてもらって自分で走る。


森の中に逃げ込めばあきらめると思ったのに、

追手はどんどん増えていく。


もう暗くなり始めているのに、私を追うのを止めない。

あちこちから人の気配がして、灯りが見える。

これ以上人が増えたら捕まる。そう思ったら、母様は私の手を離した。


「ニナ、ここからは一人で逃げるのよ」


「母様!?」


「いい?髪を隠して、できるだけ遠くに行きなさい!」


「母様は!」


「追手を足止めするわ。早く行って!」


どうしてかわからないけど、足が勝手に動いた。

母様を置いて逃げるなんていけないことなのに、背を向けて走り出す。


あの人たちに捕まったらダメだ。それだけが頭にあった。

必死で逃げて逃げて、力尽きるまで逃げたけれど、

五歳だった私はそんなに遠くまでは走れない。

朝日が昇る頃、ついに見つかってしまった。


「いたぞ!」


「捕まえるんだ!」


「怪我をさせるなよ!」


大人たちが先回りして私の進路をふさぐ。

もう逃げ場はなかった。

両手を掴まれて、一緒に山を下りる。


あの教会に連れ戻されると、太った男性が私の顔をつかむ。

強すぎる香水の匂いに鼻が曲がりそうで、顔を背けたいのに、

男性はにやにやしながら私の目を見つめた。


「紫目。やはり……精霊の愛し子か」


「母様はどこなの?」


「お前はこれから王宮にあがるのだ」


「母様は!」


「うるさい、黙れ。お前が私たちに従わないのなら、母親は殺す」


「っ!」


「おとなしくしている間は生かしておこう」


母様には会わせてもらえなかった。

教会の人が目立たないようにと私の髪と目の色を変えた。

精霊の力を無理やり奪ったのか、

術を使った後の精霊は力を失って消えてしまった。





それから馬車で一週間ほど揺られ、王都に着いた。

すぐさま王宮に連れて行かれ、まずは身支度を整えさせられた。


汚れていたのか、何度も身体を洗われる。

今まで見たこともないドレスに着替えさせられ、

偉そうな金髪の男性の前に立たされた。


術を解かれ、銀髪と紫目を確認される。


「ほう。久しぶりの精霊の愛し子か。

 どこの者だ?」


「精霊教会に訪れた旅人です」


「旅人?では、平民なのか。王族にするわけにはいかないな」


「そうですね。どれだけ役に立つかわかりませんが、

 侯爵家あたりの養女にして、王族の誰かと婚約させておくのがいいでしょう。

 そうすれば後々で変更するのも簡単ですから」


「そうだな。バシュロ侯爵を呼べ。

 あいつなら養女にするだろう」


この時はわからなかった。

偉そうな男性がこの国の王様で、私が貴族の養女にされることになるとは。


話は終わったのか、また髪色を変えられた。

精霊が消えていくのが嫌で、ふれたら力を吸い取られる。

さっきまで消えかかっていた精霊が元気になって飛んでいく。


あぁ、これか。この力のせいで囚われたんだ。



初めて会ったバシュロ侯爵という人は、王様に命じられて私を娘にした。

家に連れて帰られることになり、馬車の中で母様のことを聞いた。


「母様とはもう会えないの?」


「お前が役に立つようであれば、会わせる」


「役に……」


「名前は?」


「ニナ」


母様がつけてくれた名前。

とっても気に入っている名前なのに。


「では、これよりはニネットと名乗るように」


「……ニネット?」


「貴族はそんな短い名前はつけない。

 いいな?ニネット・バシュロだ。

 ニネットは私の愛人の娘だということにする。

 何を聞かれても本当のことは言わないように」


「……はい」






……誰かが呼んでる。


「ニネット……苦しいのか?」


「私……ニネットじゃない」


「え?」


「ニネットじゃない……母様を返して……」


苦しい。悲しい。さみしい。

どうして私や母様がこんな目に合わなきゃいけないの。


誰も助けてくれない。


誰も……


「すまない……」


誰かが手を握っている。

冷たい手が気持ちいい。


額にも手を置いた?あぁ、気持ちいいな。

このままずっとこうしていてくれたらいいのに。





目が覚めたら、ベッドの横にルシアン様がいた。

私の手を握ったまま、ベッドにもたれるようにして椅子に座っている。

もしかして、ルシアン様ここで寝たの?


「ルシアン様?」


「ああ、起きたのか?……まだ熱があるな」


「熱?」


ルシアン様が額に手をあててくれるのが気持ちいい。

夢の中でもこんな気分だった気がする。夢じゃなかったのかな。


「きっとここにきて気が緩んでたのに、

 あの女に会ったから嫌なことを思い出したんだろう」


「あぁ、オデットに会ったんでしたね」


そうだった。謝罪とは言えないような謝罪を受けたんだった。

そして、なぜか侯爵家に戻って来いって言われて。

熱を出すなんて、いつぶりなのかわからない。

母様と旅をする前だった気がする。


「とりあえず、今はゆっくり休んだほうがいい。

 お腹はすいてるよな?スープくらいは飲めるか?」


「はい」


「じゃあ、用意させよう」



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