第2話 まずいことになった?(カミーユ)
ニネットが何かをつぶやいて出て行った後、
俺とエネスは顔を見合わせた。
「……なぜ、ニネットはあんなに簡単に署名したんだ?」
「わかりません。ですが、わかっていますか?
……婚約は本当に解消されたということですよ」
「署名するとは思ってなかったんだ!」
「だからやめたほうが良いって言ったんです。
本当の婚約解消の書類を持ち出すなんて!」
そうは言うが……
「一応は王子妃教育を受けたんだぞ。
偽物の書類に気がつかないわけないだろう。
そんなことをしてみろ。鼻で笑われるだけだ」
「ですが、本当に婚約解消してしまうなんて……。
陛下とバシュロ侯爵に怒られますよ」
「う……父上と侯爵に……」
そう言われても、もうすでに署名されてしまった。
婚約の解消は免れない。
父上がどれだけ怒るか想像もできなくて血の気が引いていく。
婚約したのはもう十年以上前だが、
その時に父上にはこう言われていた。
絶対に婚約相手を、ニネットのことを大事にしろ、と
なぜ侯爵家の愛人の娘と婚約しなければならないのか疑問だったが、
オデットは正妻の子だから侯爵家を継がなければいけない。
王族に残るかもしれない俺の婚約者にはできなかったんだろう。
それに侯爵はオデットよりもニネットを大事にしている。
だから、俺の婚約相手もニネットが選ばれたのだと思った。
バシュロ侯爵家は筆頭侯爵家で、
この国の貴族家の中では二番目に広い領地を持っている。
その侯爵の支援がなければ王家としてはまずいことになる。
俺の役目は侯爵のご機嫌取りというわけだ。
だけど、いつ会ってもニネットは俺に興味がないようだった。
王子妃教育のために王宮に来ても、俺には会いに来ない。
仕方ないから侯爵家に会いに行けば、忙しいと断られる。
仕方なくオデットとお茶をして帰ることが多かったため、
ニネットよりもオデットのほうが仲良くなったのも当然だ。
そのオデットから相談を受けたのは数年前からだ。
姉とはいえ、愛人の子のため、ニネットとオデットは同じ年だった。
学園に一緒に入学する頃になって、
オデットは俺に不安を訴えてくるようになった。
ニネットが怖い、なるべく側にいてほしいと。
同じ家だというのに、ニネットとオデットは馬車も分けられ、
ニネットは王家が使う馬車に、オデットは侯爵家の馬車。
本来なら正妻の子であるオデットの方が立場は上なはずなのに、
王族の婚約者ということでニネットの方が上になってしまっている。
これには俺も申し訳ないと思い、オデットの愚痴を聞くようになった。
最初はニネットのことをかばっていたオデットだったが、
次第に我慢できなくなったのかニネットの本性を教えてくれた。
義母の侯爵夫人の言うことを聞かず、使用人にはわがままばかり。
異母妹のオデットは幼いころからずっと無視されていた。
侯爵はニネットだけを可愛がり、
ニネットのためなら新しいドレスも装飾品も買いたいだけ買わせるのに、
オデットのためには何も買ってくれない。
オデットはニネットのお下がりのドレスを着ていた。
この国でも裕福なバシュロ家の正式な子なのに。
さすがにこれはおかしいだろうと、
ニネットを呼び出して何度も注意をしていた。
だが、ニネットはオデットをいじめていることを認めず、
行動を改めようとはしなかった。
おそらくニネットはオデットの容姿が気に入らないのだと思う。
ニネットは茶髪に緑目で、顔立ちが悪いわけではないが地味な外見をしている。
一方のオデットは高位貴族らしい金髪青目で華やかな美人だ。
義妹の方が美しいことにいら立っていじめるとはなんと愚かな。
ここは婚約者の俺がしっかり言い聞かせねばならないと、
最後の手段として婚約解消を持ち出したというのに。
まさかあんなにあっさり署名するとは思わなかった。
王族との婚約を解消されたくはないだろうと思っていたのに、
もしかしたらそれだけニネットは俺を嫌っていたのだろうか。
だからあんなにも俺の注意を無視していたのかもしれない。
「なんで父上と侯爵はオデットじゃなくニネットを可愛がるんだ?」
「わかりません……。
侯爵だけなら愛人を大事にしていたということもありえますが、
陛下はどうしてニネットを優先するのでしょうか」
「あいつは性格が悪いだけじゃなく、精霊術すら使えないんだぞ!」
「貴族なら差はあれど精霊術を使えるはずだというのに、
まったく使えないだなんて貴族としては恥ずかしいことです」
「そうだ……俺と結婚して子が生まれても、
その子は精霊術が使えないかもしれない。
なのに、どうして父上はニネットを……」
俺はずっとニネットが婚約者であることを恥ずかしいと思っていたし、
不満に思っていたが、我慢していた。
婚約が解消になって解放された気はするが、
父上にバレたら叱られるだけでは済まないかもしれない。
それに、ニネットを可愛がっているバシュロ侯爵がなんていうか……
二人を相手に説明しなくてはいけないことを考えたら、早くも後悔してきた。
「なぁ……同じ侯爵家だし、婚約者をオデットに変えるだけじゃダメか?」
「オデット様は侯爵家の嫡子なのを忘れたのですか?
それに侯爵が納得するとは思えないのですけど……」
「説得する理由を考えよう……」
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