あなたたちのことなんて知らない

gacchi

第1話 婚約の解消

精霊によって繁栄したとされるブラウエル国の学園で、

授業が終わった後の廊下を一人の令嬢が歩いていた。

向かう先は学生会室。


バシュロ侯爵家の養女ニネットは、

婚約者の第三王子カミーユに呼び出されていた。








学園で呼び出されるのはこれが初めてではない。

用件もいつものことだろう。


名ばかりの婚約者でかまわないというのに、

自分の考えが正しいと信じ切っているカミーユ様にうんざりする。


学生会室のドアをノックすると、カミーユ様の側近エネスがドアを開けた。

エネスも私のことが嫌いだから、必ずにらみつけてから礼をする。

そんなに礼をしたくないならしなくてもいいのに。


奥にはソファに座ったままのカミーユ様。

私が来たのに気がつくと、座るようにと命じた。


「ニネット、本当にがっかりだよ。

 この間も言ったと思うが、聞いていなかったようだな」


「いえ。きちんと話は聞いていました」


「では、どうして改善しようとしないんだ」


そう言われましても。改善しようにも、ないことは直せない。


「またオデットをいじめたそうだな。

 昨日は大事にしていた本をとりあげた上に、ドレスにお茶をこぼした。

 そして、今朝は食事を台無しにしたと聞いている。

 いったい何を考えているんだ」


「身に覚えがありません」


「ふざけているのか!」


ふざけようにも、初めて聞いた話にどう反応しろと。

また義妹のオデットが嘘をついて泣きついたのだろうけど。


「もうあと一年もしたら俺と結婚するんだぞ。

 王子妃になるのに、そのような性悪でどうするんだ。

 少しは反省しないのか?」


「反省するような心当たりがございませんので」


「はぁぁぁ」


私が素直に謝ればカミーユ様は気が済むのだとわかっている。

だけど、してもいないことで謝るのは嫌だ。

そもそも、私のことを信じてもいない婚約者と、

仲良くしたいだなんて思うわけがない。


結果的に反抗的になってしまうのは仕方ないと思う。


「本当に……可愛げがない。

 ただでさえ地味な外見だというのに性格までこれでは。

 父上はどうしてニネットを婚約者にしたんだ」


「私を婚約者にした理由を聞いていないのですか?」


聞いていないのは知っている。

知っていたらこんなことは言いださないだろうから。

国王もちゃんと説明しておけばいいのに。


「どうせバシュロ侯爵家の支援が欲しかったのだろう。

 オデットは家を継ぐから王子妃にできなかったのはわかるが、

 愛人の子を王子妃にするなんて」


「……母は愛人などではありません」


「なんだ。本当に愛されているのは自分の母のほうだとでもいうのか。

 愛人の子なら立場をわきまえたらどうなんだ。

 引き取ってくれた夫人に申し訳ないと思わないのか」


「申し訳ないと思いませんから」


思うわけがない。

母は侯爵の愛人などではなかった。

侯爵家が私を引き取ったのは国王が命じたからだ。


それを全部言えたならすっきりするだろうけど、言うことはできない。

国王が話していない以上、私から言うわけにはいかない。


「最後の警告だ。

 これ以上わがままを言い続けるのなら婚約は破棄する」


「どうぞ。お好きなように」


「俺は本気だぞ!脅しだと思っているのだろう!」


目の前に差し出されたのは一枚の書類。

婚約解消するためのもの。

破棄と言ったのに解消の書類なのは、

カミーユ様はあくまでも自分を誠実だと思っているからだろう。


私にとってはどっちでもいい。

婚約がなくなるのであればうれしいとしか思えない。

この正義感につきあわされるのは、もううんざりだもの。


「署名すればいいのですね」


「はっ。できるものならな!」


さらさらと署名して渡そうとするとカミーユ様は目を見開いて驚いている。

なぜか書類を受け取ってくれないから、そばにいたエネスに渡す。


「……ニネット様。どうして署名したのですか!

 これで本当に婚約は解消されてしまったのですよ?」


「ええ、署名したもの、当然よね。理解しているわよ?」


「後悔してないのですか!?」


「後悔?なぜ?」


エネスが言っていることがわからなくて首をかしげたら、

カミーユ様がぽつりとつぶやいた。


「お前、俺の婚約者じゃなくなったら、もう権力は使えなくなるんだぞ?」


「そんな権力は使ったことないですけど」


「嘘を言うな。お前はオデットを虐げていた。

 愛人の子なら申し訳なさそうにしているべきなのに。

 俺の、王族の婚約者だから何してもいいと思っていたからじゃないか」


「……私は一度もオデットに嫌がらせをしたことはありません。

 何度も否定したのに、カミーユ様が聞かなかっただけじゃないですか」


「……何を言って」


「もう婚約者ではなくなりましたし、

 こうして呼び出されることもないですよね。

 一応言っておきます。お世話になりました」


ぺこりと頭をさげて立ち上がると、カミーユ様も慌てて立ち上がる。


「ま、まて」


「用事は終わりましたよね。では、さようなら」


もう関わりたくないという気持ちで微笑もせずに言ったら、

何も言い返せないようだった。


学生会のドアを開けて出ていく時、それでも腹が立って、

小声でつぶやいてしまう。


「こんなとこに居たいわけじゃないのに」


養女になっている侯爵家に戻ったら、また何か言われるだろうか。

義妹のオデットが待ち構えていると思ったら気が重くて、

帰りたくないと心から思った。



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