えへへ、違う、か。
フランクフルトの屋台はとても混んでいる。それを見た未来さんは残念そうに肩を落とした。ここまで長い道を掻き分けて来たのに、牛タンやイカ焼きはもっと向こうだ。
「広いってデメリットだな……」
私が遊園地に行った時。園内が広すぎて回れなくて、その時にも同じセリフを口にした気がする。
「でも、菊と二人で回ってるってことはもう、恋人、ってことでいいの!?」
えーまだ心の準備が!なんて騒いでいるけれど、それを見てもっと嫌いになる。うるさい、気持ち悪い、知らない。
「……えへへ、違う、か」
自己解決して、また人混みの中を掻き分ける。もう未来さんは何も喋らなかった。
海を見ていた。寄せては返す波を、丹生ちゃんと。
「ねえ、もし私が――だったら、どうする?」
丹生ちゃんの言葉は波に飲まれて聞こえなかった。固まった私と波を交互に見て、丹生ちゃんは少し笑う。
「やっぱ、なんでもない」
その横顔がとても綺麗だった。波の音だけだからかもしれないけど、ものすごく寂しそうな顔だった。あのときの気持ち悪さはもうあまりなくて、長いまつ毛とか通る鼻筋とかの方が目につくようになった。
「菊は、どんな映画を作りたいの?」
丹生ちゃんはそう切り出した。私が映画監督になりたいって、いつ教えたんだっけ。
「どんな、シーンが撮りたいの?」
波を見送りながら、もっと具体的な問いになった。
「静かなシーン。今みたいに」
そう返すと、少し微笑んで、気を引き締めるみたいにすぐ真顔になる。
「メイク、してるの?」
私も波を見たまま、丹生ちゃんに言った。丹生ちゃんの左目の横、ファンデを厚塗りしたみたいな跡が見えるんだ。今までは興味がなかったから見てこなかったけど、少し――好きになれたから。
大きな瞳が何回か視線を彷徨わせて、無理したみたいに笑う。
「少し、だけ、ね」
「ふふ、ここ、厚塗りになってる――」
「っやめて!」
「そんなの、いいから……もう、やめて……!」
丹生ちゃんが私を睨んだ。
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