付き合って欲しいって言ったら引く?
私の座る机から二個開けて、そこに突っ伏した。数秒後にカラスの鳴き声が響いて、寝息が少し聞こえてくる。吹奏楽部の練習が少し聞こえてくると心地が良い。夏の優しい日差しに心まで温められてしまって、私も同じように突っ伏した。
自転車に乗っていた。ものすごく涼しげな風だった。
右手にリングを光らせたあの人が、自転車を漕ぐ。その後ろに私も座っている。
なんの会話かわからないけど、なにかのやり取りを交わしてから、駄菓子屋の前で止まった。私達は駄菓子屋のアイスを手に取り、流れるようにスクールバッグから財布を取り出す。
「お嬢ちゃん達、よく似てるねぇ」
駄菓子屋のおばちゃんが言ったその言葉から、意識が浮上した。何が起きているかも分からずに、駄菓子屋に貼ってあったポスターに目をやる。花火大会、再来年の。
「菊、早く行くよ」
その人は私を馴れ馴れしく呼んで、あのポスターを一瞥した。
「……行きたいの?誰と行くの?行ったげようか?」
少し怒っているような声色。見てはいけないものを見てしまった気もして返答に困っていると、その人は急ににっこりと笑みを浮かべた。
「菊、ちゃんと浴衣着てきてね」
そう言うと、私の手を引いてまた自転車に乗った。なんで私はこんなことをしているんだろう。もっとやることがあって――「菊、い、一緒に……公園でアイス、食べよ?」
名前も知らない、瑞希センパイの親友の人。それだけなのに、まるで付き合う前の男女みたいな空気感だ。
連れていかれた公園は、私が小学生の時によく行っていたところだった。でもあの頃とは少し違う。昔はこんな所にベンチなんてなかったし、昔はここに滑り台があって。見ないうちにこんなに変わったのかと思うと少し寂しくもなる。
風が鼻の中をスーッと通っていく感覚がした。
「ねえ、もしさぁ……付き合って欲しいって言ったら引く?」
アイスの袋を開けようとしていると、その人は私をしっかりと見つめた。こんなの、嫌。いくら多様性の時代と言っても、私は異性が好きだ。別に同性愛は否定しないけど、関わりたくない。
リングは少し輝きを抑えて、自信がなさげだった。
「名前、は……」
息が詰まって声が出しにくい。苦しい。その人はすっかり表情がなくなり、一気にアイスの袋を開けた。
「ニブミク」
「え?」
「丹生未来」
それがその人の名前なんだろう。丹生さん?未来さん?どれも呼んではいけない気がする。
そのまま無言でアイスを頬張り、丹生さんは公園の木を眺めていた。
気づけば夏祭り、未来さんと手を繋いでラムネを飲んだ。カップル、友達、家族。色んな集団の中を、二人で歩く。いつも靴擦れして履けなかった下駄も、今は何の感覚もなく履きこなしている。
未来さんは黒と赤のかっこいい浴衣を着ていて、やっぱり私よりも大人っぽかった。当の私は薄い水色の、優しいけど子供っぽくも見える浴衣。
「フランクフルト食べてー、イカ焼きも食べたい?あ、あっちに牛タンある!」
未来さんはとっても夏祭りを楽しんでいて、辺りを見回りながら顔を綻ばせている。
あー。繋がれた手が気持ち悪い。ぬるぬるして、でもサラサラで。女の子って感じの手で吐き気がする。
柔らかくて小さい、暖かい手。指の付け根のところを撫でても、骨っぽさを感じない。キモイ、キモすぎる。私にはやっぱ同性愛なんて無理だ。
これが友達同士ならこのままでいられたんだろうけど、この人が私のことを好きだと思うと、とても不安になる。
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