死なないでよシネマ
夏目 四年生
好きな人に会えた時の挙動とか
「もうちょい右、いや、こっちから見て。
あー、ピント合わないわ。
てかゆいちゃんそこであってるっけ?
あ、瑞希センパイ、そこの台本取って貰えますか?ありがとうございます」
「はいはい、あんたら、いつまでも裏方に頼ってないでー。そろそろ自分たちで全部準備できるようになりんさい」
いきまーす、と叫んでから、瑞希センパイはカメラを回した。
この部に入って二年目か。まだ二年目なのに、もう後輩がいて。なんだかものすごく不思議な気持ちだった。ちゃんと舞台に立ったのなんて、去年の一回くらいしかないのに自分のやりたい裏方に回っていて、もう後輩に演技を教えて。あのときの三年生の先輩もこんな感じだったのかと思うと、案外しょうもない。
今撮ってるのは、部活の紹介ビデオ。一回映画みたいに撮ってから、お気に入りのシーンを切り取って編集しようってことになったらしい。私は演出担当、瑞希センパイは撮影。後輩たちは演技をやりたがっていたし、私も裏方がやりたかったのでちょうど良かった。
過去の自分に恋をした女の子が、タイムリープして過去の自分を追い続ける、そんな話。二人の恋が成立すると現代に戻ってしまい、それでも忘れないよ、みたいなエンド。超ありがちな感じするよね。そこがいいとこだけど。
「一回休むか、菊も休憩入っていいよ」
瑞希センパイは私に向かってそう言った。神崎菊と書かれた上履きを眺めて少し、空き教室へと移動した。程よく日が差し込むその教室は、私の休憩スポットだった。並べてある机の、一番位置がズレているひとつに腰を下ろす。謎の数式の書かれた黒板を見ていれば、扉が開いた。
「ごめんね、菊ちゃん?だっけ。ここにいてもいい?」
顔を出したのは瑞希センパイの親友だって言ってた人だった。今年から入部して、部活動紹介のドラマにも出る予定の。こんな夏に長袖なんて、暑くないのか。
「あ、全然大丈夫ですよ!」
その人は長い髪を耳にかけ、少しして、焦ったように元に戻した。少し気まずそうに黒板に目を移し、おもむろにチョークを手にする。右手に金のリングが光る。
「さっきの、一年生の演技、見ててどうだった?」
作ったような声で、こちらに背を向けながらそう言う。その動作に、少し違和感がある。
「ええ、いやあ、まあ。二行目の過去のところは少し間が大きかった気もしますけど……みんな、頑張ってくれてますよね」
そう答えると、その人はチョークを持った手を空中に彷徨わせた。
「そうかな。なんか、あの台本もちょっとおかしいと思うけど」
何も思いつかなかったのか、チョークを置いて、背を向けたまま続く。
「過去に恋したって、別に過去に戻りたい訳じゃなくて、過去に会いたいんだから。好きな人に会えた時の挙動とか、緊張とか、全く感じられなかった」
短く折った規則違反のスカートを払う。そしてもう一回チョークを手に取って、また置いて。払う。その度にリングが光を反射し、輝いている。
「ごめん、眠いみたいだ」
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