言う?言わない?

第5話



新学期は、嬉しいスタートとなった。




仲の良いメンバーで同じクラスになれたから、毎日たくさん笑って、あっと言う間に1日が過ぎる。




先輩と過ごした毎日も、今は私一人だけど。




意外に寂しくない自分に驚いてる。




春休みを使って、先輩は一人暮らしを始めたから…もう3週間会ってないんだなぁ。




私は…気がつけばこんなに経っていた、って感覚で…けっこう…会えなくても、平気なもんだな…なんて思ってる。




先輩はずっと会いたい会いたいって言ってるわりに、3週間一度も帰って来てない。




都合がつかなくて行けないんだ、って寂しそうな声はしてたけど。




今週の土日にやっと帰れると言ってて。

映画に行く約束をして。




映画だったら別々にみても同じ内容…とか思っちゃうあたり、私は…

なーんて、言えないけど。




離れてみて思う。




私は先輩が、いてもいなくても大丈夫なんじゃないかって。変わらないんじゃないかって。




同じ学校で、合わせなくても一緒にいられる環境だったから続いてきただけで…




いつでも先輩のほうから来てくれて、グイグイ引っ張ってくれるから、成り立ってただけで…




どうしても、続けていきたい人なんだろうか…




同じ大学へ追いかけるほど、必要としてる相手なんだろうか….




あまり寂しくならない自分が意外だった。




目の前にあった大きな背中が見えなくなったら、絶対寂しくなると思ってたのに。




2年先を行くみちしるべが遠くて、もっと不安になると思ってたのに。




今のところ、なんのマイナスもない…




それでも、実際に会えるとやっぱり嬉しかったんだけど。




私を見つけた途端に駆け寄ってギューってしてくれる先輩の胸は、やっぱりホッとする。




大きな体で。

ガッシリした腕で。

「守られてる」って安心感がある。




「おかえりなさい」

「ただいま!あ〜、やっと会えた」




幸せそうに顔をほころばせる先輩を見て、




…やっぱりこのまま続けていくんだろうな、ってぼんやりと思う。




…会わなくても平気、なんて…言えるわけない。



…この笑顔を壊す理由だって、ないし…




もう一度、先輩の顔を見上げてみる。




(…あれ…?)




先輩のアゴのとこ…うっすらと傷…

え?首にも…




頭一つ分ある身長差のせいで、先輩のアゴや首元が私からは良く見える。




「…ねえ、ここ…どうしたの?」




そっと触った私にもわかるくらい、先輩の体がビクッと震えた。




(…えっ…?)




なに、この過剰な反応…




モヤっと胸騒ぎがして、先輩の目を見つめてみる。




いつも真っ直ぐ私を見つめてくれる先輩。

しっかり気持ちを伝えてくれる先輩。




そんな先輩が、私から目をそらした。




(…絶対ヘン…)




胸がザワザワする。




「…先輩?」




「えっ⁈」




明らかに動揺してるじゃん。




(…わかりやすっ…)




心の中で突っ込みながら、私は先輩を近くのベンチに促した。




なにがあったのか、私にはわからないけど。

話し合う必要があることだけは、わかる。




先輩が口を開くのを、ひたすら待った。




長い沈黙の後、




「…ごめん…」




見たことないくらいの、弱々しい先輩。




「なにが、ごめん?」




また長い沈黙。




私は頭の中で、ごめんの理由を考える。




…別れ話…?




さっきのハグから、別れたい感じは想像できないけど、他に「ごめん」が思いつかない。




「…別れたくなった?」




真意を確かめようと、先輩の顔を覗き込んだ私は、目を見開いた。




先輩…泣いてる…




「えっ⁈どしたの…?」




初めて見る涙に、私が動揺してしまう。




「…別れたくないっっ…ごめんなさい…」




別れたくないと、泣きながら謝ってる先輩を見て、わかってしまった。




「別れたくないけど…浮気したってこと?」




「違うっ!浮気じゃないんだ。本当…そこだけは信じてっ…」




そうして、先輩はポツリポツリと話し出す。




大学の新歓コンパで、大量のお酒を飲んだこと。

酒癖が悪く、暴れてあちこち傷を作ったこと。

目覚めたら…女の先輩とベッドで寝てたこと…




私は固まってしまう。




怒ればいいのか?

泣けばいいのか?




…わからない。




大人な話すぎて、なんの反応もできなかったんだ。




ひたすら泣きながら謝る先輩に、




「…映画いこ。時間になっちゃう」




そう言うのが精一杯。




とにかく動き出したかった。




映画でもなんでもいいから、状況を変えなければ、いたたまれなくて。




先輩の言葉を理解して、飲み込んで、整理する時間が必要だったんだ…




映画なんて、一つも頭に入らないまま。




どうすればいい?

どれが正解?なんてずっと考えていた。




大人の女性だったら、「お酒の勢いで、そんなこともあるよね」って言えるのかな。




「ひどい!」って泣きわめくべきなの?




正解がわからないまま、表面だけ繕って、なんとかデートを終える。




先輩は、怒らない私にほっとしたようで。

許してもらえたと受け取ったようで。




また、って、手を振って新幹線に乗って行った。




…許したのかな、私…




っていうか、許すってなんだろう?

なかったことにして、これからも続けていくってこと?




許すもなにも、怒ってもいないし。




ただ…




さっきのハグが、急に気持ち悪いモノに思えてきてる。




先輩の手も。胸も。唇も…




…汚い…




…なんかもう、イヤだなって…




先輩に触られるのとか。




…無理だ…




ふと、ヨッシーの顔が浮かんだ。




ヨッシー…あんなに好きな彼女が、他の人に触られてるなんて…嫌だよね。




私も嫌だよ。

先輩に触られるの…もう嫌だなって思うようになっちゃった…




ヨッシーのこと。

先輩のこと。




私はどうしたらいいのかな…

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