第4話



母子家庭。




お兄ちゃんは結婚して家を出ちゃったから、私と母の2人暮らし。




看護師としてバリバリ働く母は、家にいないことが多い。




お兄ちゃんも大学やバイト、それから就職なんかで、ほとんど家にいなかったし。




おばあちゃんが生きてた頃は、おばあちゃんと私、ずーっと2人暮らしみたいな状態だった。




おばあちゃんは、穏やかで優しくて、家事が上手で、私をとてもかわいがってくれた。




お母さんが全然家にいない分、私はおばあちゃんからいろんなことを教わった。




洗濯の仕方。

料理の作り方。

季節の行事や、便利な知恵、マナーまで。




私のお母さんのことをね、家事が全然できない娘に育ててしまったことを後悔してるって。

マイは、おばあちゃんに似てるから大丈夫。上手になるよ。って、たくさん褒めながら育ててくれた。




確かにそうかも知れない。




お母さんとお兄ちゃんは似てる。強くてハッキリしてて、行動力も決断力もある。

家にいるより、外でバリバリ働きたいタイプだし。




けど、私は真逆だ。




「マイは、そのままでいいんだよ。みんなあの二人みたいだったら、家族がぶつかっちゃう」って、おばあちゃんはよく頭をなでてくれたっけ。




おばあちゃんとの穏やかで優しい毎日があったから、私は今こうしてのんびりと、でもしっかりと家事をこなせているんだろう。




おばあちゃんが居なくなってからは、家事は私がやっている。




学校から帰ったら洗濯物を片付けて、明日の下ごしらえをして。




お母さんは、休みの日に掃除機かけるくらい。




えー、食べに行こうよ〜ってすぐ言う。




今思えば。




おばあちゃんは、自分がいなくなった後でも困らないようにと。ちゃんと家事をこなせる子に、私を育てておいてくれたのかも知れない。




おばあちゃんが穏やかに育ててくれたおかげで、私は反抗らしい反抗をすることもなく、言われるままに…母と兄の望むとおりに、生きてきた気がする。




友達の前でも、彼氏の前でもそうだ。




モメないように立ち回って。

迷惑にならないように、自分はひいて。

空気を読んで、機敏を感じ取る。




「良い子のマイ」




もうすぐ高1が終わり、私は2年に、彼氏は大学生になるけど。


大学生になった彼氏にも、私は今までのように必要とされるだろうか?





『いい子のマイ』でいれば…








もうすぐ新学期が始まる4月の初め。




ひょっこりお兄ちゃんが帰って来て、お母さんと3人でご飯いこう!ってなった。




いつもの通り、二人が決めたお店についてくだけの私。




ここのお店、美味しいんだけど、場所が嫌い。




駅の、栄えてない側の出口にあって。




周りに、風俗とかのお店がいっぱいあるの。




呼び込みのお兄さんとか立ってるし。




ジロジロ見られるし。




お兄ちゃんもお母さんも気が強いから、全然気にならないみたいなんだけど。




私はイヤ。

こういう通り、自分じゃ絶対通らない。




酔って、楽しそうに歩く母と兄に隠れるようにして、道の隅っこをオズオズ歩く。




風俗って…すごいよね。




好きでもない人と、するんだよ?




いろんな人に触られるんだよ?




…できるんだなぁ…




私は無理だなぁ…




なんて思いながら、ふと見たお店の看板に、お姉さん達の顔写真が出てる。




セクシーなポーズや表情が、生々しくて嫌だ。




目をそらそうとした時、




「⁈…‼︎」




息が止まるくらいの衝撃。




この、1番すみにのってる人…




…嘘でしょ?




私の勘、ハズレてと…あんなに願ったのに…?



…まさか…



でも、でも…間違いない…この顔…だよね…




私の勘は、性格の悪い人なんじゃないかというだけだった。

プライドが高くて、損得勘定で選ぶような女性なんじゃないかって。




それなのに…




…そんなレベルじゃない…




どうしよう




どうしたらいい…?




…ヨッシーは知ってる、の…?




…美容部員って言ってたじゃん…




コンビニで会った時の、違和感を思い出す。




学生とは思えないくらいの、磨き上げられた綺麗な人。




高校生の幼さを見下してるような、地味な私をバカにしてるみたいな、勝ち誇った感。




こんな形で…黄色信号…当たっちゃった…




どうしたらいいのかわからず、毎日毎日悩み続けた。




ヨッシーに教えるべきなんだろうか?




でもそんなことしたら、ヨッシーがとてつもなく傷つくのは目に見えてる。




それならいっそ、見なかったことにする?




でも、ヨッシーが騙されてるんだとしたら?




美容部員と嘘ついて、風俗嬢なんだとしたら?




そんな裏切り、酷すぎるでしょ…




ヨッシーを助けたい気持ちと。

ヨッシーの幸せを壊したくない気持ち。




結論が出せないまま、一人でずっと抱えてた。




ヨッシーとシフトが重なるたび、胸が苦しくなる。



美容部員として働く彼女から聞いたらしい、たぶん嘘の話を、相変わらず幸せそうに話すヨッシーに。




…きっとこれ…知らないよね…嘘つかれてるパターンっぽい…




そんな気がした。




それなら…




真実を知らせるべきなんじゃないだろうか。




たとえ傷ついても…




職業偽って付き合うなんて、酷すぎる。どこまで本当なのか、どれが嘘なのかって…彼女の全てが信じられなくなる。




そう思うのに、幸せそうなヨッシーを見ると勇気がしぼんでしまって。




言う?言わない?




迷いながら、日にちだけが過ぎてしまう。




明日からは私も新学期だ。




先輩のいない学校で、どんな毎日になるんだろう。寂しくて不安になっちゃうのかな…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る