第7話 傷の所在に困っています


 第7話「傷の所在に困っています」



 「片瀬」

 「…おう、おはよう」

 目覚めると隣に紡がいた。…そっか、昨夜紡を抱いたんだった。

 紡は、はっと気が付くと慌てて下着を着けだした。僕もサッと身に着ける。昨夜シャワーを浴びたところまでは覚えているけれどそれ以降の記憶がない。

 「…悔しいけど、本当に癒術使えるようになってる…」

 紡は脇腹の傷を消して見せた。

 …鞍持普に付けられて消せなかった傷である。

 「にしてもその下着似合ってるな」

 「!!あっち向けー!」

 枕を投げつけられた。


 紡の癒術は復活した。差し当たって二人の傷と言う傷を消したけれど、僕の左目、こればかりはやはり癒せなかった。

 「いいって、代価みたいなもんだから」

 「でも私のために支払った代価なんでしょ?」

 変な所で紡は譲らなかったけれど、キスしたら黙った。

 代わりに殴られた。

 「片瀬、あんたってこんな人だったんだ…」

 「どんなやつだと思ってたんだよ」

 「融通効かなくて頭固くてむっつりスケベで…」

 「いやもういい…」

 相当偏見を受けていたようだ。

 「彼女いたらそれはキスもするだろう」

 「かっ…かかかっ…!」

 面白いのでしばらくこのままでいて欲しい。

 「それはそうと紡、今日から依頼再開するんだな」

 「そりゃそうよ、もう癒術も使えるようになったし!そうだ、甘いの切らしてるから何か買ってきてよ!」

 本業が再開できるだけあって紡も嬉しそうだ。

 「甘いものって何がいい?」

 「何でもいいけどー…んー、まんじゅうとか」

 「久々だな」

 僕はコートを羽織ると雪が降りだした街に繰り出した。


 どんな人にもつけなければいけない決着と言うものがあって、それは避けられるものでもない。それは例外なくふとしたタイミングに訪れたりするもので予期するのは難しい。

 少なくとも、僕と紡にとっての決着はそんな足音を響かせてやってきた。


 まんじゅうをしこたま買い込んで帰り道を急ぐ僕の胸はなぜかざわついていた。

 「あ、右浦さん、こんばんは~」

 そしてその悪い予感、もといつけなければいけない決着は事務所にやってきていた。

 傷師、鞍持普。

 「紡っ!」

 「片瀬、遅いって!」

 紡は…事務所の隅で傘を構えて無事だった。…取り敢えず一安心。

 「あらら、何かひどく嫌われたものですねー」

 「それは自業自得だと思うけどな」

 鞍持を中心に僕と紡は対角線上…。紡の安全を優先したい今は、なるだけ僕に注意を逸らさせた方がよさそうだ。

 「…何しに来たんだよ?」

 鞍持は少し寂しそうな顔をする。

 「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。あなたたちとは色々あってもう十分顔見知り…なんならお友達になったと思っていたんですけれどね」

 「なにが

 友達だよ、とは言えなかった。

 ふいに後から押し倒される。見たこともない男…いや、鞍持と一緒にいることを考えると、紡を誘拐した時に同行していた男か。

 勢いよく床に叩きつけられ息が詰まる。

 「彼は山岸といいます。一応私の相棒とかしてもらってます~」

 「片瀬っ!」

 しかしなんて力だ…押さえられた腕が軋んでいる。

 「…大丈夫。

 これ、どういうつもりだよ」

 「どう、とは?」

 鞍持は笑顔でとぼけて見せる。

 「見ての通り襲撃です」

 「…理由は?」

 「それ、聞く意味あります?」

 呆れた顔をする。いや是非とも凡人にもわかるように説明してほしいもんだね。

 「つけなきゃいけない決着ってやつです、右浦さん。

 傷師と癒師、どうあっても相反する存在はいるべきじゃないので」

 「なんで共存できないんだよ」

 「なんででしょうね、流行りの言葉で言うなら『生理的に無理』です」

 紡をチラッと見ると、僕の意図を察したのかそろそろと勝手口に向けて移動している。誘拐の後、紡と色々な緊急事態の対応を話し合っておいて正解だった。こんなのまともに相手にしていられない。

 

 しかし、僕が本当に危惧するべきはこんな二人の襲撃などではなかった。


 鞍持が発するたった一言。

 「それと右浦さん、あなたを迎えに来たんです。

 あんなに激しい夜を過ごしておいて、忘れろなんて酷な話じゃないですか」

 襲撃に気を取られ失念していた。

 「…え?」

 紡が、聞いてしまうことを。


 「…どういうこと?」

 「あれ、糸村さんに話してなかったんですか、右浦さん。

 まぁ、そりゃそうですよね~、いくら彼女のためとは言っても敵対してる私と寝たなんて言えませんよね」

 …やられた、鞍持、これが目的だったんだな。

 「片瀬、それって…」

 誤魔化すなんてできない、出来る状況でもない。

 「右浦さん、最初こそ痛みとかで控え目でしたけれど、最後はちゃんと欲しがってくれましたしねー、私としても非常に満足できたのでまた体験したいなーなんて」

 「ちょっと、黙ってよ!」

 紡を見ると、…見るからに動揺している。

 「片瀬、本当なのそれ…」

 「………」

 嘘も誤魔化しも…

 「…ああ」

 できない。紡のためにも。

 「…っ!」

 紡は、傘を放り出すと勝手口から飛び出していった。

 …図らずしも、紡を事務所から逃がす作戦自体は成功…だけど代償が大きすぎる。

 「行っちゃいましたね~」

 「…なぁ、楽しいかよ」

 僕の問い掛けに鞍持は、

 「えぇもちろん」

 にっこり笑って頷いた。

 「傷師ですからね。糸村さんが他人を癒すことに存在意義を見出すように、私は他人を傷付けることに存在意義を見出すんです」

 「めちゃくちゃだ」

 「そんなこと、もうどうでもいいじゃないですか?」

 鞍持は僕の顔の前に屈みこんできた。指で顎に触れてくる…剃刀で切ってしまったような痛みが走る。

 「さぁ、今夜は楽しみましょう?右浦さん」



 思わず飛び出してきてしまった。

 あの場の空気に耐えられないのもあったし、何よりショックだったし…。

 そっか、片瀬ってあの傷師と寝たんだ…。

 ………あー。

 なんかすっごくムカついてきた。なんで?私がいるのに、しかもしっかり抱いてるのにあろうことか敵対してる人と寝てるわけ?

 いや、なにその…胸だって私より大きいし?顔もかわいいけどでも…。

 バカ片瀬!なんで言い返さないんだろう!

 「ばーーーーーーっか!!」

 思わず虚空に叫ぶ。通りすがりの人に奇異の目で見られた。

 あの傷師とは本当の本当に決着つけないといけないみたい…今後も私たちに寄って来るかもだし。

 気が付くと私の足は事務所に向かっていた。

 「絶対泣かしてやる…!」

 ついでに片瀬も!



 癒術で心の傷は癒せるのだろうか。

 僕は事務所にやってくる依頼者を見る度そう思う。

 実際傷を負っていても、その傷よりも心の傷の方が深そうで。

 心身の傷は同調しているのではないか、とすら思っている。

 紡の癒術は、癒師としての仕事は外的な傷を癒すことだけ、だが、不思議と傷を癒された依頼者は表情まで柔らかくなって心まで癒されているようで。

 ともすれば、心を癒そうとするならばどうすればいいのだろう。

 そこに傷があるのならば。

 「随分真っ赤になりましたね、右浦さん」

 僕は、事務所の床から動けずいた。手も足も鞍持に傷付けられてズタズタだ、動こうにも動けない。

 「…お陰様でな」

 血を流して少し冷静になれた。

 こういう非常事態用の用意に準じて、無事に紡は逃がすことができた。後は僕がこの場から逃げる方法を考えるだけでいい。

 しかしそれが難易度が高い。鞍持だけならばなんとか行けたかもしれないが、山岸と言う連れがいる。今も入り口で仁王立ちしており脱走経路は確実に潰されている。

 「ところで左目、それ見えてます?」

 「見えないよ。肉塊になるくらいまで傷付けたんだろ?」

 「よかった~見えてたら反対側潰そうかなって思ってましたよ」

 さらっと恐ろしいことを言う。

 「命乞い、してみます?」

 「君が僕のことを殺すつもりならそうしようかな、意味ないだろうけど」

 時間は稼ぐ…けれど、出血があることを考えるとそう悠長にもしていられない。

 「あはは、そうですね」

 笑顔で言うあたり悪魔にしか見えないが。

 その時、完全に計算外のことが起こった。

 「はーい!あんたらみんなそこまでー!!」

 紡が…帰ってきた?え、なんで?

 鞍持も呆気にとられた顔をしている。

 「人の事務所でよくも好き勝手やってくれたなー!後ね、片瀬はウチの助手だから勝手にヘッドハンティングされても困るんだけど!」

 「…えーと?」

 鞍持が僕を見てきた。いや、僕にも何が何だかわからない。

 「ええと、癒師さん、糸村さん。

 私、あなたのその助手さんと寝たりなんだリやっているのですけれど…」

 どストレートに言った。

 紡は、

 「だから?片瀬が今私のことが好きならそれでいい!」

 あと私も寝たから!と逆にこっちが恥ずかしくなるように自慢げに言う。

 「うーん、なんかちょっと風向きが怪しくなってきましたね…」

 鞍持は一歩、紡に近付く。紡は腰に手を当て仁王立ちしたままで逃げようともしない。

 …今傷を負うのはマズい…僕がそう言いかけた刹那、

 「ちょっと痛い思いしてくださいね」

 鞍持の手が紡の頬に触れた。


 「…あれ?」

 驚いたのは、鞍持だった。

 紡の頬は、傷付いたどころか何も変わっていない。

 「おかしいな、傷付きますよね?」

 と、僕の肩に触れる。当たり前に裂けて血が出た…僕で試すなよ。

 「ははーん、なるほど、私分かっちゃったかも」

 紡はにんまり笑うと、

 「傷師のおねーさん、残念だけどもうあんたには私を傷付けられないよ」

 どういうことだ…でも、傷付けれれていないのは事実だ。

 「逃げてもいいよ、逃がしたげる」

 紡はそういって扉を指差す。

 「………いいでしょう、わからないままが一番気味悪いですしね。

 あなたの勝ちです、癒師さん。私が謎を解くまで平和に暮らしていてくださいね」

 鞍持はそう言うと、山岸を連れて去っていった。


 「片瀬、なんか言うことないの?」

 「どういうことなんだ?」

 いやそれじゃなくて!と僕の返答に紡がキレる。ちなみにまだ傷は治せてもらえていないし、床に転がったままだ。

 「…鞍持と寝てすいませんでした?」

 「なんで疑問形かわかんないけど…本当に反省してよね」

 でもそれは紡を助ける条件だった…というのはもう墓場まで黙っていた方がよさそうだ。

 「それはそうと、どういう事なんだ?どうして傷付けられなかった?」

 「心の傷と体の傷って、連動してると思わない?」

 それは、思う。傷に限らず、心が病んでいれば体調も悪くなるし、逆もまた然りだ。

 「だから心を最大限に奮い立たせてみた!」

 あと、触れて来る前から触れてくる場所に癒術使っておいた!と、紡は嬉しそうに言った。

 …おいおい、つまり気持ち如何の効果のほどはさておき、あの状況で盛大にブラフ張ったってことか?

 やるじゃないか。

 「でもね、心の傷を癒そうと思ったらね、その傷に真正面からぶつからなきゃいけないってことに気付いたんだ」

 …それは、そうなのかもしれない。逃げてる内はずっとついて回る、心の傷。

 あぁ、だから紡に秘密にしていたことが、ずっと僕の心では傷になっていたのかもしれない。

 だからもうほら、痛くいない。

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