第5話 告白に困っています


 第5話「告白に困っています」


 「好きです、大好きなんです、右浦さん。

 一目見た時から好きでした、あの紅葉の中に佇むあなたがあまりに綺麗で、思わず傷付けてしまいましたけれど、でもそれも私のものにしてしまいたかったからで…言うでしょう、好きだから傷付けたくなるって。

 私の場合血達磨にしちゃうんですけれどね、へへ。

 交換条件、ですよね。ですからいいですよ、私のことを好きになってくれるのであればどんな条件でも飲みましょう。

 あなたから愛されるのであれば、他には何もいりませんから」

 …さて、どこから話そう。

 面食らっているのは僕ばかりでもないだろうから、事の起こりから説明しよう。



 何の変哲もない朝、起きると紡はいなかった。

 ベッドはもぬけの殻、靴は置きっぱなしだからどこか出掛けているようでもない…一応、トイレや浴室も確認したがいることはなかった。

 誘拐。

 その二文字が頭をよぎる。

 …特殊な能力を持つ手前、色んな人から狙われやすい。それと家柄もか、人質としても紡は理想的な人材だ。当然、その辺は万全とはいえないまでも事務所のセキュリティを強化しているが、…そんなこと嘲笑うかのように玄関の扉の鍵はものの見事に破壊されていた。

 「…マジか」

 そこまで確認して、誘拐と言う線が濃厚になって、鍵を破壊したりこの事務所の位置を把握していることなどを加味して、いかにヤバい相手に紡は誘拐されたのかと寒気が走った。

 …考えろ、この事務所に紡がいると把握している人物…かつ、こんな破壊工作をするほどの行動力のある人物…。

 それはあっけなく該当した、たった一人。

 鞍持普…傷師。

 やりかねない、と言うか彼女しかやりえない。

 しかしそうなると動機が分からない。旅行の際に相対したのは僕だし、僕を狙うのならばまだわかる…しかしなぜ紡を?興味本位?

 「いや…今は取り敢えず行動が先だ」

 しかし、まったく行く当てなど見当つかない。鞍持普の連絡先も知らない…。完全に八方塞がりである。

 「お困りなようですね?」

 …いつからそこにいたのか。

 傷師、鞍持普。

 彼女は僕のデスクに腰掛け微笑んでいた。なんて都合のいい登場の仕方だ、これが物語だったならご都合主義も甚だしい…しかし今は助かる。

 「右浦さん。右浦片瀬さん。おはようございます!

 久し振りですね~、方喰荘以来ですか。でも私が入ってきても気付かないなんてそんな取り乱しているんですね」

 確かに彼女が事務所に入ってきたのは全く気付かなかった。正直それどころじゃないのも事実だった。

 …少し落ち着こう、僕らしくもない。

 僕は動機を打つ胸を押さえながら言った。

 「紡をどこにやった?」

 「おや、挨拶もなしですか…寂しいですね。

 彼女は今山にいます」

 …嘘では、なさそうだ。

 「山?」

 「まったく同じこと聞いてくるんですね、面白い」

 鞍持はうんざりしたように言った。

 「埋めたんですよ」

 「………」

 この場合の「埋めた」に他意はないだろう。

 つまり鞍持は紡を〇したということ。

 「おおっと、勘違いしないしないでって言っても無理でしょうけれど、彼女はまだ生きてますよ」

 「…どういう意味だ」

 「今から埋めるってことです。右浦さん。

 あなたが私の出す条件を飲むか否かで彼女は埋めます」

 なんならなんでも力ずくで奪っていきそうな鞍持が交換条件…当然裏があるであろうことは容易に想像できた。…しかし立場が悪い。どんな条件であろうと紡と天秤にかけられているならば飲まざるを得ない。

 「…条件は?」

 「いやー話が早くて助かります。

 端的に言いますと、私はあなたが好きなんです」

 「…は?」

 意味が分からない。

 「好きです、大好きなんです、右浦さん。

 一目見た時から好きでした、あの紅葉の中に佇むあなたがあまりに綺麗で、思わず傷付けてしまいましたけれど、でもそれも私のものにしてしまいたかったからで…言うでしょう、好きだから傷付けたくなるって。

 私の場合血達磨にしちゃうんですけれどね、へへ。

 交換条件、ですよね。ですからいいですよ、私のことを好きになってくれるのであればどんな条件でも飲みましょう。

 あなたから愛されるのであれば、他には何もいりませんから」

 いやいや、いやいやいや。 

 ちょっと待って欲しい、何を言っているんだこいつは。

 「だから糸村さんを捨てて私と恋人になってください、右浦さん」

 それが条件です、と鞍持は言った。


 無理だ。

 言うまでもない。僕にとって紡はパートナー以前に雇用主。俗な話をするならばこうして生活できているのも紡のお陰と言って過言ではない。

 それに、紡はいわば妹みたいなもので…

 「無理…って顔してますね」

 それは鞍持にも伝わったようだ。

 「右浦さん、相当紡さんが大事なんですね」

 鞍持が傷師でもなく、こんな出会い方もしていなかったのならば、きっと僕から告白もしただろう。なんせ鞍持は僕のどタイプなのだ。

 「…その通り、無理だ」

 「じゃあ糸村さんは山に埋めるということで…」

 「まぁ待てよ」

 僕は賭けに出ることにした。どのみちもうここは勝負に出る他ない。

 「他の条件は?」

 「そんなものありませんよ。

 …でも、そうですね」

 鞍持はゆっくり近付いてくると、そっと僕の胸に触れる。

 僕は思わず身構えた。

 「あなた次第ですけれど、別の条件、飲んであげてもいいですよ」

 だって大好きですから。…よく言う。

 「それで、どんな条件を提示するんですか?すっごい楽しみです」

 鞍持の触れる胸の皮膚が裂け、血が垂れる。シャツに染み込んでいく。

 鈍い痛みが僕の回答を急かす。

 「…僕に不可逆な傷を与える…っていうのはどうだ」

 それは可とも不可ともとれる妥協点。

 本当に賭けでしかない。

 そもそも好きに傷を与えることができる鞍持。そんなこと望むだけでか叶えることができる。僕の許可など不要なのだから。

 鞍持は頬を赤らめていた。

 「へぇ…面白い。どういうことかもっと詳しく説明してください」

 乗ってきた。

 「思うに君は傷の程度を好きに変えられるんだろう?ならそれで、君の望む僕の体を一か所、再生不能に破壊すればいい」

 「いいですね、すっごくいいです…」

 鞍持は陶酔したような面持ちで僕の胸の傷を撫でる。血が泡立ち、傷が深くなる。鋭い痛みが走った。

 「でもそれだけじゃ足りないですね。

 それと…抱いてください」

 「………」

 …そうきたか。どうしたものか…。

 不可逆な傷の方は、もう覚悟できていた。そもそも鞍持が現れた時点で無傷で済むなんて思っていないし、自分で提示した条件、紡が帰ってくるのならば仕方ないと諦めもついた。…僕は僕自身より紡の方が大切だ。

 わかった、もうよくわかってしまった。

 故に、

 「傷付きながら快楽に溺れるあなたの表情を見てみたいんです。

 …大丈夫、もっと気持ちよくしてみせますよ」

 「…それしか、選択肢ないんだろ?」

 僕が傷付くだけなら、構わない。

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