第4話 誘拐に困っています


 第4話「誘拐に困っています」


 誘拐された。

 …のだろうと思う。

 思うというのは確証がないからだけれど、今の自分の置かれている状況を鑑みるとそうとしか思えなかった。

 いつもの時間にいつもと同じように片瀬におやすみ言って、ベッドに入って、起きたら車の中と思しき天井。手足も縛られている。

 「………」

 口も布で縛られていて声が出せない。

 これってあれ、絶体絶命ってやつ?

 「あ、起きました?」

 唐突に座席のシート越しに顔が覗いた。目出し帽を被って人相はわからないけれど、女性だった。かわいい声してる。

 「ちょっと混乱してるかもしれないので説明すると、これは誘拐です」

 やっぱり…。

 正直言うと先日片瀬が血達磨になった事件もあって、何かしら私たちに敵対する人が出てきてるのかなって気はしてた。片瀬からも、気を付けろって言われてたし、いつにも増して側にいてくれたりしたけど。

 寝込みとか襲っちゃうんだ…。

 「癒師の糸村紡さん」

 「………」

 「あぁ、ごめんなさいね、何も喋れませんね」

 「ぷは」

 やっと口元の布を取ってもらえた。息苦しかったし少し人心地…。

 「…人に恨まれるようなことした憶えないけど…あんた誰?」

 「私は鞍持普です」

 犯人が分かってしまった。お巡りさんこっちです。

 しかしその名前には聞き覚えがあった。それこそ片瀬を血達磨にした張本人。傷師。一番会うべきでない人で遭ってはいけない人。

 「…どうして?」

 一応理由など聞いてみる。

 「右浦さんを脅して癒すのを止めさせようとしたのですけれど止めなかったので、実力行使です」

 あーダメだ、かわいい声してるしきっとかわいい顔してるんだろうけど、このおねーさんは危険だ。危険すぎる。行動に躊躇いとか加減がない。

 それは片瀬も血達磨にされるわけだ。

 …ゆべしで完全に癒すの大変だったんだぞ、あんまり甘くないし。

 「…でもこれって犯罪…ですよね」

 思わず丁寧語になってしまった。下手に触発するとどうなるかわからなくて本当に結構怖い。笑顔で崖から突き落とされそう。

 「そうですよ?」

 はい怖いー何この人ー。

 説得とか無駄なのはこのほんの少しの会話で察してしまった。

 「…ところでどこ向かってるの?」

 会話を重ねつつも車は進んでいく。外は既に暗くどこを走っているのか察することはできない。

 「山です」

 「山?」

 「そうです。これからあなたを埋めます」



 私、糸村紡、十八歳。

 癒術っていう触った傷を痛みを『消し去る』魔法みたいな力を使えるだけの元女子高生。片瀬…右浦片瀬っていうマネージャーと二人で細々と依頼を受けつつ日々平和に生きていた。

 今日までは。

 「埋め…えっ?」

 「言い方が悪かったですか?私の力で傷を負わせて失血させ、そのまま埋めてしまおうという作戦です」

 「いやそこじゃなくて!」

 そこっちゃそこだけども!

 「つまりその…私を殺そうって…こと?」

 「はい!」

 目出し帽越しでもわかる満面の笑顔だった。

 「…また教えて欲しいんだけど、なんで?」

 「糸村さんの力は私とは相反するもので、私の仕事上、すっごく邪魔なんですよね。せっかく依頼あって傷付けても、また依頼一つで治されたりしちゃうと。糸村さんはどうなのかわかりませんが、私はこれを仕事にしているので本当に困るんです」

 「あのさ、その、依頼して傷付けた人がその傷を癒して欲しがるとは思えないんだけど…」

 「でしょうね、でも私も自分の仕事にプライドを持っているので万が一にも仕事の証を『消し去ら』れたりするのは嫌なんですよね」

 「すっごい自己中じゃん…」

 そんな自己中で殺されるのか、私…。

 「それと、更に自己中なんですけれど、ボランティアで人を癒すっていうあなたのスタンスが気持ち悪くて我慢しかねるんです」

 「…そんなの言われたの初めて」

 気持ち悪いか…。どうだろう、無差別に癒しているといえばそうだけれど、私のことを見付けるには相当苦労しなければならないし、そこまでの気概を持って来てくれた人を癒すことがいけないことなのだろうか。

 「人って他人のことなんてどうでもいい…というか構っていられないのが世の常だと思うんですよ。なのにあなたはいつも余裕で人を癒している、施している。…ここしばらく事務所割れてから張り付いてたのであなたの日常は把握していますよ」

 「こっわ!」

 秘密知ってるって言われるより怖いわ!

 「…それと余裕なんてないよ」

 「いえいえ、糸村家の長女とあればそんなわけないですよね」

 …そこは認めざるを得ない、私の実家、糸村家は現代の貴族かと言われるくらいの資産を有していて、正直活動資金含むお金事情には全く困っていない。

 「私が言ってるのは気持ちの余裕って意味だけど」

 「それもあるでしょう、私の企みでしばらく依頼が増えたとはいえ右浦さんと二人でうまく捌いてたじゃないですか」

 「いっぱいいっぱいだよ」

 これは本当のことだ。癒術を使うと甘いもので力を補給できるとはいえ疲労は溜まる。依頼が混んでいた時に何度癒しつつ寝そうになったか。

 片瀬の肘が飛んでくる。

 「あら、そうだったんですね」

 …こういうのは否定しないんだね。嫌なおねーさん。

 「それはそうと、もう目的地到着です!」

 あれっ、こういう時ってどういう反応するのが正解なんだろう。傷師のおねーさんの調子に飲まれてか唐突過ぎてかどう反応したらいいかわからない。



 傷師のおねーさん、もとい鞍持普に半ば引き摺られる形で私は山小屋に連行された。目出し帽を取ったその顔は、やっぱほらかわいい。

 「ところで、糸村さん。考えたことはありますか?」

 普(妥当な呼称が思いつかないので心の中で呼び捨てにする)は山小屋にあった椅子に私を座らせると、更に紐で巻いていく…。流石に逃げようだなんて思わない。普の連れの運転手が入り口で仁王立ちしているし。

 「私たちみたいな特殊な力を持った者同士が力をぶつけ合った時どうなるか」

 「力をぶつける?」

 「そう、あなたが癒す方の力が勝つのか、私が傷付ける力が勝つのか」

 どうなるんだろう…なんてぼやーっと考えていた私の腕に激痛が走った。見ると、皮膚が裂け血が垂れていた。傷術…本当にあったんだ…ってか痛いっ!

 「いたたたたた…」

 「触れられないと癒術は使えませんよね。手は拘束解きますよ」

 本当に拘束を解かれてちょっと困惑しつつも、私は腕の傷口に触れる。

 癒術…傷がなくなるようにイメージして取り去る…。

 「なるほど…本当に『消し去って』しまうんですね」

 喉が渇く、甘いものが欲しくなる。癒術を使うといつもそうだ、私は甘いものが欲しくなる。ちなみに同じく癒術が使えるおばあちゃんは酸っぱいものが欲しくなるらしい。人それぞれ違う。

 「本当に、忌々しい力ですね」

 「…なんでよ」

 少なくともあんたの力より無害だと思うけど…と悪態を吐くことはできなかった。

 頬が、肩が、腕が、胸が、腹部が、太腿が、膝が。

 どこも裂けて血を噴き出したのだから。

 「…っつ!」

 痛みと出血に頭がくらくらする。あー、片瀬もこうだったんだろうななんてなんとなく思う。今頃片瀬どうしてるんだろう…私のこと探してくれてるのかな…そうだったらいいな、なんて。

 甘いものの渇望を我慢しながら癒術を次々使う。本当に、こんなに連続して使うことないし目が回る…椅子ごと倒れ込んだ。

 「もう限界ですか?」

 「…見てわかんない?」

 何とかそれだけ吐き出したけど、私の体力は残ってないし頭の中は甘いものでいっぱい…もう何でもいいから甘いもの欲しい…。

 「…ぐ」

 普は容赦もなく(あるわけないと思ってはいたけど)、次々私の体に触れては裂傷を作っていく。

 「…あ、あれ?」

 それは急に来た。癒術が使えなくなった。…多分力を完全に使い切ってしまったのだろう…、触れても傷口が『消え去ら』ない。

 「限界ですね。うーん、正直がっかりです。もっと張り合いがあるのかと思っていましたからねー」

 「…期待に沿えなくてごめんね」

 「口数は減らないんですね。さ、ではそろそろ埋める時間ですねー。頑張って穴掘ってくるので死なないように頑張ってくださいね!」

 え?置いてくの、このまま?

 いや、本当に死ぬって…。

 「もう意識飛ぶかもしれないので。さようなら、癒師さん」

 そこで、私の意識は完全に途切れた。

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