8 ただでは転ばないから!

 高校生活が始まって一週間ほどが経ち、体力測定が行われた。

 当然俺はぶっ飛んだ数値を残した。冥や鷹野さんという怪物もいるとは言え、他のクラスメイトはたいてい武よりは文に寄ったタイプ。

 目立つどころではなかった。


 基本的に前世の運動苦手な男子と同じような成績を残している周りの女子たちの中で、俺は怪物のような数値を残している。


 ドン引きものになるかと思ったのだが……どうも違うようだ。

 周りからの視線が尋常でないことになっている。

 汗を拭う姿をよだれを垂らしてガン見されている。


 悪い気はしない。けど、年頃の女の子としてもう少しこう……慎みをと言うか……。


 そして、同時にそれとは質の違う視線にも気づく。……ああ、実に面白そうだ。


山田枢視点


 私は平凡だ。何をするにも平凡。顔立ちだけはちょっとは見れる方かな?とは思う。犬獣人特有の尻尾の毛並みにも多少の艶はあると思う。が、その程度。それでも勉強にだけは完璧な自信があった。

 これで何を為したいというわけではない。

 ただ、認められたかった。平凡な己にも誰にも負けない価値があると世界に認めさせたかった。


 だからこの高校に入った。

 県内トップの高校でも良かったと思うかも知れないが、『最高の大学』への進学実績……というより過去に首席合格した者の数だけはこちらのほうがはるかに上だった。

 向こうが一人なのに対し、こちらは三人という程度の違いではあるが。


 なのでここにした。容易く首席合格をした。

 

 だが、この高校の入学テストで最高の成績を収めた私よりも目立つ存在がいた。

 未来の有望な冒険者を見定める大会でまさかの優勝を果たした男だった。


 合格時の成績はAクラスとしては平凡。しかし、中学の成績を調べてみると最終盤にゴリゴリ学力が上がってはいたものの、本当に平凡としか言いようのない成績だった。

 一般的には多少は見れる成績かも知れないが、私からすれば足りなすぎる。


 ……ああ、この男は神に愛されているのだな。と思った。


 聞けば八ヶ月程度の勉強でここまで駆け上がったらしい。

 反吐が出る。私の持つ天賦の才は、この男の下位互換。しかもそいつにとってはその才は己を引き立てるためのおまけにすぎないことがひしひしと感じられた。


 許しておけない。……が、成績で勝負するのは無理そうだった。

 これ以上本気でやる気がなさそうだったから。冒険者を目指すのならば当たり前ではあるが、悔しい。

 来年にはBクラスにでも堕ちているだろう。


 だから、怒りと憎悪を込めて見つめ続けた。

 どうしようもない難敵と戦うことすらできないことへの怒りをただぶつける。

 理不尽だろう。申し訳ないとは思う。それでも、許せなかった。


 ところがここ最近……とは言っても入学したのが最近ではあるが、ともかく最近。彼から見定めるような視線が時折突き刺さっていた。


 どうやらお眼鏡に叶ったらしい。ある程度本気を出す気になってくれた。

 その程度では私の望む領域の成績バトルはできそうにはないが、僥倖だった。


 もっと意識させよう。その果てに本気を出した彼を成績で打ち負かし……って、両方満点だったら彼が本来得意とする体育の成績を持ち出されて負けてしまうのか。


 そんなくだらない結末は嫌だ……けど、そこではさすがに敵わない。

 彼が化け物じみた身体能力とか以前に、私は平凡だから。

 

 鍛えたところで側を固めているあの二人の足元にも及ばない。そんな表現すらおこがましい。


 それでも良い。負けたなら負けたで構わない。

 その時こそ、私の世界で主人公であるべきと定めた己を諦めることができそうだから。


 ……しかし、あの雰囲気は何とかならないのだろうか。

 雰囲気というか、色気だ。

 勉強に集中できない!

 無理やり気をそらすことで私は解決しているが、長良さんはずっと隣の彼を見つめてるし、他の子もソワソワして集中できていない!


 ……が、なぜか自宅での予習復習は逆にやたらと捗る。聞いてみれば周りもそうらしい。

 

 どうするべきか。先生も明らかに困っている。

 Aクラスの成績が例年より落ちたら、間違いなく彼は『隔離』されるだろう。

 そうなっても勝負はできるが……意識させるのが難しくなる。


 ともかく、あの色気だけはどうにかしてほしい。

 容姿も当然ぶっ飛んではいるのだが、それ以上にそこから繰り出される雰囲気……中学時代の友達が言っていた『剣気』とでも言うのだろうか。


 長良さんや鷹野さんも少しだけ近い剣気を放っている。彼を知らなかったら、まず呑まれて強く恐怖しただろう。しかし、彼のそれはその比じゃない。

 まるで魅了(チャーム)の魔法だ。それも、ものすごく強制力の強い。

 現実にも魅了魔法などというものは存在はするが、元々そういう仲の間柄でさらに仲を深めるためのおまじないでしかない。実際の効果がどれだけあるかも良くわかっていない。

 本当におまじない程度なのだろう。

 創作物ではその限りではないけど……。


 だが彼の魅了(チャーム)は抗いがたい。抗いたくなくなる。あの安寧に溺れていたくなる。

 

 己に逆らう愚者を魅了してわからせる魔王の絶技……そんな長良さんのような厨二病めいた謎の文言が浮かんでくるくらいには彼の雰囲気には圧倒されるものがある。


 そしてなにより。他の子と私とでは異なる点として。

 ……どうやら、私は彼に狙われているらしい。


 目で気付いた。言葉にせずとも伝わった。


『どう足掻こうがお前は俺の女にしてやる』、と。だからこそここまで心を惑わされる部分があるのだろう。

 他の子は一応普通に授業は受けられているわけだから。『魅了』とまでの効果は発揮されていないと思う。

 それに長良さんはともかく、鷹野さんも素晴らしい剣士らしいから完璧に抗えているようだ。当然、素の魅力がぶっ飛んでいるから無関心とはいかないようだけど。

 私のように狙われても無抵抗とはならないだろう。

 

 現に私にすら抵抗する術は残されていたわけだし。心で屈さない道と、気をそらすという現実的な回答の二つ。


 そんな塗りつぶして己のものにしたがるような想いなど願い下げ……ではない。もちろん嬉しい。あんないい男、異性として意識しないわけがないから。

 けど、なんというか違うのだ。

 私は彼にとっての強敵として立ちはだかりたい。


 乗り越えるのに最も苦労した屍として振り返られたい!


 そんなことを思っている時点でもはや私は主人公の資格を失っているのだろう。

 そんなことすら心地よく思えるあの突き刺すような眼光。


 ……難儀な男に惚れてしまったものだ。

 いや、変わり者はお互い様か。こじらせていなきゃこんな発想にはならないだろう。


 なら、お似合いなの……か?


 容姿では釣り合いは取れていないが、私も将来的には良いところに就職できるだろう。

 いや、彼はS級冒険者を目指すんだったっけ。それは無理でも……A級くらいにはなれそうだ。

 本職の人から見たら舐めた感想なのかも知れないが、素人である私から見た彼はまさに理外の怪物。


 近代冒険者史初の男性A級冒険者ともなれば……やはり釣り合わないか。


 それでも。済ました顔で汗を拭う彼を見て闘志を燃やす。

 そして憎悪を燃料にくべ、怒りの視線を強くぶつける。


『私を意識しろ。私は取るに足らない弱者ではない』


 そう強く念じる。即座に長良さんに睨まれてビビりそうになったが、こらえる。

 以前の私なら無理だったろう。

 視線に気づいた彼もこちらを見て、微笑む。


 万物を魅了するような、太陽のような微笑みだった。

 しかしそこに込められた想いは違う。

 

『であれば、俺の雰囲気程度に呑まれてくれるな』とでも言っているかのようだった。

 その程度ではライバルとして意識するには足りないと。


 再び強い怒りが湧いてきた。募ってきた。


 そういうことなら。

 ――私があなたを魅了してやるまでだ。


 勉強だけではなく、容姿という面でも。

 容姿で言えばどこまでお洒落しても周りの二人には敵わないだろう。

 特に長良さんはびっくりするほどの美少女だ。

 私ではとても……。

 だが、好みを探り、己を偽ることで彼好みの女になることはできる。


 現状でも傾向はなんとなくわかる。

 華奢な女の子が好きなのだろう。体格の良い女の子はあまり好みではないのだろう?

 ならば、そこはクリアできている。最低限の関門はクリアした。


 こうして、私は彼と本格的に関わる決意。そして、彼を『魅了』する決意をした。

 あの剣気の魅了の魔力はもはや消え去った。


 あるのは単純に、彼を惚れさせたい、本気にさせたい。そして本気になった彼を上回りたい、あるいは踏み潰されたいというただそれだけの気持ち。


 これでは主人公ではなくライバルキャラみたいだ。

 ……かませでは終わらないから。彼を強く睨みつけ、その後にほほ笑みを浮かべる。

 思えば睨むような仕草しかしてこなかった。

 なんと嬉しいことだろうか! 少しだけとはいえ、彼を見惚れさせられた!


 ギャップに弱いのかな?そこも分析して……分析するのは本来得意だ。

 趣味で観戦していた大学野球のデータを調べ上げて分析し、埋もれた有望株のスタッツがどう優れているかなどを分析した資料を贔屓のプロ野球チームに提出し、その彼女が今ではメジャーリーグに挑戦して活躍している。

 そんな活動も今となっては勲章の一つ。


 数値では測れないこともこの世にはある。ならば、感情すらも分析して見せればいいだけ。

 そうなれば、コミュニケーション能力という長所が新たに加わることにもなる。


 ……絶対にただでは転ばないから! そう、強い決意を込めて彼を見つめた。

 互いに、笑みを浮かべていた。

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