6 テレパシーめいたなにか

 入学から二日後。周囲にたくさんの人がいる環境にも少しだけ慣れた気がした頃。

 パーティメンバーの三人で談笑をしていた。内容は勿論その時々だが……ゆるく雑談しつつ、今まで教わった冒険者の知識を教え合っていた。

 ……鷹野さんは元々冒険者になるための教育を受けていた。俺たちが教わる側でもあったのだ。

 基礎的な知識が俺たちからは抜け落ちていた。

 が、実践的な知識はこちらのほうが豊富。


 ……先生は剣術においては基礎も大事にするが、冒険者としてはどうにも豪放磊落な方だったようだ。

 教わった知識に不備があるようだと連絡を取ったところ、『キミらならダイジョブだと思ってたんですよ。ほら、現にこうしてなんとかなりましたよね?』とか抜かしていた。


 そんな俺たちの様子を他の子たちは遠巻きに、それぞれの視線を持って俺達を眺めていたわけだが……どうも仲良くはなれなさそうだった。

 牽制し合っているようだ。冥はともかく鷹野さんには妬みの視線が常に突き刺さっている。


 実をいうと一人だけ気になる子はいる。敵意を剥き出しにしている子だ。

 黒髪ロングで委員長のような堅物感を感じさせる少女。

 俺を見ている時は常に眉間にしわが寄っているが、それさえなければ中々可愛い子なのではないかと思っている。

 惹かれたのは顔ではなく、俺を敵視するその瞳だがな。

 それを反転させてやりたい。気持ちが良いだろうしカタルシスもあるだろう。


 おそらくは、俺がAクラスに入れたのは実力ではなく男だから特権的に入れられたと考えているようだ。

 何故かはわからないが、尋常ではない怒りを抱いているようだった。

 仲良くなるのは難しそうだが、憎悪が反転したときはとびっきりの愛情に変わりそうで楽しそうだ。

  

 とはいえ、この子をわからせるのは至難の業だ。

 武芸で黙らせるなんて言うのは難しいだろう。

 冒険者ではなくスポーツ選手とかだったなら、プレーで魅了する道も取れたのかも知れないがな。

 残念ながら、在学中にA級になるくらいはしないと手のひらを返させることも難しいだろう。

 

 やはり、得意の勉強で打ち負かすしかないわけだが……S級冒険者を目指すための努力のほうがさすがに大事だ。

 その中でなんとか時間をやりくりしてこの子の成績を超えるのは無理と言ってよい。

 ……あの子は、冥よりも成績が良いのだから。

 入学時の成績はあの子が首席で冥が次席。

 正直、私立葛葉学園よりもっと良いところがある気がする。

 県内に一つだけ、そういう高校がある。

 

 ここは相当な進学校だが、上には上がいるのだ。


 そんな県内二位の偏差値を誇るこの高校であっても、俺のやり方では二年生になったときにAクラスを維持できるだけの成績を収めるのですら難しい。

 とはいえ、やる気は湧いた。

 憎悪を反転させることはできなくても、認めさせられるだけの成績は収めたい。


 時間は余計に割くことはできないが、密度を高めることで少しだけマシにしたい。

 ……せめてBクラスに留まりたいものだな。


 ともあれ、視線を冥へと戻す。

 少し不機嫌そうだ。すまんな。だがあの子も落としたいのだ。


『お前を捨てることはなにがあろうと絶対にない』


 安心させるためにそう強く強く……世の理がねじ曲がるほどに念じながら手を握ってやる。

 温かい。俺の醜い心が浄化されそうだ。


「……っっっ!!!それで今回は許してあげるわ」


 顔が真っ赤になっている。ゆでダコみたいで可愛らしい。


「お熱いねぇ。二人だけで通じ合っちゃってるけど、もしかしてテレパシーとかできるの?」


 鷹野さんが少し羨ましげにそう問うた。

 ああ、すまんな。目の前でいちゃつかれても反応に困るだろう。

 だけど、昼休みが終わるちょっと前まではこうしていたい。


「テレパシーではないな。近いものではあるが。魔法や一部の剣技のような超常的なものではない。俺たちは互いに……変わり者だろう?コミュニケーション能力にあまりに乏しい。昔はさらに酷かった。ゆえに、言葉にせずとも通じ合えなければならなかったのだよ。互いにそう思っていたら、だんだんとできるようになってな。今では遠く離れていてもある程度の思考を共有できるほどだ」


「はぇ〜。幼馴染で恋人だとそんなことまでできるのかぁ。羨ましいなぁ……。というか冥!キミ、恵まれ過ぎだって!こんなカッコ良くて仲良しな幼馴染クンゲットするとか、前世でどんな徳を積んだの!?」


「あいにくだけど、前世の因縁はとっくに振り払ったわ。今この天地に存在する我々だけが総てを意味しているの」


「……あ、はい、うん」

 

「一応言っておくが、前世云々は気にするな。ただの戯言だ」


「そう、前世などもはや我々には存在しないわ」


 ……俺には本当にあるんだがな。

 この子達にも実際にあったのだとしたら、どんな人生を歩んできたのだろうか。

 

 知りたいような、知りたくないような。


 まあそれこそ。『今この天地に存在する我々だけが総てを意味している』。そういうことでいいのだろう。

 俺も前世とは性格もまるで違うしな。

 

 入れ物が違えば魂が同じだろうと全くの別人になるのは当然の話。

 全くの別人の話ということで捉えて構わないだろう。


 そもそも前世が全員に存在するとは限らない。

 しかし、転生者……か。俺以外にもいたとしたら、どう関わるべきなのだろうか。

 日本ではなくても地球の同郷がいたら、話が弾むかも知れない。


 同じ宇宙の他の有人惑星だったり、全く別の世界だったら互いに常識も通じないだろうな。

 ……それはそれで楽しそうだな。


 いようがいまいが関係ないか。

 俺も知識チートなど出来ていないわけだし、地球に今後繁栄を築くはるか未来の人類の転生者が来たとしても、この水準の技術を大きく変革するなんて言うのはまず無理だろう。


 あまりにも恵まれすぎていて少し不安になってしまったかな。

 冥に心のなかで励まされた。

 ……よし、気合を入れ直そうか。

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