5 ギャル(?)

 男に飢えた女はこの世界、相当多い。その多くが恋愛や結婚を諦めてはいるだろうが、チャンスと見れば実行に移す輩はやはり存在する。

 貞操観念や性欲が逆転したわけじゃないとは言っても、ここまで比率が変わるとそうも言ってられないらしい。


 男が一人で夜道を歩くなんてのは治安の良いこの国でもご法度だ。

 まあ、俺は母が折れてからは自由に出歩いているわけだがね。

 なんせ、素手でも暴漢100人くらい軽く蹴散らせるし。殺戮ショーどころの騒ぎではない。

 ここまで強くなれば不意を突かれたところでそれがどうしたとなるし、そもそも気配に敏感なのでそういうのはすぐに分かる。


 まあ、そんな危ない世界といえど……こんな名門ともなればモラルが特別優れているらしい。特にここはAクラスだからな。頭が良ければ理性にも優れているのだろう。

 

 ……ああ、だから名門であればあるほど男子生徒の登校率が高いのか。納得した。


 隣で冥が見張っているのもあるだろうが、わざわざ話しかけてこずに遠巻きに見守るくらいにとどめているくらいだ。やはりモラルが高いな。


 だけどそんな高校でも突然変異はいるらしい。


「ねーねー、ワタシだよワタシ。ほら、覚えてない?」


 オレオレ詐欺のような文句で迫ってくる少女がいた。

 制服を早くも着崩しており、金髪なのもあってそれとなくギャルっぽい感じの女の子だ。


 美少女ではあるが……それだけで覚えていられるほど、記憶力には自信がない。

 もしかしたら、向こうからすると衝撃的な出会いだったのかもしれないがこちら側からするとおそらくは……いや、この子どこかで見たことがある。


 いや、あの大会で見た。真面目そうな女の子だった記憶がある。目の前にいるこの少女とはあまり重ならない。

 だけど……一度疑ってしまえば相似点を多く見つけられた。


 なにより、自己紹介に名乗った名……同姓同名だった。これは間違いないだろう。


「鷹野さん……あの大会で戦ったライバル、それで合っていますか?」


「うんうん!鷹野(たかの)紗理奈(さりな)!あのときとは印象が違ったからわからなかったかな?普段はこんな感じなんだー」


 冥は目を瞑ってじっと堪えている。嫉妬に駆られそうになっているみたいだが、俺が認めた相手だからと我慢しているようだ。

 ……別に認めたというほどではないのだがな。同年代の中では飛び抜けて強いという評価を下しているだけだ。

 

 この考えはあまりにも傲慢か。……が、今の俺は生まれつき傲慢なのだ。

 傲岸不遜に生きていける実力も手にしようとしている。だから、俺の流儀を貫かせてもらう。


 ……しかし、鷹野さんがなぜこんな学校に?スポーツに転身するにしても、この学校にはサッカーくらいしか強いスポーツはない。

 たしかにサッカーはこの世界でも人気のあるスポーツだ。


 そして彼女ほどの実力者ならば、たとえ向いていなくとも無理矢理才能で押し通れるかも知れない。プロになるのも夢ではないとすら思う。

 それならそれでいいのだが……わざわざここを選ぶ理由が分からない。

 そのサッカーの実力はといえば、県の中ではそれなりにやるという程度だし。

 

 わざわざここを選ぶ理由がわからない。


「……なぜ、この高校に?」


「それはこっちのセリフ!なんで冒険者学校入らなかったの?」


 しかし、向こうからすればこちらのほうが奇妙に見えたらしい。

 あれだけの実力を魅せつけたら仕方ないかもしれないが……。


「少しばかり事情があったのだ。男だから、色々な。とはいえ、今はこうしてFランクの冒険者となれたのだから不満はない」


「あー……男の子って才能あってもそこらへんめんどくさそうだもんねー。まあ、いきなりFランクってことは最低限の配慮はされてるってことだから……いいのかなぁ?ワタシとしてはキミほどの実力者が影に追いやられるなんて許せないけどさぁ」


 そこには荒れ狂うような怒気が滲んでいた。

 文の道を究めようとしているこの学校の生徒にとっては間違いなく毒だろう。

 他の子たちは、皆恐怖に怯えていた。


「落ち着け。俺や冥は良くても、他の者らにとってはその気配は毒だ」


「……あー、ごめんね。やっちゃったよ」


「俺には謝らなくてもいい。彼女らに謝るかは……お前次第だ」


 その言葉を受けて、鷹野さんは周囲に向かって申し訳無さげに頭を下げ続けた。

 そして俺に向き直る。


「それで、鷹野さん。お前はなぜ、この学校を選んだ?あれほど輝く武才があるならば、文の道を選ぶのはおかしい気がするのだがな」


「……あー、ワタシの家ってさ。結構古臭いところだから……あの大舞台でキミに負けちゃったことでね?追い出されちゃったんだ」


「……」


 ……罪悪感があるな。

 男である俺が活躍したことで、不利益を被るものがいる。

 それは良くわかっていたが、目の前に実例を出されると辛い。 

 無論、謝りはしない。それこそ侮辱しているようなものだから。


「追い出されたあとで養子として拾ってくれたお母さんも、冒険者学校にだけは入れないようにあの家に圧力をかけられていたみたいで……結局、夢を全部諦めてここに入ることにしたんだ。元々勉強はできたから苦労はしなかったよ」


「なるほど、な。では一つ問うが……それでも冒険者になれると言ったらどうする?」


「え?……たしかに、優勝候補なんて言われていたけど、キミはもちろんあの世代筆頭サマにもはるかに及ばないからさ。その程度でまた目指そうだなんて……。もう諦めたよ」


「俺の剣術の師は高名な冒険者でな。最終的なランクはAだった。お前も知っている名前かもしれん。冒険者学校に通うほどの知識や経験は得られないとは思うが、彼女に師事した俺が教えるのであれば、最低限の知識くらいは身につくと思わないか?」


「……なるほど。代わりにキミのパーティに入れと、そういうことだね?」


「ああ、そうだ。それに、お前自身もなかなかに高名だった。ぽっと出の俺より世間の評価は高いだろう。最初からFランクくらいにはなれるのではないか?」


「うん。……ありがとう。またキミに救われた気分だよ。じゃあ、高校卒業までに二人で一気にCランク目指しちゃう?」


「なぜCランク?……ああ、冒険者学校の卒業生は最初からDランクを保証されているからか」


 そこで合点がいき、家のみならず冒険者学校にも恨みをためているのだとわかった。

 ……将来的には冒険者学校卒の生徒も仲間に引き入れたいと思っている。

 一ノ宮さんあたりは勧誘の筆頭候補だ。

 今では割と頻繁に連絡を取っており、仲が良いと言えるだろう。


 現実的に考えて、そちらのほうが『才能』がある者の割合が多いのだから。


 それはおいおいで良いか。だけどその前に一つ誤解を解いておかなければ……。


「それと、二人でではなく三人で、だな」


「三人?……もしかして?」


「それはもちろん……この吸血鬼の真祖にして天命を覆した、至高に次ぐ存在であるこの私がいるから!」


 冥が返事をしてくれた。ドヤ顔可愛い。

 ……冥は鷹野さんと同程度の剣術家だ。

 『悔しいけど、私はあなたと比べたらまったく才能はないわ。それなのに、性別の違いだけであなたより評価されるなんて許せないの』、なんて事を言っていた。

 申し訳ない配慮をさせたものだ。

 だから、世間には知られていないが……相当やる。


 それに、魔法の腕で言えば飛び抜けている。

 魔法の腕も加えれば、一ノ宮さんにやや及ばないくらいの評価は下せるだろう。

 

「彼女は世の中には知られていないが中々の剣術家だ。それに加え、魔法の腕は特別素晴らしいものがある。師の薫陶は彼女も受けているから、不足はないと保証しよう」


「ほへぇ……。ワタシが不足じゃないかのほうが心配になってきちゃったよ。……まあいいや。これからよろしくね。それと、あとでID交換しよっか。ああ……もちろん、二人ともね」


 周囲の女子から睨み殺されそうなほどの眼光を浴び続けて、鷹野さんは苦笑しながらそう言った。

 抜け駆け、ダメ、ゼッタイ。ということなのだろうか。

 だから、対象を俺たち二人とすることでそれを和らげようと……少し可哀想なことをしてしまったかな。

 冥は……なぜかは知らないが、苦々しく思われてはいても、俺の隣にいることに反対される気配はない。


 だけど、鷹野さんだと難しい何かがあるのだろう。

 女の嫉妬は怖いな。冥の嫉妬だけは可愛いが。


「ふふん」


 思考を読まれたか。俺たちは互いにコミュ障だ。

 そういうやつ同士のカップルということで、互いの思考をわざわざ言葉にせずとも読み合わなければならない事情があったのだ。

 今では言葉にして伝え合えることも多くなったが、俺も彼女が考えていることはだいたい理解している。


 そんなこんなで、思わぬ幸運がありつつ高校生活初日は終わった。

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