4 高校入学

 冒険者になることを認められた。というか、母は俺の強さをほとんど認識していなかったらしい。

 その上であの蹂躙を見たのだ。驚いただろう。夢だと思ったかも知れない。

 が、寝ても覚めてもそこにあるのは現実だった。


 それでも認めるかを渋っていたようだが、まだまだ本気を出していなかったことを伝えると、さすがに折れた。完全に。


 だが、もう進学先は決まっている。今日が入学式だ。

 私立の名門、葛葉学園。スポーツ推薦ではなく、学力を鍛えて入った。

 前世では何もかも諦めていた。大人になれるかすら怪しかったし、実際なれなかった。勉強などほとんどしない。役立てる機会がないから。

 

 だから、お金さえ払えば誰でも入れるような通信制高校に入った。

 毎日のように登校するのは心臓の負担的に厳しかったのが通信制に入る決め手としては一番大きい。

 ……学力が高いとはお世辞にも言えなかっただろうな。


 だけど今は生命力に溢れているから、受験勉強くらいは頑張れた。

 男用に用意された基準を下げた専用の受験ルートを辿ってもよかったのだが……なんとなくプライドを刺激されたから猛勉強した。

 中学での成績はそれなりに優秀という程度だった。母が過保護だったもので、実際には登校せずにオンライン授業を受けていた。

 予習復習する暇があるなら素振りをしていた。

 それでも、詰め込むように勉強したら入れた。

 それも、ギリギリ入学できたというわけではなく余裕の合格。


 母はさらにびっくりしていた。そしてもはや諦めた。これによって、まともに登校して授業を受ける権利を得られた。


 今からでは冒険者学校には入れそうもない。編入するのは……難しいだろう。

 男であるのもそうだし、それ以前にあの学校は編入の例が少ない。

 救いといえば先生は元冒険者だったからちゃんとした知識を教えてもらえたことくらいか。


 本当は本格的に学びたかったところだけど、あまりに不安を感じたら冒険者としての心得を教えてくれる家庭教師のようなものでも雇えば良い。


 というわけで、今年度の俺は高校生兼冒険者としてやっていく。

 15歳以上なら自己責任で潜ることを許可されるからな。

 それでも普通の男ならば、ギルドに登録することも許されないのだろうが……俺には実績がある。

 対人における実績だが、それでも十分すぎるだろう。

 国に許可は貰った。Fランク冒険者だ。

 男とはいえ、あの大会で世代ナンバーワンを軽々と下して優勝した者がGランクから始めるのは道理が合わないと判断されたらしい。

 冒険者としてやっていくのに武力は確実に必要だろうが、その他の資質も重要だとは思う。だから、認められるのであればGランクからでも構わなかったのだが。


 ともかく、今は高校に意識を向けようか。


 鏡を見て寝癖を整える。

 ……この世界の髪色はみんなカラフルなのだが、俺は黒だった。

 せっかくならばもっと特別な色が良かったとも思うが、黒髪はなかなかに人気があるようだから悪くはない。

 髪は多少伸ばしている。髪で遊べる程度にはな。


 しかし、ナルシズムに浸りたくなるほどイケメンだな、俺は。

 前世の俺も素質で言えば負けてないとは思うが、なにせ貧弱すぎたし健康じゃなかったから。そこらの要素のせいで劣ってしまう。


 今の体を得たことに、再び感謝する。

 誰に?……誰だろうな。今世の母、だろうか。


 歯を磨いて、朝食を食べて、ブレザーを羽織る。


 そうしている間に……来ているのは知っているぞ。


「邪魔するわ!」


 真っ白な髪色をした、自信に満ち溢れているような輝かしく美しい吸血鬼の少女。

 幼馴染であり恋人でもある長良(ながら)冥(めい)。

 彼女は非常に学業成績に優れている。なのにも関わらず、俺が志望していた平凡な高校に来ようとしていたのだ。

 流石にそれはまずいと思い、頑張って勉強して今の高校に入った。

 それを悟られたようで、以前にも増して愛情表現が激しくなった気もするが……役得だと思っておこう。


「……えへ」


 冥は俺に抱きついてスリスリしている。どこかマーキングに似ていた。


「昔から本当に仲が良いわねぇ……。最近はさらにお熱いのね」


 母が呆れたような口調でそう言った。

 普段の母なら発狂しそうなこの状況が許されているのは、冥なら良いかと認められているゆえだ。

 まあ、アレ以降とやかく言わなくなったので、いろんな女の子とイチャイチャしていても眉をひそめる程度で済ませてくれるだろうが。

 無論、今はその思考は表には出さない。鉄面皮で守る。無理矢理にでも押し込める。こうでもしないとすぐにバレるから。

 冥は俺に対する勘が異様に鋭い。そんなところも可愛らしい。


 ハーレム願望に関しては既に伝えてある。許してもらった。

 受け入れられた。が、それはそれとして嫉妬はされる。だからせめて、二人きりでいちゃついているときくらいはそういうのは表に出さない。

 この男女比が狂った世界でも、本来ならば当たり前だったはずの礼儀だ。


「……安心するぅ」


 こちらも安心するぞ。冥の香りに包まれていると、俺特攻のリラックス効果が発揮される。

 

「俺もだ。だが、そろそろ行こうか。入学式の日から遅刻は流石に不味い」


「むむむ……流石にそうよね。わかったわ!」


 それから俺たちは通学する。電車に乗り、少し歩き、やがて校門に到着した。


 制服を着た女の子がたくさんいるが……この世界では需要はあまりない。

 皆無とは言わないがね。


 俺の精神年齢は長い事前世の高校二年の時点で止まっていた。まともな人生を送っていなかったもので、実際は今の実年齢より幼い精神性をしているだろう。それは今もだ。

 だから、制服は少し感慨深いと言うか……まともに通えなかったからな。

 

 思考を少し読み取られたのか、冥が憮然とした表情を浮かべた。

  

「こんなに想い合っているというのに、なんて移り気な人なのかしら。前世における運命の恋人、なんていうどうでもいい因果は既に振り払ったとは言え、どうかと思うわ」


 前世の恋人云々はもちろんこの子の妄想だ。

 純血の吸血鬼一族……吸血鬼の真祖であるせいか、やたら妄想たくましい。

 この子は……厨二病なのだ。そういうところも含めて好きではあるのだが、俺が俺であるゆえに目立ってしまっているので、流石に今ばかりは恥ずかしい。

 とはいえ、嫉妬させてしまったことは申し訳ない。俺なりのやり方で愛を返そうか。


「そんなところも愛らしいぞ」


 仏頂面を笑顔に変えて、その嫉妬を受け入れる。


「……仕方ないんだから。それで許してあげる」


 冥は頬を染めて俯いた。機嫌を直してくれたようだ。


 それで組分けは……Aクラスか。冥もだった。

 成績から言って当然なのだが、男だからねじ込んでもらったとか思って嫉妬しているやつもいるんだろうな。


 まあ、中学の成績は大したものではなかったし、これから勉学をおろそかにすれば二年の時にはBかC……おそらくはCに落ちているだろうな。名門とは言え、勉学に目覚めた今ならDやEに落ちることはないだろう。……と思いたい。


 出来る限り頑張るが、冒険者としてやっていきたいのが先に来るからどうしても成績維持は難しい。

 冒険者としてのお勉強も必要なわけだし。


「ふふ、やっぱり一緒ね。やればできるってのはわかっていたもの。……良く頑張ったわ!」


 褒めてくれるのは素直に嬉しい。

 頑張った甲斐がある。頑張ったからこそ、彼女が手を抜いてBクラスやCクラスに甘んじずに済んだのだから。

 これ以降のことは……なんとか説得しなくてはな。


 Aクラスに残り続けるのは流石に難しいだろうから。


 しばらくして……入学式が終わった。

 文武両道の天才だからみんなの模範になる、と新入生挨拶を任されそうになった。

 男だからというのが大きく影響しているのだろう。善きにしろ悪しきにしろ、この世界では俺のような活躍をする男など目立って当然だから。

 

 申し訳ないが、勉学の方はこれから落ちる自信があったのでなんとか断らせてもらった。


 それからも諸々のことがあり、クラスメイトたちが自己紹介をすることになった。

 そしてそのうち俺の番が来た。注目が大きく集まった。

 みんながみんなあの大会を見ていたはずはないだろう。

 大きな影響力を持つ先生の働きかけもあり、注目度は高かっただろうが……なんやかんやU15の大会ではたかが知れている。

 U18の大会や国内最強の武芸者を決める神王城御前試合、あとは世界大会なんかとはそもそもの注目度がさすがに違いすぎる。

 それでも俺はかなりの有名人だからな。

 そして、弩級の美男子だ。見惚れている女の子も多い。


「……逆本(さかもと)秀紀(ひでき)です。好きなことは剣術を究めることと、名声を得ること。ここ八ヶ月ほどで勉強もその中に加わりましたね。中々の変わり者であるでしょうが、仲良くしていただけると嬉しいです。ああ、それと……最近、冒険者も始めました。とは言っても、まだほんの軽くしかダンジョンには潜ってはいないのですがね。……以上です」


 あまり上手いことは言えなかった。はっきり言ってドン引きだろう。

 特に、名声を得ることが好きなどというのは阿呆の言うことだ。

 だけど、万雷の拍手を送られてしまった。

 

 男が極端に少ない世界でここまでのイケメンだと、言動が狂っていてもここまで評価されるのか……。

 いや、単にあの大会で得た名声によるものだろうか。

 あそこまで戦えるのならばそういう変わり者であってもおかしくない。

 天才には変人が多い……それはこの世界でも通用するイメージ。


 そこに助けられたか。反省。口下手はいつまで経っても治らないので反省は活かせそうにもないが。


 そのしばらく後に冥が続いた。

 あまり突飛なことは言っていなかったと思うが、ドン引かれていた。

 ……いや、俺が慣れすぎただけか。


 『将来の夢は秀紀くんの嫁になること。それは既定事項だから悪く思わないでほしい』的なことを言い放ったのだからな。

 拍手を送ったのは隣の席に座る俺一人だった。


 それは……たしかにドン引きものかな。この世界の常識関係なく……流石に冥に毒されすぎたか。

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