第14話

僕には見覚えがあった。小さな手が見えている。それは小さな蝶が花びらにとまるように白いスカートの裾に添えられている。その手も僕は知っていた。まるで記憶のグラデーションのシャボン玉がひとつひとつ弾け消えて行くみたいに、やかて僕は僕の心臓から吐き出される血の塊の重みを感じる。可奈だ。間違いなく可奈だ。僕は心の中で可奈の名を叫んでいた。可奈……。

「…お兄ちゃん、ここに来てはいけない。ここはお兄ちゃんの来るところじゃないのよ。」

可奈、やっと君をみつけた。僕はずっと君を探していたんだ。

「そうね、お兄ちゃん。知っているわ。お兄ちゃんがどうして海に来るのか、お兄ちゃんがどれ程海を憎んでいるのかも知っている。    でも、もう全ては終わってしまった事なのよ。」

そうじゃない。終わってはいないんだ。何も終わってはいないんだよ。僕はここから君を取り戻さなければならないんだよ。

「お兄ちゃん、ここはここではないの。ここは何処でもない処なのよ。」

あの日、僕ができなかった事、君にしてあげられなかった事を僕はやらなければならない。僕はあの時から二十年の間君を探して来たんだ。お母さんは何処にいるんだろう。君を探しに行ったんだよ。今でもはっきり覚えてるんだ、君の名を叫ぶお母さんの声をね。可奈、どうしたんだ。君の顔が見えないんだよ。

「お兄ちゃん、聞いて。私はもう失われてしまっているの。お兄ちゃんに見えている私はお兄ちゃんの心が創り出しているからなの。だから私は私ですらないのよ。」

いったいどう言う事なんだ。あの時だって、ほら僕たちが故郷を離れた時も、君は僕の傍にいたじゃないか。町がすっかりなくなっていて、至るところに瓦礫が積まれていて、その中にいっぱい人が挟まっていて、誰も動かなかった。まるで死んでいるように見えた。



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