第11話
この海が僕の家族を飲み込んで行った。父と母と妹をだ。飲み込んだまま、まるで無関係にただ悠然と僕の前に広がっている。何処までも遠く、果てしなく静かだ。僕は10年の間ダイバーとしてこの海に触れ続けた。あの時母が消えたはずの黄金崎の海に僕は潜り続けた。母と妹が一緒にいるような気がしていた。たぶん父は今も二人を探し続けているだろうと思う。僕は幾度となく黄金崎の断崖に立ち身を乗り出してこの海を覗き込んだ。母はこの断崖の何処かに妹の姿を見たのだ。だからきっと二人は此処の海で一緒にいるのではないかと思えてならなかった。
《ある夜に僕は夢を見た。それは故郷の海に消えてしまった妹の夢だ。低く垂れ込める灰色の重い雲がその世界を覆い、鈍色に光る冷たい雨が地上に降り続いていた。僕は妹が傘を持たずに学校へ行ったのを思い出して、白い柄の赤いビニール傘を持って急いで家を出る。道は酷く抜かるんでいて、足元には泥飛沫が上がる。でも僕は構わず妹の方へ走り続ける。激しい雨と水飛沫で辺りがよく見えないけれど、何か何時もの風景では無いように感じる。随分走っているはずなのに校舎のビルが見えない。そういえば何時も通る道はアスファルトだった事に気が付く。僕の通り過ぎる町並みがやけに昔のもののように見える。それは僕が走り過ぎる度に、まるで時間を遡るように古い時代のものになって行く。「此処に来ては駄目よ、お兄ちゃん。」何処からか突然に妹の叫ぶ声がする。僕は思わず立ち止まる。「その雨に濡れないで」と妹が言う。上空の暗い雲の中から何かのシステムが作動するような音が聞こえ、凄まじい轟音が鳴り渡る。僕はその雨の中でおとがいを高く空を見上げた。暗い雲の中で、更に暗い巨大な陰が動いた。「その雨は全てを失わせる」と妹が呟く。やがて深い闇が来ると妹が言った。》
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