第10話
もし未来が僕達に残されているのなら、それは何のためだろう。僕らの目の前に広がる闇の深さを、誰も知らない。僕はその闇の中を注意深くじっと見つめる。そして盲人のように少し顔を傾け聞き耳をたてながら頭の中でその距離を感じようとする。絶望的な恐怖と不安が僕の体の中の血の流れを凍り付かせる。でも僕は小刻みに震える足を引き摺りながら闇の中を多分前に進んで行く。其処は僕の意識から遠く隔てられた場所のように感じる。意識の領域を通り抜けた時間さえ存在しない無の領域。僕は待ち受けているものを確認するように目を閉じる。其処に広がる闇がその奥に続く別の闇の中に溶けながら広がって行くのが解る。それは黒い風となり巨大な煙りの渦となって膨らんで行く。そしてその渦の淀む辺りに更に黒い影が壁のように見えてくる。あの壁のように立つ黒いものは何だろう。それは次第に近づいて来て僕の体にまとわりついて来る。僕はもがきながら、それを押し戻そうと手を伸ばし突き放そうとする。柔らかな感触が掌に伝わって来る。それは暗い闇の中に下ろされた黒い幕のようだ。その幕の至る所に押し付けられた鋭い脹らみを形作り、それが蠢くように動きながら走り続ける。大勢の人間の話声のような、あるいは叫び声のようなざわめきがその向こう側から聞こえている。思わず僕はその幕を両手で掴むと思いっきり引きちぎるように引いた。でも其処には誰もいない。僕の目の前には相変わらず暗い闇が広がっている。僕は唖然としてその闇の中を見つめている。そしてそこからやって来るものに気が付く。それは同じ様な無数の幕だった。ざわめきに揺れる限りない数の幕の波が押し寄せて来る。僕はその幕を引き上げてはその下を潜り抜ける。だがその向こう側にあるものはやはりただの暗い闇の広がりだけだった。闇の何処かで蠢く声はひとつの闇を潜り抜けるごとに小さくなって行った。其処では、何処までも遠く波の音が聞こえ、深く風はもがり続ける。そして僕は無の闇の中を歩き、其処に留まるけれど、それでも僕はその中を歩いて行く。この闇が奪い去ってしまった僕の掌の中の小さな温もりの記憶を探し出して、また取り戻すために。
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