第8話

朱く燃える夕陽が落ちるように、真っ白い煙り立つ水平線に沈んで行く母の姿が夕陽に交わると吹きすさぶ風の音が止み、砕け散る波の音が消える。母の姿が真っ赤な影となる。辺りを切り裂くような母の叫び声が時間の中に突き刺さる。やがて陽は沈み、とばりが降りる。僕は車のスライドドアをゆっくりと開ける。車に寄りかかる父親が人形のように地面に踞っている。僕は車の外に出る。もうそこには暗い闇が深く広がっているだけだった。その闇の中で相変わらず風は唸り、波は砕け続けていた。その波の砕ける音で僕は目が覚めた。僕はまたアーモンドチョコレートを一粒、口の中に入れた。そして嚙み砕いた。

僕はお腹が痛かった。お腹の中心に差し込むような痛みを感じていた。父はもう仕事に出かけていた。母は妹だけを車に乗せて学校へ送って行った。何時も仕事へ行く途中に僕たちを降ろしてくれるのだ。母はすぐ戻って来るから待っていてねと、今日は学校はお休みして病院へ行くからと、母が言った。僕は二階の僕の部屋のベッドに寝ていた。僕は横向きになって目を瞑っていた。目を瞑ると痛みが強くなっているように感じた。目の中の暗い闇の世界に幾筋もの細い光の線が輪をかくようにぐるぐると回り始めていた。僕は目眩を感じた。目眩が強くなって、そして瞑っていた目を開けた時だった。いきなり轟音と共に家が揺れた。その横揺れは激しく、僕は驚いてベッドから転げ落ちた。あちこちから異様な音が聞こえて来た。聞いたこともない音だった。それは数分の間続いた。僕は立っていることもできず、そのままベッドの下に入ってしまっていた。数分後、それは一時間にも思えたけれど、ベッドの下から出てみると、部屋の中はいろんな物が散乱していた。まだ小さな揺れが続いていた。何人もの人の叫び合う声があちこちから聞こえていた。僕は部屋の窓へ近づいて外を見た。僕は息を飲んだ。声が出なかった。見たこともない光景がそこにはあった。サイレンが鳴り響いていた。途切れながら市内放送のようなものが聞こえていたけれど、何を知らせているのか解らなかった。僕は窓を開けようとした。手を掛けた時、窓は外れて外側に落ちて行った。ガラスの砕ける音がぽつんとした。

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