第6話
ゆっくりと、ゆっくりと一歩づつ、何かに誘われるように歩んでいる。不思議だ。頭上を覆う木の葉の隙間から射し込むものは陰りゆく陽の光ではなくて、次第に暗さを増して行く闇の帯なのだ。僕達の周りにある全てのものがこの森の闇に飲み込まれるようだ。僕は必死だった。この森を抜けるために僕は妹の手を握りしめて前へ進んで行く。でも、それが果たして本当に前へ進んでいるのかどうか解らない。その時、水が流れる小さな音が、僕達のすぐ先に聞こえて来た。僕はゆっくりと前方の闇の中に手を伸ばしてみる。流れ落ちる水が指先に落ちて、それで其処が僕達の秘密の場所だと判る。妹は手探りでランドセルのカバーを開けて、その中から水筒を出すとその水を注ぎ込んだ。その時、水筒の中に注がれた湧水が蒼みどり色に輝いた。それはやがて水筒の口から溢れ出し闇の中に蒼みどりの輝きが炎のように燃え広がって行く。蒼みどりの炎の細い筋が幾本も重なり合って、深い夜の闇の中を渦となって音もなく流れてゆく。僕達の体もまたその蒼みどりの炎の光に熔ける。その輝きの中に僕は見知らぬ風景を見ていた。強い風が僕の顔に当たって、僕は思わず額に腕を当て顔を反らす。その時、その目の先に身の凍るような断崖の淵が口を開けているのを見る。断崖はまるで奈落の底に沈むように崩れ落ち、吹き上げて来る風が地の底から唸りを上げて、凄まじい強さで僕を襲ってきた。渦巻く波は岩壁に砕け散り、白い魔物の化身ようなうねりが湧き上がっていた。僕の体はまるで風に打ち付けられる旗のように揺れた。僕は思わずその場に踞って膝を抱え込んだ。僕の目から涙が溢れこぼれ落ちて行った。涙が僕の両腕を濡らした。ふと僕は何故泣いているのだろうと思た。そして顔を上げるとその向こうには、白波乱れ散る荒れ狂う海が広がっていた。茜色の空の中に燃える太陽が浮かび、色づいた幾千の雲が千切れるように速く飛んでいる。何処か遠い処から、僕を呼ぶ父の激しい声がした。僕はここにいるよと大声で答えた。
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