第4話
僕の家は海からは離れた高台にあったから、それほどの被害も無く、災害から免れる事が出来たけれど、その時にはもうすでにもうひとつの恐怖が迫っていたのだ。破壊された化学施設から排出された化学物質が空を覆い、地上に降り始めていた。その物質は植物に取り込まれ、植物は腐って枯れてしまう。森も畑も全ての緑がだ。そして直ぐに強制的な退避勧告が出された。その工場から東にある幾つかの町の人達は余儀なく町を出た。とても多くの人達がその地を去って行った。僕はそれを見ていたのだ。でも、どうして僕はそれを見ていたのだろう。何故僕は、一人で家にいたのだろう、僕は必至で思い出そうとしたけれど記憶は途切れた。
高速道路に入ると、そこから見える海はとても美しく輝き渡っていた。あの日と同じ海が、果てもない海面の煌めきの中に、銀箔の粉を撒き散らしてゆっくりと蒼い空に舞い上がっているようだった。僕は少しの間眠ってしまっていた。気が付くと車はもう高速を走っていたのだ。時々ウインカーの音が聞こえた。ずっと止む事は無かった。その度に体が左右に揺れ動く感じが分かった。僕はバックミラーを覗いて遠ざかる車が見えなくなるのを確かめた。傷ついたいろんなものがミラーの中で僕達から遠ざかり、勝手に消えて行った。誰もがみな無言だった。車はスピードを上げてずっと走り続けた。沈黙はどうしようもなく居座っていたけれど、誰かが少しでも動けばその瞬間に簡単に崩れ去ってしまいそうだった。誰かが動けばいいのにと思ったけれど、誰も動こうとはしなかった。誰もが動けなかった。それほど長い時間が過ぎてはいないのに、とてつもなく遠い処にそれらの記憶があるように感じられた。こんなのは海じゃないと僕は思っていた。海じゃない。僕はその記憶のある場所までどうしても行かなくてはならない。そこがどんなに遠くでも、たとえどれほど深くても、絶対に僕はそこに行く。
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