第3話

でも僕は何処へ行くのだろう。僕はあの森の隠れ家にさよならも言わずに来てしまった。ロープが張られ、その入り口が閉ざされてしまった森に、もう僕は行く事が出来なかったからだ。あの災害で破壊された西の町の、ある化学工場から排出された有毒物質が強い風に乗って森を覆ったのだ。触れる事も、もちろん近づく事も出来なかった。灰色の雲のような塊が突然空の上から降りて来て、まるで緑を求めるようにその森に沈んで行ったのを、あの日僕は家の二階の部屋の窓から見ていたのだ。あの災害で学校が失われて‥‥、あっ、と思った。学校が失われた?僕はどうしてそう思ったのだろう。僕は家の二階の部屋の窓からぼんやりと外を見ていた時に、それは突然やって来た。所々に黒い影が揺れる灰色の巨大な雲のような塊だった。それから少し後に、森の木々は蒼白く色を変えた。景色の中でそこだけが空白のように抜けて見えていた。あの森は失われてしまったのだ。森だけではない。緑と言う緑が失われた。時々妹と二人で行った隠れ家の、其処にあった源流の湧き水の流れも、その場所を覆っていた木々や笹の茂みももう死の世界そのものだった。でも僕はロープの下を潜り抜けてでも其処に行きたいと思った。しかしその思いは叶わない。もう、戻れない。だからこの町を出て行くためにはその思いがその時どうしても必要だった。少なくとも僕にとって大切なものを守るためには必要だったのだ。そしてそれに対して深く深く自分を傷つける事もやはり必要な事だった。

この辺りの全ての町を破壊する災害が襲った。強大な地震だった。地震は凄まじい力でビルや家屋を引き裂いた。それから少し経って海が空に舞い上がった。幾つもの海辺の町が跡形もなくその巨大な波の中に消えて行った。遥か上空から 太陽の光を遮り、まるでそれは決まっていた事のように町と瓦礫は視界から消えた。ある空白の短い時間が過ぎて行った時、その後に残されたものは、限りなく広がる荒野と夢の残骸だった。

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