第14話:元魔法少女ゼアーフィール

 リディスに魔法を教え、昼位に屋敷へ戻ると、少しだけ心がざわついた。


 原因は考えるまでもない。


 例の人物がやって来たのだろう。


(アクマ)


『ちょいと待ってね……ふむふむ。ネフェリウスの教育係として潜入したみたいだね』


(あの生意気そうな坊っちゃんのか。とりあえず会いに行くか)


「午後はイメトレしながら、勉強していてください。私は少々用事があるので、何かあれば呼んで下さい」


(この様に)


「えっ!」

「念じるように話せば私に聞こえますので、それでは失礼します」


 アホ面を浮かべるリディスに、頭を下げてから部屋を出る。


 中々使う機会に恵まれなかったが、ようやく念話を使うことが出来た。


 これから会う相手であるゼアーフィールは、俺の知り合いとなるが、会った事はほんの数回……片手の指以下だ。

 

 俺のお助けキャラ的な存在だが、状況が状況だったために使う事は無かった。


 そして異世界に左遷されて来た……一応謝っておかなけばいけないだろう。

 

(手紙以外には何か伝言とかはあるのか?)  

 

『指示やお願いとかは何もないよ。好きに使えばって感じだね』


 投げっぱなしが一番困るのだが……まあ、なるようになるか。


「あ、ハルナちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど、良いかしら」

「問題ありません。なんでしょうか?」


 東館から本館に入ろうとすると、何やら困っているメイドに呼び止められた。


 人目が無ければ転移したいのだが、ちゃんと東館から本館に移動したと見せておかなければならない。


 下手に不信感を持たれれば、いらない不和を招く事となるからな。


 これでも社会の荒波は経験済みであるので、自分の意志で場をかき乱す気は無い。


「天井に設置してある魔力灯の魔石を変えたいんだけど、生憎変えられる人が急用で休んじゃってるの」

「分かりました」


 メイドから魔石を受け取り、魔法で出した鎖を体に巻き付け、天井付近まで上昇する。


 魔力が無くなり、石ころのようになった魔石を新たな魔石と交換し、 地上に降りる。


「ありがとう。助かったわ。今度またお菓子を上げるわね」

「お構いなく。これも仕事ですから」


 俺の頭を一撫でしたメイドは、次の仕事へと向かった。


 おそらくメイド長の仕業だと思うのだが、時折仕事を頼まれる。


 タンスの上の掃除や、硬い瓶の蓋開け。

 

 シャンデリアの取付けや、花壇の手入れなど、様々な事をやらされている。


 ほとんどは鎖を使ってだが、手伝いをしているだけあって邪険に扱われることは無い。


 本館へと入り、目的の人物が居る部屋を目指す。


 ………………いや、よくよく考えてみれば、別に待っていても良かったな。


 向こうは転移と似たような感じで、影から影に移動できる。


 しかも影に潜ったまま様子もうかがえる様なので、タイミングが悪いなんて事も起きない。

 

 一応謝っておきたい気持ちはあるが、俺自身は正直言って悪くない。


 忘れていたと言っても、それで世界が滅びたら問題ありだったが、結果的に世界は救われている。


 メイド長でも探して、たまにはしっかりと仕事でもしよう。


 なんか面倒になってきたし。


「なに帰ろうとしているのよ」


 足を止め、東館に帰ろうとしたら、恨みがましい声で呼び止められた。


 長い紫の髪をポニーテールで纏め、メガネを掛けて知的感を出している女性。


 俺の世界では、日本の魔法少女ランキング十位に居た謎の魔法少女。


 俺が知っている姿よりもなんだか背が低い気もするが、気のせいだろうか?


「お久しぶりです。何てお呼びすればいいですか?」

「ゼアーで良いわ。一応此処ではゼラニウムって名乗ってるわ」


 ゼラニウムは確か、花の名前だった気がするな。


 流石に花言葉までは覚えていないが、何となく俺への当て付けを感じる。


「分かりました。私はイニーでもハルナでも、どちらでも構いません」

「分かったわ」

「それと一応謝罪を。忘れていてすみません」


 ペコリと頭を下げ、謝罪する。

 

「……まあこうなってしまったら仕方ないわ。悪いのはどちらかと言えばアイツだし。けどこの世界で何かするなら、先ずは私に相談しなさい。そうしないとまた私が怒られるわ」

「善処します」


 大きくため息を吐いたゼアーは、俺の頭にチョップしてきた。


 地味に痛い。

 

「全く……こんなのがあの魔女を倒したんだから、世の中分からないものね」

「倒したと言うよりは相打ちですがね」

「それでも倒した事には変わりないわ。数えるのも烏滸がましい犠牲の先に、あんたは可能性を示したんだから」


 褒められると、少し気恥ずかしく感じてしまうが、結果などどうでも良いのだ。


 世界が滅びようが存命しようが、俺の一時の快楽の結果だ。


 魔女との戦いそのものが、俺の求めているものだ。


「そうですか。それでは挨拶も済んだので、今日はこの辺で失礼します」

「待ちなさい」


 顔合わせも済んだのでスタコラと帰ろうとした所、襟首をつかまれてしまった。


「丁度良いから、私の仕事を手伝いなさい」

「仕事って子守りのですか?」 

「そうよ。まだ挨拶しかしてないんだけど、ちょっと生意気そうだから、最初に揉んでおこうと思ってね」


 生意気な子供を教育する時は、最初に相手のプライドをへし折っておいた方が、後々楽になる。

 

 折り方を間違えると再起不能になる恐れもあるが、若い子供だし大丈夫だろう。

 

 ゼアーがやるとしているのは、おそらく……。

 

「つまり、メイド以下だと貴族の長男様を嘲笑おうと?」

「そうよ。どうせそれなりに勉強とか魔法とか学んでいるんでしょう?」

「人並み程度にですが…………しかし、私にメリットが無い様に思えるのですが?」


 ゼアーが俺のために働くのは分かるが、俺がゼアーのために働く必要は全くない。


 それに時間自体は沢山あるが、だからと言って無駄にする気はあんまり無い。


「ちゃんとあるわ。ハルナをバックアップするには相応の地位と人脈が必要だわ。けど、今の私にはそれらが無い。最低限の後ろ盾を準備して貰ったから此処に忍び込めたけど、ここからは自力でやって行かないといけないわ」

「先行投資……と言った所ですか」

「お金程度ならお互い如何にかなるけど、権力はどうしようもないものね。暴力で全部解決なんて、乱暴な事をする気は無いんでしょう?」

 

 個人的には全て暴力で解決しても良いのだが、あくまでも相手に非がある状態でならばだ。


 人が人であるためには、定められたルールを守る理性が必要だ。


 まあこの世界の管理者や神が俺を無下に扱うと言うならば、破壊の限りを尽くすのも吝かではないがな。


 とりあえずあの小生意気な坊っちゃんが悔しがる様は見てみたくもあるし、手伝ってやるか。


「まあ良いでしょう。どうせ暇ですからね」

「どうも。それじゃあ行きましょうか」


 ネフェリウスの部屋は本館二階の西寄りにあり、今居るのは本館の東寄りの一階である。


 別に何が言いたいって訳ではないが、地味に遠いのだ。


 まあ一度外に出て鎖で二階の窓から入れば、大幅な短縮が出来るが、間違いなく怒られるだけでは済まないので止めておく。


「此方での生活はどう?」

「特に問題なく。向こうはあれからどうでしたか?」


 色々と問題を残っているだろうが、大きな問題は全て片付けてきた。

 

 それに、最強の魔法少女である楓さんが生きているのだ。


 魔女クラスの問題が起きない限り、世界滅亡なんて事は起こらない。


「……そうね……世界規模で見れば、人口が減った……くらいの問題だけね……」

「その言い方は何かあるのですか?」


 遠い目をしながら、詰まり詰まり言葉を選ぶように話されれば、気になってしまう。


 星喰も確実に滅ぼしたわけだし、魔女の特性上、もう現れることはないはずだ。


 ゼアーが良い淀むような問題とは何だ?


「…………タラゴン。マリン。スターネイル。タケミカヅチ。それからジャンヌと楓――意味は分かるわよね?」

「もう部屋に着きますね。頑張って教育しましょう」


 俺は何も聞いていないし、知らない。


「必ず一度は帰りなさいよ」

「――善処します」


 俺が少女となり、魔法少女として活動を始めてから、お世話したりされたりしてきた人達。

 

 特にタラゴンさんは一応俺の義姉になる。


 魔女との決戦の際に、一生の別れ見たいな感じで別れたのが最後となる。


 生き残った時に帰ると手紙は送ったが………………えー。


 ジト目で見てくるゼアーを無視して、ネフェリウスの部屋のドアを叩く。

 

「入れ」


 実際に声を聞くのは初めてだが、確か十歳だったか?


 声の高さで言えば、俺とそう変わらないだろう。


「失礼するわね。改めて、教育係になったゼラニウムよ。よろしくね」

「……その横のは何だ?」


 ゼアーの横に並ぶように入室すると、怪訝そうな目で見られた。


 見下すというか、ゴミを見る様な感じだ。


「手伝い用にお借りしたメイドです。何か問題がありましたか?」

「……いや、ない。知っていると思うが、僕はネフェリウス・ガラディア・ブロッサムだ。それで、何からやるんだ?」

「先ずは実力を見ようかと思います。去年の学園の入学試験の問題を持ってきましたので、このメイドと点数で勝負してください」


 丁度俺が欲しかった物を持ってきている辺り、俺の現状をしっかりと理解しているようだな。


「そのメイドと? たかがメイドが僕に点数で勝てると?」

「やってみないことには何とも。ですが、もしもメイドが負けたならば、面白い魔法を教えてあげましょう」


 そう言ってからゼアーは自分の影に手を入れると、鞄を取り出した。


 ゼアーの魔法少女としての能力は、影を操る能力だ。

 

 汎用性が高く、転移の真似事や異次元アイテムボックスの真似事も出来る。


 だか汎用性がある代わりに、強力な魔法を使えないとか何とか。


 まあ戦う様を見たことはないので詳しく知らんが、個人的に汎用性も嫌いではない。


「……知らない属性だな。それは僕でも使えるのものなのか?」 

「それは、このメイドに勝てたらお答えしましょう。その代わり、負けたら私の教えを素直に聞いてくださいね」

「ふん。僕が負けるとは思わんが、良いだろう。早く用意しろ」


 机はネフェリウスのしかないが、一応応接用のテーブルがあるので、俺はそちらで試験をする。


 筆記用具はゼアーの影から出して貰い、座って待機する。

 

「時間は三十分で、出来たところまでにしましょう。問題ないわね?」

「ああ。メイド風情に負けるきなどない」

「大丈夫です」


 今回は俺の力を見る必要もないし、サクッとアクマの力を借りて勝ってしまおう。


(今回は頼むぞ)

 

『了解。ちゃっちゃっと終わらせようか』


「準備は良いわね? ……始め!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る