第13話:まともな魔法の練習

「おはようございます」

「おはようございます。服装はそれで大丈夫ですか?」


 朝起きてから軽く身体を動かし、先日メイド長と戦った裏庭に来た。


 別に偶然メイド長の居る裏庭に来たと言うわけではなく、テーブルの上にメモ書きが置いてあったのだ。


 これから運動をするというのに、互いにメイド服を来たままだが、俺のメイド服はアクマが用意したものであり、ただのメイド服ではない。


 この世界で言うならば魔導具の様なものであり、自動修復機能や自動皴取り機能だけでなく、下手な防具よりは耐久度がある。


 まあメイド服なので出るところは出てしまっているが、気にするほどの事でもない。


「大丈夫です。それなりに頑丈な服なので」

「今更な疑問ですが、そのメイド服はどうしたのですか? この屋敷で使われている規格品とは違いますが?」

「メイドとなる時に貰った餞別品です。普通の服より頑丈な作りとなっています」

「……まあ良いでしょう。それではやりましょう」


 メイド長から刃抜きされていない剣を受け取り、数度振ってみる。


 ずっしりとした鉄の重み。


 俺の事を気にしてなのか、メイド長が持っている剣より短いものだ。


 手加減しないとは言っていたが、最初から真剣での戦いとは……。


「どこからでも打ち込んで来てください」

「分かりました」


 正眼で構えてから、一気に踏み込む。


 下から掬い上げるが、正確に間合いを計られていたのか、二歩引かれてから剣を弾かれた。


 弾かれた勢いを利用して、横から薙ぎ払いを狙う。

 

 軽く宙返りしながらメイド長は避け、空中で突きを繰り出してきた。


 剣を振っているせいで重心がズレ、距離を取ったり、剣で防ぐのは間に合わない。


 無理矢理上半身を反らし、紙一重で突きを避ける。


 そしてサマーソルトし、メイド長の腕を蹴り上げながら体勢を整え、距離を取ったメイド長と見つめ合う。

 

「動きは悪くありませんね。私の剣に動じず、避けたのも良い点です。ですが、剣にキレが無いですね」

「キレですか?」

「はい。技と捉えてもらっても良いですが……話すよりも見せた方が良いですね」


 メイド長は剣を下段に構え、一歩踏み込んでから連撃を繰り出した。

 

 その動きは洗礼されており、一つ一つの動作がとても綺麗だ。


 やはり本職なだけあるって事だな。


「っと、こんな感じですね。参考になりましたか」

「はい」

「宜しい。それではまた掛かって来て下さい。技も大事ですが、相手を斬り伏せる動きを学ぶのも大事ですからね」

「分かりました」


 それから一時間程メイド長を相手に剣を振り、俺の体力が限界を迎えて終了となった。


 息も絶え絶えな俺と違い、メイド長は息を乱してすらいない。


 素の身体能力の差は簡単には覆せないので、運動もちゃんとしないとな。


 リディスと一緒に走るとするか。


「今日はこれ位にしておきましょう。剣は武器庫にあるので、使いたい時は私かジャックに声を掛けて下さい」

「分かりました」


 少々動くのが辛いので、光の鎖を四肢に巻き付け無理矢理動かす。


 イメージがそのまま魔法となるので、自由度だけで言えばこの世界の魔法も使いようがある。

 

「……その鎖は、どの様な魔法なのですか?」

「先日使っていた通り、鎖を出して操るだけの魔法です。強度は魔力次第ですね」


 適当に使ってみた魔法だが、これが思った以上に使い勝手が良い。


 日常では物を運んだり、梯子の代わり等に使用でき、戦闘では拘束だけでなく槍の様に貫く事も出来る。

 

 魔力を馬鹿みたいに使わなければならないが、魔力だけは無駄にあるので全く問題がない。


「なるほど……教えていただきありがとうございます。また明日の朝も訓練しますか?」

「お願いします」


 今日一日訓練したからと言って、どうこうなる事はない。


 やはり魔法少女の能力無しで戦うのは、いつもと勝手が違う。


 意志の力だけで戦い抜くなんて、そうそう出来るものではない。


 少しばかり奇妙な目で見られながら部屋に戻り、シャワーで汗を流す。


 傷も魔法で治し、念のため多めに作って冷蔵庫に入れておいたサンドイッチを摘まむ。


 リディスが朝食を食べ終わり、部屋へ戻る頃に起こしてくれとアクマに頼んで仮眠を取る。

 

 

 

 





1










 その日、リディスは朝から機嫌が良かった。


 昨日、念願だった魔法が使えたからだ。

 思っていた練習方法とは違ったが、気が済むまで魔法を使うことが出来た。


 この事を直ぐに報告したかったが、ハルナより話すなと厳命されている。


 練習についてもハルナが居る時以外はするなと言われ、反発したい気持ちはあるものの、ハルナが居なければ魔法を使うなんて事は出来なかったので、言いつけは守っている。


 朝食の時はいつも俯きながら食べるのだが、機嫌の良いリディスはニコニコ顔で朝食を食べた。


 その様子を見たバッヘルンは気にかけるが、何も聞くことはなかった。


 メイド長を下す、謎の少女が面倒を見ているのだ。

 

 順調に事が運んでさえいてくれれば、それで良い。


「あら、今日は機嫌が良いのね。何かあったのかしら?」


 気にしていないバッヘルンとは違い、クエンテェは気になって仕方なかった。


 貴族としての責務を果たせないでいたとしても、リディスはクエンテェがお腹を痛めて生んだ子供だ。


 何度か何故魔法が使えないのかと手を上げた事もあったが、出来れば仲良くしたい。


「べ、別に何もありません。いつも通りです」


 ハルナに釘を刺されているので、少しどもりながらも、何でもない様に振舞う。


「姉様なんて放っておけば良いでしょう。所詮魔法すら使えない出来損ないなんですから」

「ネフェリー……」 

「……母様。愛称で呼ばないで下さいと、何回言えば分かっていただけますか?」


 ネフェリウス・ガラディア・ブロッサム。


 今年十歳になる彼は愛称が女の子っぽいという事で、愛称で呼ばれるのを嫌っている。


 子供特有のちょっとした反抗期の様なモノだが、リディスを出来損ないだと思っているのは本心だ。


 父であるバッヘルンは使い道があるだろうとリディスを屋敷に置てい居るが、使えないならばさっさと追放すればいいのにと、ネフェリウスは思っている。


 最近はとある理由で苛立つ事も多く、ついついクエンテェに反発してしまっている。


 暴言を吐かれたリディスは話を逸らしてくれたネフェリウスに感謝をし、スピードを上げて朝食を食べて、さっさと自室へと戻った。


 そんなリディスが自室で食後の紅茶を飲み始めると、見計らったかのようにハルナが部屋に入って来た。


 相も変わらず整った顔は無表情であるが、少し疲れている様にも見える。


 人形の様に可愛らしく見えるのに、その正体は悪魔なのだ。


 暗く濁った眼は夢に見るほどに強烈であり、あまり思い出したくないものだ。


 実力の片鱗しか見ることは叶っていないが、最低でも一度の魔法でこの屋敷を吹き飛ばせる実力がある。


 そんな魔法の実力があるのに、何故かメイドとして働いている。


 しかも鬼のメイド長と呼ばれている、ゼルエルの修行を一週間乗り切り、あっと言う間に一人前のメイドとなった。


 しかも何気に、他のメイドや執事と馴染んでいる。

 

 扱いとしては拾って来た猫に餌をやっている様な感じだが、悪魔の癖にと思わなくもない。


 また知識は殆どないが地頭は良く、共に勉強していたらあっと言う間に追いつかれてしまった。


 いや、総合的に見れば既に追いつかれている。


 一度覚えた事は忘れず、なんなら覚えやすいようにリディスに教える事すらやってのける。


 勉強する片手間に、魔法の講義などもしており、それもあってか、リディスはハルナに教えられた魔法をすんなりと使うことが出来た。


「おはようございます。それでは今日も魔法の練習をしましょうか」

「ええ」


 光とともにメイド服から白いローブ姿となった、ハルナの肩にリディスが手を置くと、室内から外へと転移する。


 この世界にも転移の魔法はあるが、使えるのは極一部の人間と神の依り代位だ。


 通常の魔法と違い、お手本にする何て事は出来ず、属性自体が固有魔法みたいなものなのだからだ。

 

 だが、悪魔が使える魔法……ならば。

 

「ねえ。転移って私でも使えるようになるのかしら?」

「無理ですね」


 にべもなく、ハルナは叩き切った。


 あたかもハルナが転移の魔法を使っているように見えるが、使っているのはアクマだ。

 ハルナが魔法少女イニーフリューリングとして使えるのは自然系統とされている、火や水などと言った魔法と、回復魔法だけだ。


 そこから派生させて雷や氷なども使えたりもするが、転移は此処に含まれていない。


 リディスがハルナの使えない光や闇の魔法を使えるのは、この世界では光と闇が属性として確立されているからだ。


 また、ハルナはアルカナを開放すれば転移だけでなく、転移門の様な扉も魔法で召喚できる。


 何なら空間を剣で裂いて移動何て事も出来るが、やる必要性がないのでやったことはない。


「そう……それで、今日は何からやればいいの?」


 転移を使えないと言われて少し気落ちするも、出来損ないの烙印を押される事となった魔法が使えるようになっただけでも儲けものである。

 

「昨日は馬鹿みたいに魔法を使ったので、今回はしっかりと理論立てて……イメージを意識して魔法を使っていきましょう」


 これまでフィーリングだけで魔法を使ってきたハルナは、自分の事を棚に上げてリディスに魔法の使い方について改めて説明した。


 炎を出すだけの魔法があるとしよう。

 

 この世界の魔法ならば手元でも、少し離れた場所でも、出してから自分の意志で移動させられる。


 だが、ハルナが使っている魔法はそうもいかない。


 決められた方法で決められた結果を出す。


 多少融通が利くとしても、この世界程ではない。


 なので常に頭を働かせ、後の先を取るような戦いとなる。


 イメージが重要なのはこの世界とは変わらないが、イメージするものは、この世界の魔法と違う。


 この世界で言えば火を起こすイメージをすれば、後は火炎放射にするなり、火の玉にして撃ち出したりは後追いで出来る。


 なので、魔法を使うだけならば割かし簡単なのだ。


 だがハルナの魔法は過程から結果まで、明確にイメージするのが重要だ。


 強力な魔法を使うならば、相応の結果。つまり破壊の後を知っていた方が良い。


 日本ならばアニメや特撮等を見る事でイメージ出来るが、この世界では難しい。


「流石に山を消し飛ばすと証拠隠滅か大変なので、軽い魔法を使うので見ていて下さい」


 自分で考えさせるのも大事だが、先ずは見せるのが大事だ。


小さき紅蓮の炎プチ・エクよ。大地を砕けスプロード


 空に赤い魔法陣が現れ、そこから一条の光が地へと落ちる。


 そして地面が爆ぜた。

 

 爆風を受けながら、リディスは頬が引き攣るのを感じた。


 派手ではないが容易く屋敷を半壊させる事が出来そうな魔法を、息をする様にハルナは使った。


 最近悪魔を名乗るこの少女が、普通にメイドとして働いているので少しだけ危機感が薄れていた。

 

 悪魔とは、一体でも世界を破壊しうる可能性がある化け物なのだ。

 

 契約の枷がある限り従うが、契約が終わり、寿命を全て捧げた後は自由となる。


 この少女がその後に一体何をするのか……。


 引き攣っていた頬は何故か笑みへと変わり、暗い色が瞳に宿る。


 将来の事など、リディスにとってはどうでもいい。自分を蔑み、見下してきた世界など壊れてしまえば良い。

 

 だが、その前にやらなければならない事がある。


 世界を見返してやるのだ。


 悪魔の魔法を使い、出来損ないの名を返上する。


 その為には、練習あるのみ。


「今日はこの魔法が使えるように訓練しましょう」

「分かったわ」


 ハルナから杖を受け取ったリディスは杖を構えて、目の前の惨状をイメージする。


 そして魔法を使おうとすると、一気に魔力を吸われるのを感じた。


 「小さき紅蓮の炎プチ・エクよ。大地を砕けスプロード


 先程見せてもらった通りの魔法を使おうとするが、出来上がったのは幅一メートル位の穴だった。


 昨日とは違いこの魔法だけで、リディスの魔力は殆ど底を尽き、膝を着いた。

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