第12話:定例会議(内容はシリアス)
日が暮れるまでリディスに魔法の練習をさせ、フラフラなリディスを担いで屋敷へと帰った。
さっとリディスの服を剥いで、ほど良いお湯の水球にぶち込んで洗浄し、一気に乾かして再び服を着せる。
色々と文句を言ってくるのを無視して、夕食へと送り出した。
メイド修行の一環で服の着せ替え方も学んだので、手慣れたものである。
一応異性ではあるが、少女の裸程度で乱れる様な軟な精神ではない。
慣れるとは別だが、マネキンを見ても興奮しないのと一緒だ。
「おや? ハルナですか。これから夕食ですか?」
部屋に戻ると、運悪くメイド長と遭遇してしまった。
優雅に紅茶を飲んでいるのを見ると、休憩しているのだろう。
「はい。メイド長は既に御済みで?」
「これから食堂で頂く予定です。ハルナも来ますか?」
侯爵家なだけあり、この東館には使用人用の食堂がある。
メイド修行の時に使ったが、やはりこちらの料理は俺の口にあまり合わない。
なので、基本的に自炊している。
「いえ。私は自分で作ろうと思います」
「……そうですか。気になってはいたのですが、何故自分で?」
「単に味が合わないだけです。下手にシェフに指摘するよりも、自分で作った方が楽ですしね」
決して不味い訳ではないのだが、緑茶ですと言われて飲んだら、砂糖入りだった感じだ。
他国には他国の食文化があり、それにケチを付けるのお門違いだろう。
「そうだったのですか。ハルナが良ければ、私の分も作っていただくとは可能ですか?」
(……どう思う?)
『別に作るくらい良いんじゃないの? どうせ食材とかは侯爵家の物だし』
メイド長の部屋なだけあり、魔石式の冷蔵庫やコンロがある。
その冷蔵庫には調理場から拝借した食材が入れてある。
調味料の類いだけは自分の持ち込みだが、そこそこの物なら作ることが可能だ。
「構いませんが、好き嫌いなどはありますか?」
「好き嫌いは無いので、大丈夫です」
それは何よりだが、今日は何を作ろうか……。
ああ、グラタンパンを作ろう。火の魔法の練習にもなるし、腹持ちも良い。
冷蔵庫から必要な食材を取り出し、アクマにコッソリと調味料を出して貰う。
パンをくり抜いたり、ソースを用意したりと準備を進め、オーブンではなくて魔法で焼いていく。
個人的にグラタンには海老を入れたいが、侯爵家があるのは内陸のため、海鮮を望むことはできない。
まあ個人で使う分には転移で食いに行っても良いので、別に不満などはない。
そんなこんな二人前作り、ついでにトマトスープも作ってテーブルまで運ぶ。
「お待たせしました。味は私の好みに合わせているので、口に合うかは分かりませんが」
「いえ、匂いからして問題ないと思います。これは何と言う料理ですか?」
「グラタンパンです。ホワイトソースとチーズ等をくり抜いたパンに入れ、焼いたものです。それと甘味のあるトマトスープです」
見映えや匂いも良く、割りと作るのは簡単だ。
ただ皿でグラタンを作る場合、焦げを落とすのが大変である。
椅子に座り、手を合わせてから頂く。
うむ。我ながら普通の味だな。
強いていえば、熱くて食べるのが辛いってところだろう。
「……とても美味しいですね。驚きました」
「ありがとうございます」
「料理は誰かに習ってたりしていたのですか?」
――これは探りを入れてきてるな。
ただの雑談の可能性もあるが、当たり障りの無い事を話しておけば良いか。
「本で学んでからは独学です。繰り返し作れば、後は慣れですので」
「そうですか。しかし、確かにこのレベルの味に慣れているのならば、食堂の料理を不満に思ってしまうのはしかないですね」
まあ好き好んで砂糖入りの緑茶なんて、飲みたくないからな。
この世界に適応しなければならないなら慣れるしかないが、どうせいつかは去る身だ。
個人の価値観を優先した方が、俺のためになるはずだ。
卒がない返事をメイド長に返しながらグラタンパンを食べるが、俺の食事速度はかなり遅い。
メイド長をウサギとすれば、俺は亀くらいの速さだ。
俺より早く食事を終えたメイド長は話すのを止め、黙々と食べる俺を見つめてくる。
気恥ずかしさはあるが、俺の元の世界でも度々見られていたので、何も言わず食事に集中する。
そして、綺麗に完食した。
割と重かったし、明日の朝は軽くサンドイッチで良いか。
「お食事ありがとうございました。この礼は今度しますね」
「でしたら、明日の朝剣術を教えていただけませんか? 此方の生活にも慣れて来たので、もうそろそろお願いします」
「そうですね。この一週間の間はずっとメイドの何たるかを教えていたため、余裕がありませんでしたが……良いでしょう。ですが私の教えは厳しいので、しっかりと付いてきてくださいね」
メイド長が厳しいのはメイドの修行で、十分理解している。
だが回復魔法が使えるので、たとえ手足が折れた程度で弱音など吐かない。
俺がこれまで使ってきた回復魔法と、この世界の回復魔法はやはり違いがあるが、既に使えるように練習してある。
ただ他人に施すのは、もう少し練習する必要があるがな。
最低出力ならともかく、何げなく回復魔法を他人に使えば、細胞の異常活性により、身体が朽ちる可能性がある。
まあ一人に限定して使えばなので、出力の分範囲を広げれば問題ないだろうが、やはり思った通りの結果を出せない以上、練習が必要だ。
「分かりました」
「ふふ。明日の朝が楽しみですね。私は少々出掛けますので、また明日の朝に会いましょう」
俺の頭を撫でてから、メイド長は部屋を出て行ってしまった。
今日は一緒に寝なくて済みそうで良かった。
一緒に寝る時は、大きいベッドなので離れて寝ているのだが、朝起きたら何故かメイド長に抱えられている。
頭を撫でられる程度ならば許容できるが、あまり引っ付かれるのは好きではない。
さて、折角一人になれた訳だし、適当な山でお風呂でも作って入ってくるとしよう。
流石異世界なだけあって、一般人にお風呂へ入る文化は無い。
貴族達にはあるが、使用人用のお風呂なんてのは、公爵や王家くらい位が高くなければないだろう。
一応この東館には使用人用の大きな風呂があるが、一緒に入るの嫌だ。
そんな訳で魔法少女になってから山に転移し、魔法で風呂と小屋を作ってゆっくりとしてから帰ってきた。
ここでコーヒーが飲めれば心も身体もリラックスできるのだが、練習を兼ねて紅茶で我慢する。
さて、今日の一番のイベントを片付けるとしよう。
(エルメス)
『仕方ないですね。ソラはこっちで縛っておくので、アクマと一緒にこっちへ来るです』
よしよし、流石エルメスだ。
(アクマ、待ちかねていた顔合わせの時間だ。エルメスの所に行くぞ)
『やっとかー。全く、何で同じ体の中に居るのに、自由に行き来できないんだか……』
それを俺に愚痴られても仕方ないんだがな。アクマよりもエルメスの方が俺と一緒に居る時間は長いわけだし。
ベッドへ横になり、目を閉じると意識が遠のき、水の上に浮き上がる感じで意識が浮上する。
目を開けると、そこは草原だった。
白くて丸いテーブルが置かれ、椅子にはソラが鎖でぐるぐる巻きにされている。
更にカップが四つ置かれており、その内一つからはコーヒーの匂いが漂っている。
「来たですね。本物ではないですが、記憶から再現しておいてあげたです」
「初めてエルメスの事を好きになれそうです」
現実世界ではないとはいえ、コーヒーが飲めるのは嬉しい。
「うわ、本当に居るんだ。けどなんでグルグル巻きにされているの?」
席に着こうとしたら、アクマもやって来たことにより、四人揃った。
一応もう一人フユネが居るが、そちらは呼ばなくて良いだろう。あれはみだりに解放しない方が良い。
「本人曰く酷い別れ方をしたので、会うのが気まずかったそうです」
「……別に、そんなんじゃないし」
俺が使っている……使っていたのはソラの身体であり、そのため見た目はほとんど一緒である。
ただソラは髪が青いのに対して、俺は真っ白である。
ついでに目の色もソラは青だが俺は黒である。
成長できない俺とは違い、ソラは俺が取った栄養を搾取する事により成長できる。
好き好んで搾取などされたくないが、ソラが身体を成長させることにより使える魔法がある。
その為、ソラには大きくなって貰った方がありがたい。
「さて、今更ながら全員集まった訳ですが、これからの方針について話しましょう」
「話しましょうと言っても、何かこの世界の神からお願いされているんでしょう? それをどうにかするのが先決じゃない?」
ソラの言い分はもっともだが、決めるのはどうすれば俺がもっと強くなれるかだ。
この世界の神の願いについては、適当にやって行けば構わない。
子守りのやり方なんて、俺には分からないからな。
「悪魔召喚については今の所大丈夫でしょう。それよりも、これから先の魔女との戦いについてです。現状のままでは、勝つのは無理でしょうからね」
「一応残っているアルカナは私達を除いて二人だけど、片方は魔女の手の内だからね」
対魔女兵器であるアルカナ三つ分の力を使用して魔女に勝てたのだが、俺の身体は力に耐える事が出来ずに自壊してしまった。
原因はアルカナだけではななかったが、結局は死ぬのが早くなっただけなので、結果は同じだ。
「
「どうにか救出したい所ですが……アクマ。向こうに確認を取っていおいて下さい」
「了解」
身体と魂が適応すれば、おそらくアルカナと追加で契約する事が可能かもしれない。
それプラス、解放した時に耐えられる方法を模索していかなければ。
「あっ、一応サンについては探してはいるみたいだね。進展が有れば連絡をくれるってさ。それと、こっちの時間で明日だけど、プレゼントが届くってさ」
「プレゼント……あの方ですか。此方としては申し訳ないことをしたと思いますが、今回はしっかりと情報収集要因として頑張って頂きましょう」
「送られてきても、正直いらないと思うけどね。それより、鎖を解いてくれないかしら? それと、アクマも重いから降りて」
わりと真面目な話をしているが、それぞれが好き勝手と言うか、残念な事になっている。
俺はコーヒーを味わい、鎖でぐるぐる巻きにされているソラの頭の上にはアクマが乗り、エルメスは俺の頬にスリスリとしている。
「仕方ないですね」
スリスリを止めたエルメスが指を鳴らすと、ソラに巻かれていた鎖が消え、自由の身となった。
「裏工作は得意らしいですし、私が不得意なところを補って貰おうと思います。それに、放置したらまた面倒なことになりそうですからね」
まあお願いすることはあまり無いだろうし、基本は休暇と言うことで、自由にしていて貰う事になるだろうけどな。
「一応有能なんだけどね……。ハルナの強化についてだけど、一年間は大きく動かない方が良いだろうね。無理をして魂にダメージが入っても困るからね」
「分かりました」
身体が新しくなったわけだが、違和感がずっと拭えない。
言語化するのは難しいが、磁石の同極を無理矢理くっ付けている感じだ。
力を抜けば離れてしまいそうな、かと言って入れすぎてもズレてしまうような、不安定な感じがしている。
特に魔法少女になっている時、このズレを強く感じる。
アクマの言う通り、無理は禁物なのだろう。
「リディスって子はどうにかなりそうなの? あまり良さそうには感じないけど?」
「この世界の平均レベルがどれくらいかまだ分かりませんが、多分大丈夫でしょう。メイド長とタメを張れる程度になっていただこうと思っています」
この世界の魔法に比べて、低燃費で多重発動出来る魔法が使えれば、それなりに上位になれるだろう。
一応欠点として発動が遅いが、これは魔法陣を待機させておけば問題ない。
まあ多少発動が遅れても、物量で押し返せるので大丈夫だろうがな。
「史郎が教えているので心配はしてないですが、リディスが入学後はどうするです?」
「近接戦の熟練度次第ですが、修行の旅に出ようかと。リディスの様子はたまに見に行けば良いでしょうからね」
今更学園に行ったところで、図書室の本を読むくらいしかすることはない。
そして、本を読むだけならば忍び込めば良い。
それに中身は良い大人なので、ガキ共の相手なんてしたくない。
前の世界で、諸事情により学園に行かされたが、ただただ苦労した。
「名目は一応休暇だものね。あっ、この世界って神が居るみたいだし、強くなる方法を聞きに行くなんてどうかしら?」
ふむ。ソラの提案はありだな。
この世界の管理者と神には少々フラストレーションが溜まっているが、神なんて高位な存在なのだから、強くなる方法を知っていてもおかしくない。
十年はあるのだし、世界中を旅しても時間は余るだろう。
「良い提案ですね。仮に情報が得られなかったとしても、無意味に旅するよりはマシでしょう」
「微妙に棘があるのはなんでかしら?」
「さて普通だとは思いますが。そう言えば、フユネの様子はどうですか?」
「今は静かなものですね。ですが、徐々に不満が滲み出ている気配があるです」
フユネは俺の負の側面であり、俺以上に戦いへ固執している。
戦わない期間が空き、爆発すれば俺の身体を乗っ取ろうと動き出す恐れがある。
まあ俺自身も戦う事については望んでいるので、明日の朝メイド長と戦えば、不満も解消されるだろう。
「分かりました。不満については、明日の朝には解消されるでしょう。フユネとの付き合い方も、これから先考えないとですね」
三杯目となるコーヒーを飲み干し、片割れのフユネの事を考える。
俺が背負っていた負の感情の受け皿となり、魔法少女になった事で意思を持った感情。
デメリットに相応しいメリットがあり、俺が俺であるためには切り離すわけにもいかない。
そして、俺が魔法少女になった事で意思を手に入れているので、一応純粋な女の子。女性である。
なので、あまり表に出来て欲しくない。
口調は勿論。思考も若干フユネ側に寄ってしまうので、恥ずかしいのだ。
それにしても、一つの身体に五つも意思があるのだから、面白い物である。
アクマとエルメスは外に出られるが、それでも基本同化している。
「封印はしているですが、基本的に意味を成していないですからね」
「ハルナは、追い出す気は無いんだよね?」
「あれも一応私ですからね。メリットがある限りは現状維持です」
「あんなおっかない物は、さっさと捨てるべきだと私はもうけどね。此処に居ても、たまに笑い声が聞こえるのよ」
一応フユネも、現状を楽しんでいるようで何よりだ。
「一通り話も終わりましたし、これで解散しましょう。ちゃんと寝ないと、身体に悪いですからね」
「私の言い分は無視するのね。それに、大の大人が何を言ってるんだか……」
大の大人だから、睡眠の大切さは身に染みている。
黙々と仕事をして徹夜した次の日は、本当に辛い。
「私は寝るので後は好きにしてください。それでは」
「おやすみ」
「おやすみなのです」
「はぁ……」
目を閉じると、意識が落ちていく。
明日も朝から頑張ろう。
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