第10話:初めての魔法

 メイド長と相部屋になり、アインリディスへの教育? を始めて一週間が経った。

 調べて直ぐに分かった事……と言うよりはアクマに聞いた所、時間や一年の日数は地球と同じらしい。

 違うのは暦の呼び方だけだ。


 此方としては一年が何日かさえ分かれば良いのだが、勉強をする際には歴も関わってくる。


 まあ地球の様に面倒なのではないので、覚えるのは容易い。


 この世界は創造神と呼ばれる神の名前を使った暦となっている。


 創造神の名前はゲラナミスラ。


 今日ならばゲラナミスラ暦4021年3月30日となる。


 因みに入学試験は5月20日から三日間あり、入学は6月20日予定となっている。


 あまり時間はないが、最悪駄目ならば裏からちょこっとお手伝いすればどうにかなるだろう。


 とりあえずこの一週間の間、午前はリディスと共に勉強をして、午後はメイド長の下でメイドの勉強……いや、もはや修行と言った方が的を射ているだろう。


 初日に軽くやった、バッヘルンを相手にした練習は序の口だった。


 侮っていた……のだろう。相手はプロであり、この屋敷で最も位の高いメイドなのだ。


 その手腕が発揮されれば、ただの少女では手に負える様なものではなかった。


「そのまま背過ぎを伸ばしつつ、頭を動かさず歩くのです。足音は出来る限り無くし、常に周辺に気を配りなさい」


 昔見たアニメで、頭の上に本を乗せて歩く事で、姿勢を正す方法を練習すると言うものがあった。


 当時は鼻で笑ったものだが、実際にやってみるとこれが中々難しく、辛いものだった。

 

 流石の俺もめげそうになったが、気合で乗り切った。精神論なんてのは嫌いだが、これまで精神論だけで戦ってきたので、いつもの事と納得しておいた。


 頑張ったおかげで、アクマを頭に乗せて歩いても文句を言われなくなったのは、練習の成果と言える。


「食器や物は運ぶ際も、置く時も音を立ててはいけません。常に主君の先を考えて行動をし、煩わせてはいけません」


 相手が欲する物を先んじてやれと言われても、そんなエスパー染みた事を素人が出来る筈も無い。


 流石に厳しすぎないかと思ったが、俺にも元社会人としての意地がある。


 無理。出来ないと言う前に、先ずはやってみる事が大事だ。


 確かに俺にはエスパー的な事は出来ないが、俺にはアルカナであるアクマが居るのだ。


 そしてアクマは相手の心を読むことが、一応可能なのだ。

 

 なので、この件はアクマを上手く使う事で何とか合格できた。


 因みに物を運ぶことに関しては魔法で解決した。いかせん俺の筋力は普通の少女並みなので、超人たるメイド長の様に、自分の力だけでは限界がある。

 

 一日毎に難易度が上がっていく課題を何とかこなしていき、一週間で一応メイドとして働けるだろうと、合格を貰う事が出来た。


 ついでに、メイド長に扱かれている姿は他のメイドや使用人等にも見られており、何故か全員優しくしてくれた。


 どうやらメイド長から直接しごかれて、まともにやり切れた人間は殆どいないようなのだ。


 これも仕事だからと我慢していたが、やはりメイド長の教え方は問題があるものだったらしい。


 まあやり切ってしまった以上、「そうですね」としか言えないのだが、とりあえず正式に職業魔法少女兼メイドとなった。


 またリディスの方も一旦勉強を詰め込んだので、後は繰り返し復習をしていけばどうにかなるだろう。


 よって、これから本格的に魔法についてどうにかして行く事となる。


(リディスが魔法を使えない理由は分かったか?)


『勿論さ! アクマちゃんを舐めないでいただこう』


 無駄にハイテンションのアクマにリディスの事について調べて貰っていたのだが、やはり異世界なせいで少々手こずったらしい。


 身体から出てきたアクマを、軽く労いながら頭を撫でて、報告を促した。


「リディスが魔法を使えない理由だけど、簡潔に言えばこの世界の魔法がリディスに適応していないからだね」

「それで?」

「リディスが使えそうな魔法だけど、多分魔法少女としてのハルナの魔法なら使えるかもね」


 アクマ曰くリディスは先祖返りらしく、この世界の神が管理している魔法体系に身体が反発してしまうらしい。

 なので俺が魔法少女の時に使っている魔法ならば、使える可能性がある。


 しかしこれには問題がある。

 

「それってどうやって使わせればいいんですかね?」


 魔法なんて感覚で使っているので、教えろと言われても困る。


 この世界の魔法については一応学んだが、この世界の魔法は固定化されているので、読んで見て覚えるのが基本だ。

 それに、俺はまだこの世界の魔法をまともに使えない。


 簡単な魔法ならともかく、中級や上級と区分されてる魔法を使おうものなら、屋敷と自分が吹き飛ぶだろう。

 

「杖を渡して実際に魔法を見せれば、多分どうにかなると思うよ。あの杖は補助の役割だけではなく、変換機でもあるからね」

「そうですか」


 とりあえずアクマの言う通りに、やってみるとしよう。


 論より証拠。百聞は一見に如かず。そして駄目ならば、アクマのせいにすればいい。

 

「それでは行くとしましょうか。もう朝食の時間も終わるでしょうからね」

「うん。ところで、いつになったら話し合いをするのかな?」

「エルメスとソラの気分次第ですね」


 後でエルメスやソラと顔合わせ兼打ち合わせをしようと話したが、まだ叶っていない。


 どうせ時間はあるので、いつでもいいやと思っているが、アクマからは毎日催促されている。


 もうそろそろ面倒になって来たし、今度無理矢理招集するとしよう。


 メイド長の部屋で軽く朝食を食べ、メイド服に着替える。


 最後の身嗜みはアクマに任せ、許可を貰ったら部屋を出る。


「おはようございます」

「はい。おはようございます」


 道すがら会う、使用人達に挨拶をする。


 挨拶は人間関係を築く上で大事であり、個人的に挨拶も出来ないような人間とは仕事をしたくない。


 立場的に、邪険に扱われるものと思っていたが、メイド長のせいで皆同情的である。


「これ上げるわ。お腹が空いたら食べるのよ」

「……ありがとうございます」


 仲良くなれたかどうかは別にして、何故かよくお菓子をくれる。


 因みに貰ったお菓子は、リディスかアクマの腹に入る事が多い。

 

 そんなわけでテクテクと歩き、いつも通りリディスの部屋に来た。


「おはようございます」

「来たわね。今日もまた勉強?」

「いえ。今日からは一旦、魔法についてやっていこうと思います。勉強すれば大丈夫でしょうからね。後は過去問でも手に入れば、それを元に勉強をしましょう」



 目を見開いたリディスは、口元をニマニマと歪ませた。


 おそらく魔法をやっと使えるかもしれないと、喜んでいるのだろう。


 まあやってみないと分からないが、アクマが言うのなら多分大丈夫なはずだ。


(どこか魔法の練習をするのに良い場所はあるか?)


『良い感じの山があるから、そこに転移するよ。そこなら人気も無いからね』


(了解)


「移動するので、私の肩に触れて下さい。転移しますので」

「……最近忘れそうになってたけど、あなた悪魔なのよね。転移なんて失われた魔法が使えても、おかしくないか……」


 この一週間はメイドの修行とリディスと共に勉強をするだけで、悪魔らしいことはなにもしていなかったからな。

 業腹だが、言い返すことは出来ない。


 リディスの手が肩に乗せられ、アクマに転移してもらう。


 ついでに魔法少女となり、杖を出しておく。


 やはりフードは良い。被っていると視界が遮られ、落ち着く。

 

「此処ってどこなの?」

「どこかの山の広場です。練習するにあたって、人目があると困りますからね。先ずは、どうしてリディスが魔法を使えないのか。その理由を説明します」

「――えっ?」


 アクマ聞いた話を軽く砕いて、リディスへと話す。


 科学的な分野は日本に比べて未発達なので、要は先祖の人のせいで魔法が使えない的な感じで伝える。


 なので、通常の魔法が使えないため、悪魔が使用する魔法を教えると伝えた。


「そんな訳で、先ずはこの杖を持ってください」

「え、ええ。分かったわ」


 魔法少女に変身して、武器である、長さ二メートル程の木製の杖を渡す。


 この杖も実質三本目になるのだが、出来ればもう無くならない事を祈る。


「私が使う魔法ですが、イメージをそのまま伝達するのではなく、どんな魔法をどれ位の規模でどこに放つか等の指示を、魔法陣として書き起こし、そこに魔力を流すことで発動させます」


点火プチファイア


 実例として、指先に火を灯すだけの魔法を使う。


「またこの世界の魔法とは違い、詠唱が必ず必要となります。その代わり、魔力の消費は少なく、使いようでは多重発動も簡単には出来ます」


 指先の火を消し、新たな魔法を構築する。


揺蕩う蝶は花を啄むフレイムバタフライ


 辺り一面に、蝶の形をした炎が現れる。


「綺麗……」


 幻想的な風景にリディスは目を輝かせるので、リディスが見ている蝶の一匹を木へと向かわせる。


 木にぶつかった蝶は爆発して、木を吹き飛ばす。


 半ばから上が無くなった木を見つめたまま、リディスは固まってしまった。


 初めてこの魔法を使った頃は、牽制程度の威力しか出せなかったが、今は杖が無くても木位なら吹き飛ばせる。


 これも成長というものだろう。


「飛ばしている蝶は任意で動かすことが出来、この状態でも違う魔法を使う事が出来ます」 


「ヒッ!」 


 再び点火プチファイアを唱え、今度はリディスの眼前に出す。

 驚いたリディスは尻餅をついて、杖を落としてしまった。 

 

「説明としてはこんな所ですね。何か質問は?」

「質問はじゃないわよ! なによこの魔法は!」

「簡単な、言わば初級魔法みたいなものです。いつまでも座ってないで、立って下さい」


 ぶつくさ文句を言いながら立ち上がったリディスに、もう一度杖を握らせる。

  

「それでは杖に魔力を流してみて下さい」

「……えっ?」

「おそらく杖から魔法の使い方のイメージが流れて来たと思いますので、後は軽く魔法を唱えてみて下さい」


 通常魔法少女の武器とは本人専用となるはずだが、世界が違うので、そこら辺は融通が利くのだろう。


(杖の代わりとかって作る事って出来るのか?)


『魔法の発動補助の役目だけで見れば可能だろうね。科学は進んでいないけど、魔法関係の武器だけで見ればこっちの方が、技術が進んでいるからね』

 

(それなら良かった。このまま杖を取られたままでは敵わんからな)


 昔の……約半年前の出来事だが、杖を触媒にした極大魔法を使用したことがある。


 当時は死を覚悟していたのだが、結局生き残ってしまい、一時的に武器が無い状態に陥ってしまった。

 

 純魔法職の魔法少女である俺にとって、武器である杖は掛け替えのない物だ。


 リディス用の杖は入学試験の前に、此方で準備してやるとしよう。


「えっと……炎よ。玉となれファイアーボール」 


 杖の先に小さな魔法陣が現れ、そこから不安定な火の玉が発射される。


「魔法が……魔法が使えたわ! やった! やったわ!」

「喜ぶのは後にして、もっとしっかりと使えるようにしましょう。おそらく全属性の魔法が使える筈なので、順番に試して下さい」

「……少し位余韻に浸っても良いじゃない」


 初めて魔法が使えて嬉しい……なんて気持ちは俺には分からないので、発破を掛ける。


 俺の時はアクマに、魔法少女にさせられたと思ったら強制転移からの魔物との強制戦闘である。


 魔法を使わなければ死ぬ状態だったので、感慨も余韻も無かった。


 今となって考えれば、おそらく駄目でもアクマが助けてくれていただろうと思う。


 ――何か腹が立ってきたので、後でアクマ苛めよう。

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