第9話:魔法少女系メイドは部屋(仮)を手に入れる
学園。正式名称はローゼリアス学園。
十二歳以上の子供ならば入学資格があり、試験に合格すれば入学する事が出来る。
この国に住む貴族の子息は殆ど受けるわけだが、定員は決まっていない。
一応落ちる奴も居るわけだが、落ちるのは一般から入る生徒位だ。
まあそこら辺はどうせ関係ないので、飛ばして試験についてだ。
歴史と国語。
これについては暗記すれば問題ないので、リディスの地力頼りとなる。
だが出題範囲は殆ど固定となっているので、勉強すればどうにかなるとメイド長は語った。
数学については、俺が教えればどうにかなるだろう。
問題となってくるのは残りだろ。
先ずは魔法試験だが、リディスはかなり不利との事だ。
どうやら貴族の間でリディスが魔法を使えない事は広まっており、魔法が使えれば問題はないが、採点が辛口になる恐れがある。
魔法さえ使えれば入学は問題ないが、目指している主席入学は難しいだろう。
軽くメイド長に良い点数を取る方法を聞いてみたが、広まっている魔法の知識がちゃんとあり、独自に編み出した難易度の高い魔法が使えれば、良い点数を貰えるとだろうと話した。
だが独自で魔法を編み出せるのは百年に一人居れば良い方だと、見詰められながら言われた。
魔法の汎用性が低いこの世界では、先人に習って魔法を使うのが一番楽なのだろう。
考え方の差だろうが、前例があるのならば問題ないだろう。
一度アクマを通してリディスを調べてみてから、魔法については考えよう。
そして最後の実技試験だが、どうやら少し異なる。
生徒同士で戦う方法と、教師と戦う方法のどちらかを選べるそうだ。
後者の方が難しいのだが、加点としては大きくなる。デメリットとしては教師もそれなりに戦うので、下手に挑んでは何も出来ずに終わる事だ。
学園側に何も見せる事が出来ずに終われば、相応の点数となってしまう。
しかし主席を狙うならば、教師と戦う以外の方法はない。
十年に一度位だが、教師を倒せる猛者が来ることもあるそうだ。
戦う教師は一定より強い魔法は使わないみたいなので、運が良ければ勝てるのだろう。
因みにメイド長はあと一歩の所で負けたらしいが、卒業する前に本気の教師を倒したと誇らしげに語った。
試験では武器も使って良いみたいだが、下手に武器を持った所で、力で押し切られるてしまうので、あまりお勧めできないと教えてくれた。
実技については、とりあえず後回しで良いだろう。
どんな魔法が使えるか決まってから考えれば良い。
「私から教えられるのはこんな所ですね。ところで、途中で主席入学について聞いていましたが、まさか?」
「その為の私ですね。勉強面は本人の頑張り次第ですが、魔法や実技については私がどうにかします」
「……否定はしたくありませんが、出来るのですか?」
心配する様に、メイド長は俺を見つめてくる。
(お前はどう思う?)
『ハルナならどうにかなるんじゃない?』
(そうか)
アクマが否定も肯定もしないなら、どうにかなるだろう。
「問題ないと思います。話は変わりますが、今度近接戦闘のやり方を教えてくれませんか? 魔法での戦いは得意ですが、剣などを使った戦いは苦手なので」
試験について聞くのは次いでで、俺的には此方の方が本題だ。
「……あれだけの魔法が使えるのでしたら、問題ないのでは?」
「どちらも出来てこそ、一流ではないでしょうか? 駄目でしたら諦めますが」
丁度良くメイド長が居ただけなので、駄目なら他にも方法はある。
「――良いでしょう。ですが、私の訓練は厳しいですよ?」
「手足の二、三本程度なら捥げても大丈夫です」
比喩ではなく、直喩である。
これまでの戦いで手足が吹き飛んだことは幾度となくあり、吹き飛ばなくても骨が飛び出すことは多々あった。
今更痛みでどうのなんて事はない。
そんな俺の内心を知ってか知らずが、メイド長はため息を吐いた。
「つかぬことをお聞きしますが、両親と呼べるような方は居ますか?」
『はい!』
(確かに俺が魔法少女になった生みの親かも知れんが、お前は黙っとけ)
「居ません……いえ、居た可能性はありますね。私が居るのですから」
ついアクマのツッコミのせいで、いらないことを言ってしまった。
この世界での親は、当たり前だがいない。
だが元の世界ではちゃんと居た。
諸事情で早死にしてしまったが仲は悪くなく、葬式もちゃんと執り行った。
今頃は死んだ俺の姉と共に天国……は無いから、輪廻の輪の中だろう。
「あまり深く聞かない方が良さそうですね、私との戦いで使った魔法は、ハルナのオリジナルですか?」
俺の言い方から不穏な物を感じ取ったのか、直ぐに違う話題に転換する。
全く、アクマのせいでいらぬ疑いを持たれてしまった。
「そうですね。既存の魔法を使うよりも、その場その時に最適な魔法を使うようにしています」
「――その言い方では、他にもオリジナルの魔法があるように聞こえますが?」
「あまり大っぴらにしてはいけない事ですが、いくらでも創ることが出来ます」
晒して良い手札ではないが、メイド長からの好感度は稼いでおいた方が良さそうだ。
今の俺は会社で言えば下っ端だ。上司の欲する答えを選び、上手く取り入れば、今後の便宜も図ってくれるだろう。
「それは……本当ですか?」
「私の属性が火と光なので、この二つの属性だけとなりますが、本当です」
「――えっ、光以外も使えるんですか?」
おや? まるで光以外は使えないと思っている様な素振りだが、どうしてだ?
二属性の魔法を使える人間は珍しいが、それなりに数は居るはずなんだがな。
このメイド長も二属性使えるわけだしな。
一体どうしてだ?
「はい。妙に驚いているようですが、どうしてですか?」
「……あれだけ高度な魔法を使っていたので、光属性の魔法に特化していると思ったのです。どうして私との戦いでは火属性の魔法を使わなかったのですか?」
何か隠しているようだが、まあいいだろう。
俺の俺の不都合になりそうな事ならば、アクマが何か反応するだろうからな。
「殺傷能力が高すぎますので、火属性はあまり使わないようにしているのです。そう言えば、昨日の夜は凄い雨でしたが、今日は良く晴れていますね」
窓に目を向けると、遠くの方には黒い雨雲が見えるが、この一帯は晴れている。
俺が言わんとした事が分かったのか、メイド長の目は動揺で揺れている。
魔法少女の時の魔法で雲を消し飛ばしたが、この姿でも消し飛ばすだけなら可能だろう。
しっかりと調整しないと、爆風で地表にもダメージがあるかもしれないが。
「……それは、そういうことですか?」
「どうでしょうか? ただ、あまり使わない方が良いのは確かでしょうね。一応この程度も出来ますが。
立てた人差し指に、ライター程の火を灯し、振って消す。
「色々と教えていただき、ありがとうございました。もうそろそろお嬢様の様子を見てきます。紅茶ごちそうさまでした」
知りたい事は知れたし、今日の内に勉強についての計画だけでも立ててしまおう。
試験まで時間があるとは言えないからな。
1
ハルナが部屋を去ってから十分ほどすると、メイド長の私室の扉を叩く者が居た。
叩く音は五回。これは符丁であり、騎士団関係者と示すものだ。
「開いていますよ」
「どうも。お呼びとの事ですが、どうかいたしましたか?」
「追加で頼みたい事がありまして。それと、少し彼女について知れたので、共有を」
部屋に入ってきたのは、執事長であるジャックだった。
先程イニーが座っていた椅子に座ったジャックは、ポケットから葉巻を取り出して、魔法で火を着けた。
嫌な顔をしながらもゼルエルは風の魔法で気流を作り、煙が外へ出るようにする。
「すみませんね」
「吸うのでしたら一言欲しいのですがね……」
「ほっほっほ」
やれやれとゼルエルは頭を抱えたくなるが、さっさと話してしまおうと頭を切り替える。
「確認ですが、昨日の夜は酷い雨でしたよね?」
「ふむ。そう言われれば、寝る前は酷い雨でしたが、起きたら上がっていましたね。それが何か? …………いえ、あれほどの雨がそうそう上がるなんて事は……それに、仮に上がったとしても、こんな晴天にはなりませんね」
天候とは自然の摂理であり、人の手には余るものだとされている。
だから言われなければ、気づかなかったのだ。
あり得ない現象も、あり得ると思い込んでしまっていた。
ゼルエルが外に視線を向けると、釣られてジャックも外を見る。
遠くに見えるのは、黒い雨雲だが、ここら一体は晴れている。
「名付けるのでしたら、天候魔法でしょうか?」
「しれっと恐ろしい事を言わないで下さい。危うく葉巻を落としてしまいそうになりましたよ」
「因みにですが、火の魔法でやったみたいですよ」
「それは……」
ジャックもゼルエルと同じく騎士団所属だが、歳を取ったのもあり、前線から退いている。
しかし戦いとなれば前線へと行き、火の魔法で敵を薙ぎ払う戦いを得意としていた。
今でこそ落ち着いているが、火力こそ全てと言った戦いが得意だ。
そして、このあり得ない現象は、火の魔法によって齎された。
「――とても、素晴らしい事ですね」
その事を知ったジャックは驚きながらも口角を上げ、嬉しさを隠す事が出来なかった。
空に広がった雲を吹き飛ばす魔法。
それはきっと、途轍もない威力であり、素晴らしい物なのだろう。
「喜ぶのは良いですが、つまり彼女はこの周囲一面を、吹き飛ばせる魔法が使えると言う事ですよ?」
「…………それもそうですね。危険度を上げておきましょう。それで、要件の方は?」
「ハルナの背後関係を洗うついでに、彼女を学園へとねじ込めるように段取りを組めないでしょうか?」
ゼルエルは先程ハルナと話していて思ったことを、ジャックへと聞かせた。
とてもちぐはぐで、何かが欠けている少女。
バッヘルンが雇ったらしいが、あれ程の異様で異常な存在を、雇えるとは思えない。
しかも見限っていたアインリディス付きのメイドにするなど、天と地がひっくり返ってもあり得ない事だ。
無垢な少女をバッヘルンに近づける位ならば、アインリディスと共に王都へ送った方がマシだ。
またハルナの目的はアインリディスを育てるためらしいが、そもそもそんな事をバッヘルンが望む筈がない。
裏に何者かが居るのは確定だろうが、それにしてはハルナの受け答えは可笑しいものであり、此方に情報を渡しすぎている。
しかも依頼を達成した後は、天候を変える程の魔法を使える少女がフリーになると言っていた。
知ってしまった以上、彼女……ハルナを放置するなんて事は選べない。
何せ、彼女の髪は白色なのだから。
殲滅され、消えていなくなった筈の
「成程……年齢は誤魔化せばどうにかなりますし、後ろ盾はゼルエルの家がなればどうにかなるでしょう。問題は本人の意思……でしょうか?」
「そちらは私の方で上手く誘導しますので、バッヘルンの方は宜しくお願いします」
「老体に鞭を打つのはどうかと思いますが――楽しくなってきましたね」
よっこらせと声を出しながらジャックは立ち上がり、残っていた葉巻を灰も残さず燃やし尽くした。
「そうそう。下手な贔屓は他の執事やメイドの毒となってしまいますが、その方面への対策は大丈夫ですか?」
「私自らが教えていると伝えれば、逆に同情されるでしょう。私はかなり厳しいそうですからね」
澄まし顔のゼルエルに対し、ジャックは軽く笑ってから部屋を出て行った。
イニーの与り知らぬ所で、世界はゆっくりと動き始めるのだった。
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