第8話:メイド長とバッヘルンの戯れ

「そんな……本当に全て合っている……それに、計算も早い……」


 リディスから渡された本を全て流し読むをし、出された問題に全て正解をした。

 その後出された数学の計算は、四則計算のみだったので、アクマの力を借りるまでも無かった。


 魔法については俺の知っているものと体系が違うが、一般常識的な物は俺が知っているのと同じだったので、そちらも問題ない。


 つまり、全問正解パーフェクトだ。


「悪魔とは魔法を生業としていますからね。頭が良くて当然です」


 多分。


「……そうね。見た目に騙されてしまっていたけど、ハルナは悪魔だったわね」

「はい。それでは今度はリディスの番です。暗記問題は頑張っていただけなければなりませんが、計算でしたり文の書き方や魔法学については力になれるでしょう。今日は何かご予定はありますか?」

「予定なんて無いわよ。この屋敷では私は、居ないのと同じ扱いを受けているんですもの」


 それは好都合だ。途中で邪魔が入らないのならば、飯の時間以外みっちりと勉強できるだろう。


「それは好都合ですね……と言いたいですが、勉強を始める前に、どんな問題が出るか調べないとですね」


 過去問なんて物がこの世界にもあるか分からないが、あるのならばそれを元にして勉強するのが、効率が良いだろう。


(そう言えば、リディスが入ろうとしている学園ってどんなんだ?)


『学校でボッチだったハルナには、学園なんて程遠い存在だもんねー。とりあえず抜き出した、それらしい記録のデータを流し込むよ』


(好きで一人でいただけだよ。色々とあったしな。それに、魔法少女の学園では一人じゃなかったしな)


 リディスが入学予定の学園は、オルトレアム王国の王都にある、ローデリアス学園と言う場所だ。

 

 この国の貴族や騎士の家系の子息は、この学園に通うのが通例となっている。


 金の関係や、子供が多かったりすると通わせない事もあるそうだが、学園に子供を通わせることも貴族としてのステータスになるので、大体の貴族は通わせているらしい。


 そう。貴族としてのステータスになるので、リディスも通わされるのだ。


 だが今話していた通り、入学をするにあたって試験がある。


 これはどうやら、クラス分けの為に行うそうだ。


 王家と公爵家以外は、この試験の点数によって格付けされるが、主席は大体公爵家か王家らしい。


 どちらも入学しない時は主席の生徒はバラけるそうだが、まあ世の中なんてそんなモノだろう。


 優秀なのもあるだろうが、少なくない忖度もあるだろう。


 そして今年は、四つある公爵家から二名と、第四王子が入学する。


 リディスが主席を取るのは、至難の業となる。


 そんな試験だが、異世界らしく大きく分けて三種類となっている。


 国語。数学。歴史等の座学による試験。


 魔法の知見や構成。威力や効果などを見せる、魔法試験。


 学園の教師と戦う、実技試験だ。


 座学は百点を満点とした採点方式だが、他の二つは少々異なる。


 これが公爵家や王家が主席を取る要因となっているのだが、ゼロ点スタートで、減点と加点で点数が決まる。


 明確な採点基準がないため、多少の誤差は起こる…………ってわけだ。


「……確かメイド長が学園で、結構凄い成績を修めてたって噂を聞いたことがあるわ」 


 そりゃあ騎士団でも有数なのだから、学園に通っていたなら良い成績を、修めていてもおかしくない。


 仕事について学ぶついでに、試験についても教えてもらうとしよう。

 仮に断られても、バッヘルンに聞けばどうにかなるだろうしな。 


 間違いなく学園には通ってたわけだし。


「でしたら、本人に仕事を教わるついでに、聞いてきます。一応メイドですので」

「大丈夫なの?」

「やるからには完璧を目指すのが、私の流儀です。とりあえずリディスは勉強をしていて下さい。それでは失礼します」

「……そこって普通、お嬢様って言うのが普通じゃないのかしら?」 


 公私の私の時にこいつをお嬢様と呼ぶのは負けた気がするので、遠慮しておく。



 






1


 





 リディスを放置して、メイド長を探すこと十分。 


 アクマにより場所が分かっていても、十分も掛かるとは流石貴族の屋敷だ。


 バッヘルンへお願いするついでに、半分くらい屋敷を消し飛ばせば良かったかもと、考えてみだりしてしまう。


 まあ、流石にそんな事は出来ないが。


「メイド長」

「――ハルナですか。どうかなさいましたか?」

「メイドの仕事について教えて頂いても、宜しいでしょうか?」

「…………仕事を……ですか?」

「はい。戦うこと以外は素人ですので」


 メイドと言われても、俺の中ではお茶を淹れたり、掃除などをするくらいのイメージしかない。


 そっち方面のサブカルチャーは、殆ど知らないからな。


 アクマならば知っていると思うが、下手なことを聞くと、何をやらされるか分かったものではない。


「そうですか……分かりました。本来なら教育係りを付けるところですが、私が一から教えましょう」

「ありがとうございます」

「お気になさらず。言葉については一旦問題ないので、歩き方や作法から先ずはやっていきましょう」


 少々やる気が滲み出ているメイド長に付いていくと、何故かバッヘルンの執務室だった。


 一体どういうことだ?


「失礼します。ハルナの教育のために来ました」

「……は?」


 ノックすらせず、自宅の玄関を開けるような感じでメイド長は執務室へと入った。


 中に居たバッヘルンが、呆気に取られるのも仕方ないだろう。


(もしやメイド長は怒っているのか?)


『まあ負けたことをあれだけ笑われたなら、怒っていてもおかしくないんじゃない?』


「それでは始めましょうか。丁度良い相手も居ますので、実際にやりながら覚えていきましょう」

「畏まりました」


 それから三時間程、バッヘルン……様を相手に色々と学ばせてもらった。


 若い身体なだけあり、身体に覚え込ませるのは案外楽だ。

 

 基本的なことさえ覚えられれば、後は繰り返し練習し、洗練させれば良い。


 そこそこ覚えてきたし、本題に入るとするか。


「小耳に挟んだのですが、メイド長は学園で良い成績を修めていたんですか?」

「そうですね。文武共に高水準でした…………ああ、そう言うことですね」


 俺の質問の異図を直ぐに理解したメイド長は、顎に手を当てて考え事を始めた。


 つか、本当にバッヘルンはメイド長の正体を知らないんだな……。

 

 今回の件で良く分かった。


「……入学試験については教えても良いですが、交換条件があります」


 ただとはいかんか。先ずは内容次第だな。


「条件は何でしょうか?」

「出来る限りで良いので、ハルナの事を教えてください。先に確認ですが、バ……当主様との契約が満了したら、この屋敷を去るのですよね?」


 条件としては問題ないが、生後一日の俺に、この世界での背景は無い。


 悪魔召喚されて現れたなんて言っても、頭がおかしな子供と笑われるだけだろう。


 まあ、何とかするか。


「話せることは限られますが、その程度で教えて頂けるのなら大丈夫です。また、契約が切れましたら屋敷から去る予定です」

「去った後の予定は?」

「何も決まっていないですね。契約の期間が定まっていないので、その時に考えようかと」

「そうですが……また後で聞くとして、学園の試験について教えましょう。少々長くなりますので、お茶でも飲みながらにしましょうか」


 現在バッヘルンの執務室で行った、実践形式での練習を終え、使ったものを片付けている。


 仕事終わりにこそ一杯飲みたいのだが…………コーヒー……。


『そう落ち込まないでよ。一応交渉もしているから、ハルナが飲む分だけなら何とかなるかもよ』


(早く何とかしてくれよ。紅茶も嫌いじゃないが、コーヒーの代替品にはならん)


 男だった頃ならタバコや酒と言った選択肢もあったが、この身体はどちらも受け付けない。


 若さなりの苦労といった感じだ。


 戦う限り老いないと言っていたが、はたしてまた酒を飲めるようになるのだろうか?


「着きました。椅子に座ってお待ち下さい。今紅茶を淹れます」

「この部屋は?」

「私の私室です。そう言えば、ハルナの部屋については何も言ってませんでしたね」


 確かに俺が住む部屋について、何も話してなかったな。


 もしも部屋が無かったとしても、リディスの所のソファで寝れば良いだろう。


「新人メイドは相部屋となっているのですが、あなたの立場は少々特殊なので、相部屋は止めておきましょう。ですが、運悪く他の部屋は埋まってしまっています。一応客間は空いていますが、メイドに客間を与えるのは要らぬ不和を招きますからね……」

 

 独り言なのか、俺に聞かせているのか、メイド長はテキパキと準備をしながら口に出していた。


 部屋には紅茶の良い香りが広がるが、俺の気分がすぐれる事はない。

 

 とは言っても、いつまでもうだうだしている物でもないし、アクマに圧を掛ける事で憂さ晴らしをするとしよう。

 

「そうですね……私の部屋を使って下さい。ベッドも見ての通り大きいですし、私は居ない事が多いですからね」

「え、はい?」

「同じ部屋ならば会話する時間も増えますし、何かあれば対応も出来ますから。あまりアインリディス様には関わるなと言われていますが、ハルナを通してなら問題も無いでしょうから。はい。決まりです」


 紅茶が入ったカップを音も無くテーブルの上に置いたメイド長は、俺の疑問の声を無視して納得した素振りをする。


 一応先程結構本気で戦った仲だと思うのだが、妙に面倒を見てくれると言うか、完全に子供扱いされていると言うか……。


 まあ場所など何処でも構わない。それに、誰かと一緒ってのは嫌だが、当面の間の情報元としてメイド長は使い物になる。


 メイドの長を名乗るだけあり、その技術や技量は高く、頭の方も良い。戦いの方も騎士団の中でも上に居るので、ついでに鍛えてもらうとしよう。

 

 近接戦闘は魔法少女の能力頼りだったので、正式に訓練すれば更に強くなれるはずだ。


 意味があるかは分からないが、生身の状態を強化する事で魔法少女としての能力が強化されるのは、立証されている。


「私としては特に反論する気は無いのですが、良いのですか?」

「問題ありません。メイドの管轄は私が任されていますからね。本来は当主様の一存で決められる事ではないのですが……まあ良いでしょう」


 ふむ。これは俺のミスだな。会社で言えば、人事を通さず社長に直談判した形となる。 

 しかも新入社員の癖に、最初から課長クラスの権限を与えたられていると考えれば、そりゃあ怒りたくもなるか。


「気を取り直して、話をしてあげましょう」


 話が始まる前に紅茶を飲んでみたが、これまでで一番美味しかった。


 流石メイド長である。

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