第2話:とりあえず山を吹き飛ばしますか?

 廊下に響く、二つの足音。


 リディスは平常心を保ちながら、自分の後ろを歩く少女をチラリと見る。


 悪魔召喚の儀式をして現れた存在。

 身長は低く、ローブのせいで分からないが、身体は細そうだ。


 髪は青く美しいが、その反面瞳は淀んでいる。

 憎悪を煮詰めたよ様な瞳は、正しく悪魔そのものだ。


 だが……。


(私よりも小さな子供に、力なんてあるのかしら?) 


 この世界には、悪魔の記述を記した書物は殆どない。


 けれどもその僅かな記述の中で、悪魔は醜悪な姿をしていると書かれている。


 羊の頭をしていると書かれているモノもあれば、鶏の頭をしていると書かれているモノもあった。


 どこからともなく杖を召喚したり、眩い光の魔法を簡単に使っているので、何かしらの能力が有るのは伺える。


 けれども、リディスの中にある僅かばかりのプライドが、認めるのに反対していた。

 

 誰も居ない廊下を歩き続け、リディスは自分の部屋へと入る。


 ブロッサム家の屋敷は、本館と東館と西館の三つに分かれている。


 今リディスが居るのは東館であり、本来メイドや執事と言った従業員が住む場所だ。


 何故リディスがこんな所に居るかだが、父親により本館から追い出されたのだ。


「ここが私の部屋よ。そこの椅子に座って待っていなさい。紅茶を入れるわ」


 アクマを座らせ、リディスは手慣れた手付きで紅茶を入れる。


 その間に、何を話すかを考える。


(先ずは、試してみるしかないわね)


 もしもこの少女の形をした悪魔が弱ければ、寿命を対価にした所で意味などない。

 無意味な死がリディスを待っているだけだ。


 死ぬならば、貴族らしく誇りある死を。


 その為に呼んだのだ。


 その行い自体が愚行だとしても、何も掴むことも、残す事も出来ずに死ぬのは嫌なのだ。


 アクマの前にカップを置き、自分も椅子へと座る。

 

 一口飲んで喉を潤す。上手に淹れられた事に、内心喜んだ。


「それで、あなたの力は如何程の物なのかしら?」


 冷静さを取り戻したリディスは、アクマを値踏みするように睨みつける。


 しかしアクマはゆったりと紅茶を飲み、カップをソーサーに戻す。


 そして目が合う。暗く。吸い込まれるような光の無い瞳。


 痺れる様な感覚が身体の芯に走り、思わず目を逸らしそうになるも、ぐっと我慢する。


「そうですね。破壊行動でしたら、山一つ位は容易く吹き飛ばせるかと」

「や、山?」

「はい。今は本調子ではないのでその程度ですが、本気を出せば世界を破壊できますね」


 やる気はありませんがねと呟き、再び紅茶を飲む。


(はっ、ハッタリよ。そんな事無理に決まっているじゃない! 悪魔だからってそんな事……)


 あまりにも荒唐無稽な事を言うので、リディスは軽く鼻で笑ってしまった。


 岩を砕くとか屋敷を吹き飛ばすならまだ現実味があるが、山や世界など規模が大きすぎる。


 悪魔だからと、そこまで出来るはずがない。

 

「そ、そんなの無理に決まってるじゃない」


 そう言ってしまうのも、仕方のない事だった。


 既に精神が成熟しているアクマは、鼻で笑われた程度では怒ったりしない。


 だが怒りはしないが、紅茶を一口飲んでから不気味に笑った。


 その笑みを見て、リディスは背筋に冷たいものを感じた。


 因みに本人は別に不気味に笑ったのではなく、思った以上に紅茶が熱かったため、顔を顰めたのである。


「まあ証明の無い力など、机上の空論と一緒ですからね。少しだけ、お見せしましょう」


 椅子から立ち上がったアクマは、部屋の広い所まで行き、杖を取り出す。


「空を照らす黄金なる輝きよ」


 トンと杖で床を着くと、床一面に赤い魔法陣が現れ、ゆっくりと回転を始める。


 突然の事態にリディスは驚き、椅子から転げ落ちてしまった。


「嘆きの水を干し上げ、覆い尽くす闇を晴らさん」


 屋敷の近くに雷が落ち、部屋が一瞬白く染まる。


 その光に負けない位強く、魔法陣は赤く光る。


大いなる太陽の輝きサン・オブ・サン


 アクマが何かを唱えた直後、窓から見えていた雨雲が全て吹き飛び、星々が煌めく夜空が姿を現す。


「天候を……変えた?」


 リディスの常識からあまりにも外れた現象。


 それを起こしたのはアクマだと、見ていたから分かる。


 床から飛びあがったリディスは窓へと駆け、空を見上げる。


 雲が無くなり、あれだけ酷かった雷雨は姿を消していた。


「どうやら、私が知る夜空ではないようですね」

「――えっ?」


 空を見上げて呆けていると、いつの間にかアクマが隣に居た。

 

「いえ、何でもありません。それより、これで満足ですか?」

「そ、そうねそれだけの力があれば問題ないわね」


 ああ。この少女は紛れもなく悪魔だ。これだけの魔法を惜しげもなく使えるなんて、人ではない。


 アクマに感じていた恐怖は和らぎ、それよりも暗い感情が湧いてきた。


 この力を上手くコントロール出来れば、親を見返し、歴史に名を残せるかもしれない。


 寿命を対価にする以上短い命となるが…………それでも。


「そうですか。それと呼び名についてですが、イニーかハルナでお願いします」

「どうして?」

「馬鹿正直に悪魔だと名乗れば面倒になりますからね。立場は………………メイドということにしておきましょう」


 少しばかり苦悩した後に絞り出した提案。


 確かに悪魔召喚は禁忌であり、話してはならない事だ。言われて納得した。


「分かったわ。朝になったらメイドとして働けるように掛け合うわ」

「分かりました。朝になったらまた来ますので、それでは」


 アクマ……イニーはリディスに軽く頭を下げると、部屋を出て行ってしまった。


 一体何処へ行くのか心配になるが、契約がある以上下手な事はしないだろう。

 

 問題はどうやってイニーをメイドとして雇用するかだ。


 リディスは疎まれているため、何を頼んでも断られてしまう。


 ふと、もしもイニーを怒らせてしまった時の事が頭を過る。


 天候を変えられるほどの魔法が使えるのだ。気まぐれ一つで屋敷を吹き飛ばすなぞ、造作もないだろう。

 

(ちゃんと話しておかないといけないわね)


 力を誇示できる人間が居なければ、力があったとしても意味がない。 


 リディスは自分がどれだけの力を手に入れたか正確に理解することなく、眠りにつくのだった。








1







 雨雲を全て吹き飛ばしたおかげで、月明かりが差し込んで少し明るくなった廊下を歩く。


 目指す場所は図書室だ。


 知りたい情報はアクマから手に入るが、本当に俺が欲しい情報とは限らない。


 アクマが情報を入手している場所は世界の記億的な物なのだが、それが一般常識の情報かは分からないのだ。


 実際にある本を読み、得た知識の方が信用できる。


 例えるならば、世界の記憶にある情報では平均給料は金貨一枚だが、この平均は中流階級以上の人間の平均であり、一般や下流階層の人間のものではない。


 後は世界の記憶では魔法の最大は終焉魔法となっているが、一般知識では禁忌までとなっていたりだろう。


 あくまでも例なので、とにかく鵜呑みにするのは良くないって事だ。


 しかし……。


(何故メイドなんだ?)


 適当に居候か、倉庫にでも隠れ住もうと思っていたが、アクマの提案で何故かメイドとなった。


『私の趣味だね!』


 なるほど。俺が嫌がらせしたから、仕返しとして提案したってところか。 


 提案を受け入れた俺も俺だが…………まあ良い。


光よライト


 図書室に入り、光源の代わりに魔法を使う。


 先ずはこの世界の魔法について、学んでみるとしよう。

 

 アクマから聞いた情報を考察するに、俺が魔法少女として使う魔法と、この世界の魔法は別物みたいだからな。


 文字や言葉なんかは俺の世界と違うが、アルカナに備わっている翻訳能力により問題ない。


 本を探そうと歩き出すと、体の中からポンと光が飛び出し、羽の生えた人型になる。


 無駄に綺麗な金髪が靡き、可愛げがあるが生意気そうな顔。


 アルカナのアクマである。

 

 出てくると共に俺の身体をベタベタと触り始め、納得したように頷いてから頭の上に座った。

 

「本当に生きてるんだね……本当に此処に居るんだね」

「ちゃんと生きてますよ。……一度死んでますけど」


 ペシっと額を叩かれた。


 ジョークも分からんとは……ああ。今の内に教えといてやるか。

 

 元の世界で、アクマに隠していた事が一つある。


 これを教えると面倒なことになるのは目に見えていたので、ずっと黙っていた。


「実はアクマにずっと黙っていた事がるんです」

「黙っていた事?」


 少しややこしいのだが、俺の今の身体は三つ目である。

 

 元々男だった俺は魔法少女の喧嘩に巻き込まれ、瀕死となった。


 意識が朦朧としている時にアクマが現れ、アクマが昔契約していた魔法少女の身体を譲り受け復活する。


 そして魔女との戦いで再度身体を失い、神様製の身体を手に入れた。


 アクマはその昔契約していた魔法少女に執着しており、身体を失いたくなければ従えと何度か脅したこともある。


 そんな元契約者の魔法少女だが、なんと意識があったのだ。


 俺の深層心理で悠々自適に俺から栄養を奪取し、身体を成長させていたのだ。

 

 ついでにもう一人のアルカナが同じく深層心理におり、名を恋人エルメスと言う。


「身体の契約者だった魔法少女ですが、意識だけエルメスと一緒に私の中に居ます」

「――えっ?」

 

『えっ? それを今言う!?』


 俺の中に居る元契約者の魔法少女。通称ソラが反応した。


 アクマが居るのは俺の表層心理であり、エルメスが防壁を張っているせいでアクマは深層心理に行けない。

 

 そのくせエルメスは、普通に外に出てくる事が出来る。


(面倒は先に片づけておく質なんでな)


『あんたは……』


「それって……本当?」

「はい。今はソラと名乗らせています。面倒なので黙っていましたが、これから先は長いですからね。後で全員で話し合うとしましょう」

「うん……うん!」


 アクマは若干涙ぐみながらも笑った。


 これで俺がおちょくって事については忘れてくれるだろう。


「詳しい事は後に回すとして、先に魔法関係の本を探すとしましょう。出来れば朝までに最低限使えるようになりたいので」

「分かったよ。ただ、この世界でも適性があるから、運が悪ければ魔法は使えないからね?」


 その時はその時だ。


 因みに俺が魔法少女の時は、自然属性である火水土風等が使える。


 地下や今使ってる”光よ”は火の魔法である。

 

 光の魔法ではないのだ。

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