第21話 おとこのひとはぼくのはなしをきいてくれる

「ありがとな。だいぶ落ち着いた。悪いな、急に痛い思いさせて。……だけど、お前、俺がいないと今頃ゾンビに食べられてたぞ? なんでこんなところに一人でいるんだ」


 男の人はぼくが持ってきた白いタオルで顔をふいた。べったりとついていた赤い血がきれいにふきとられていく。金髪で顔のいろんなところにピアスがついている。お父さんとはちがってまだぜんぜん若い男の人だった。


 お父さんとちがうのは、ぼくはなぐられなかった。ありがとうって言われたし……。


「なんだ? まだ血が取れてないか?」


「……?」


「ジロジロみんなって人の顔。お前……親は?」


「お母さんもお父さんもオリの中にいて、それで、お父さんは死んじゃって動かなくなって、だから新しいお父さんのカラダを──」


「待て待て! 要領を得ない話し方すんじゃねえ」


「……ヒッ……ごめんなさい!」


 やっぱりなぐられる。そう思って目をつむったのに、男の人の手が頭をさわった。


「悪いな。ゆっくりでいい、話を聞かせてくれ。貴重な生存者だ」


 ぼく、頭をなでられている? 大きい手。でも、なんで、なぐらないんだろう。


 お父さんはよく言っていた。「のろまなしゃべり方してんじゃねぇ!」とか「ぼそぼそしゃべって何言ってんのかわかんねぇんだよ!」とか。


 男の人のしせんがぼくの後ろに向かった。後ろをふりむいたら、横に長いベンチが置いてある。


「そこで座って待ってろ。タオルのお礼だ。なんか食べられるもん持ってくる。もともとそのために来たんだしな。店中腐ったひでぇにおいだが、缶詰やお菓子はいけんだろ。なっ?」


「う、うん……」




「ほらよ」


 男の人が持ってきたのは、フルーツミックスのかんづめと板チョコだった。


「食べて、いいの?」


「もちろんだ。そのために持ってきたんだからよ、食えよ」


 初めて食べるくだもののかんづめ。だけど、ぼく、この開けかたわからないや。


「開けらんねえのか?」


「うん、お母さんにおしえてもらったことないから」


「…………」


 男の人はなにも言わないでかんづめを開けた。上のふたをとれば開くんだ?


「ありがとう……ございます」


「手で食べんなよ。フォークもあるだろ?」


「あっ、うん。ありがとう……」


 おいしい。みかんに、パイナップル、これは──もも?


「まるで初めて食べるみたいに喜んでんな」


 そう言って男の人はぼくのとなりにすわった。トイレの前にいるゾンビのすがたが見えなくなる。


「うん、はじめて食べる。家では食べたことない。学校の給食とか、だけ」


「……そうか」


 男の人は缶ビールのふたを開けて、ゴクゴクゴクゴクって飲んでいく。


「おいしいの?」


「冷えてねーからまずいな。でも、今はアルコールがないとやってられねぇ」


「お父さんはいつもおいしそうに飲んでたよ。仕事から帰ってくるとぼくが見ていたテレビを消して、やきゅうを見ながら飲んでた。飲み終わった缶をぼくに投げて遊んだりもしてたし」


「……お前、名前は?」


「名前?」


「……ああ」


 缶ビールを横に置くと、男の人はまたタバコを吸う。


凛太郎りんたろう


「そうか凛太郎。俺は、あおいだ」


「あおい……さん?」


「呼び捨てでいい。今の状態じゃ、名前なんてあんま意味ないからな。それで、お前はここに何しにきたんだ? 父親は死んだってさっき言ってたが。それに新しいカラダって」


 ぼくはフルーツミックスを食べながら、少しずつ話していった。まち全部がゾンビになったとき、お父さんもお母さんもゾンビになったこと、ぼくはオリにいてかまれなかったこと、お母さんがオリのかぎをわたしてくれたこと、お父さんが死んじゃって新しいカラダを持ってこないといけなくなったこと、それから、これまでのこととかゾンビになる前のこととか、全部、全部。


 あおいはずっと話を聞いてくれた。ぼくが学校の友達に話すのをそうぞうしてたのと同じように、なにも言わないでずっと聞いてくれた。


 ぼくが全部話終わったときには、あおいが持ってきてくれた板チョコを食べ終わっていた。


「──状況はわかった。よく生きてたなお前」


 ほめて、くれたのかな? ぼくのこと。


 あおいのやさしそうな目がまっすぐにぼくを見てくれる。


「わかってるだろ、この状況。理由はわからないが、ゲームやドラマ、映画のなかだと思っていたゾンビが実際に現れたんだ。あちこちで人間だったものが食い合い、インフラも破壊された」


「インフラ?」


「電気とか水道とか、そういうもんだよ」


「うん。急にテレビが見れなくなった」


「俺は、とりあえず生き残っちまったから、生きてるだけだ。ゾンビになるのもいやだし、死にたくはないからな。お前は?」


「ぼく? ぼくは──」


 変な質問、むずかしいよ。だけど、ぼくは。


「お父さんの新しいカラダを見つけて、家に持って帰るんだ。ほら見て、かまれてもだいじょうぶなようにゴム手袋も持ってきたし、首輪も持ってきた。ほらこれ、昔、ぼくの首にかかってたやつ」


 あおいに首輪をわたす。あおいは目を細めて首輪を見ると、タバコのけむりを吐き出した。


「こんな小さな首輪じゃ無理だ、バカ。もっとでかいのじゃねぇと大人の、それも男なんてつかまらねぇぞ」


「そうなの? でも、ぼく、これしか持ってない……」


「……あそこなら置いてあるかもな」


「あそこ?」


「ああ、ホームセンターだ。行ったことあるか?」


「……わかん、ない。家から遠いかな?」


 あおいはぼくの目をじっと見ていた。


「遠いな。車で15分はかかる。わかるか? 歩くにはもっと時間が必要だ。それに、向かうまでにゾンビもたくさんいる」


 車で15分。歩いたら、学校の遠足くらいのきょりかな? ゾンビもいっぱい──。


「でも、行く。お父さんのカラダ、つかまえないと」


「そっか。……気をつけてな」


「うん、ありがとう」





 一回、家に帰るかどうか迷ったけど、ぼくはホームセンターに向かうことにした。お父さんのカラダを持って帰らないと、家族3人でご飯が食べれない。


 スーパーで持てるだけいっぱいかんづめやおかしを持って、スーパーの外に行く。


 でも、入口のところにバッドを持ったあおいがいた。


「……お前、バカだな本当に。ゾンビがうようよいるんだぞ? 子どもの足で行けるわけないだろ」


「でも、ぼく、行かないと──」


 あおいは吸っていたタバコを床に落とすと、赤いくつでタバコの火を消した。


「行くぞ、一緒に。俺は車持ってんだ。その方が早いだろ」

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