第16話 ひろったねっくれす

 入口のゾンビに目がいってたから──だから、横からゾンビが近づいてきていたのに気づくのがおそくなった。大きく開いた口からはするどいキバが見えた。あのキバにかまれたらボクは──ボクも──。


「ううぅうう……」


 ボクの顔の前に口がある。でも、まだかまれてない。ボクは──ボクはいつの間にかゴム手袋をはいた両手でゾンビの口をおさえていた。


 反射──反射だ。体が守ろうとして勝手に動いたんだ。


 ゾンビは怒った犬みたいに顔を横に動かしながら何回も口を開けてかみつこうとしてくる。イタい──けど、まだ手袋がふせいでくれてる。


 でも、にげないと。今すぐにげないともうもたない──。


 手を引っ張ろうとしてもゾンビは口をはなさなかった。キバががっつりとはさんでしまっている。


「うぅうう! このっ!」


 コック人形をけった。でも少し動いただけでたおれてくれない。もう一回、今度は全力でけると人形はゆっくりゾンビの方へとたおれてくれた。


「よし!」


 手が口からかいほうされた。今だ、にげ──。


 入口にゾンビがいる。わすれてた。このまま走っていっちゃうとあっちのゾンビに食べられる。


 男の人の短い髪の毛のゾンビ。そのゾンビの赤い目と目が合ってしまった。脳みそがくさってどこを見ているのかわからないギョロギョロと大きな目が、急に火がついたみたいにかがやいた。


 止まらないと──でも、後ろからゾンビが来る。にげよう──でも、前からゾンビがくる。はさみ……うち、はさみうちだ。


 とっさにボクはゴム手袋をなげた。ゾンビにかまれたゴム手袋だ。男の人のゾンビはその手袋にむちゅうになって飛びついた。ボクはなんとかその横をギリギリ通ってお店の外、光のなかへ走った。まぶしい光が体をつつんで目が開けていられなくなる。


 後ろから2体のゾンビのはりあげた声がひびいてきた。まばたきして後ろをふり返れば、男の人のゾンビと女の人のゾンビがおたがいに飛びかかり、そして食べ合っている。


 女の人が男の人の首にかみつくと、男の人はいたそうにひめいを上げて、今度は逆に女の人の顔にかみつく。おたがいがおたがいをかみ合ううちにボクにはどっちがどっちだかわからなくなった。


 にげた方がいい。足は動き出そうとしているのに、ボクは立ち止まったままだった。


 2体のゾンビのたたかいを見ていなきゃいけない気がしていた。ボクがここへにげなければ2人は食べ合うことなんてなかったのかもしれない。ボクがいなくてもいつかはこうなる運命だったかもしれないけど、ボクが来たことで2人の運命が早く来たのはきっとまちがいないと思う。


 ネックレスがくらいお店のなかを飛んだ。なぜかキレイなままのネックレス。自分で買ったものなのか、おくりものなのかわからない。そのネックレスは、でもボクの足もとにコロコロと転がってきた。


 声は聞こえなくなっていた。くらやみのなかから聞こえてくるのは、くちゃくちゃと、そう、そしゃく音だ。お母さんには何回も怒られたっけ。「音をたてて食べるな!」って。


 勝ったのは男の人だ。ボクはネックレスをひろうと、にぎりしめたまま細い道へにげていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る