第11話 もどってきたらいっしょにごはん
真っ白なTシャツに短パンだけだった服を全身黒いジャージに着替えて準備を終えると、ボクはリビングに戻ってきた。
首輪にヒモ、それからゴム手袋にごみ袋、何かに使えるかもしれない文房具セットをつくえの上に並べて、一つ一つカバンの中に入れていく。
これから向かうのはいつもの買い物じゃない。買い物だったらゾンビに出会ったら逃げてしまえばよかったけど、ゾンビを捕まえるためにはゾンビとたたかわないといけない。
赤い目がこっちを向いても立ち向かっていかないと。
出発する前にボクは、お父さんだった体をもう一回見た。朝からぜんぜん変わらない体をお母さんが長い髪を床にたらして不思議そうに見つめている。
言葉はないし、脳みそもくさっているけど、お母さんはお父さんがわかったりするんだろうか。ちょっとでも見覚えがあったりするんだろうか。
……やっぱりそれはないかもしれない。学校の駐車場でだって先生がボクの友だちを食べたりしていたんだ。だれがだれかなんてわからないんだと思う。
少しでも人間がのこっていれば、きっと人間を食べるなんてできないだろうし、ゾンビの目には豚の生肉と同じように人間はただの肉にしか見えていないんだ。服を着てるだけのお肉。
「お母さん」
ヨダレをたらしながらお父さんを見ていたお母さんの顔がこっちを向いた。まるでボクの言葉がわかっているみたいに。
「お母さんは、ボクのこと、どう見えてるの?」
お母さんはオリを両手でつかむと低いうなり声を出した。意味なんてないのに返事をしてくれているように見える。
「……行ってくるよ、お母さん。新しいお父さんの体を見つけに。戻ってきたら、またいっしょにご飯を食べよう」
開いたままのドアを通り、そっと閉めた。なんでかわからないけど、ボクは笑っていたような気がする。
「ヘラヘラ笑うんじゃないよ!」──そう言われたこともあったのに。
お母さんはボクの笑顔がきらいだった。ボクが笑っていればいつも「うるさい」と言われた。声を出して笑っていないときでも。
お母さんはいつもキゲンがわるかった。イライラしていた。ボクに対してだけじゃなくてお父さんにも冷たかった。お母さんが笑顔なのは、ふりん相手と電話で話しているときだけだった。
そうだ、ふりん相手のゾンビを連れてくれば面白いかもしれない。もしかしたら実際にふりん相手がお父さんになった未来もあったかもしれないし。
ふりん相手と会いに行くときのお母さんの強い香水の匂いがきらいだったけど、今はそんな匂いなんか気にならないくらい家の中はくさった匂いがただよっている。
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