第5話 たおれたおとうさん

 家のカギを開ける音がした。


 ボクはもしかしたら寝ていたのかもしれない。ゆめの中でゾンビとたたかって、友だちみんなにボクのかぞくの話をしていたのかもしれない。


 気がついたら、外は夕方になっていた。すごく赤い血の色みたいな空だったような気がする。


 帰ってきたのがお父さんだっていうのは、足音でわかった。


 お母さんの足音はトン、トンという感じでお父さんはドン、ドン。


 けど、変な足音だった。


 歩くときってふつう1、2、1、2みたいな感じでだいたい同じくらいのはやさで歩くのに、そのはやさがバラバラで、お酒を飲みすぎたお父さんがふらふら歩くときみたいな感じだった。


 玄関をとおってドアを開けたときのお父さんの顔はおぼえている。


 くらい部屋の中でもわかるくらい目が赤く充血していて、くちびるがプルプルプルってふるえていた。


 顔は茶色くなっていて見てわかるくらいにぐあいがわるそうだった。


 お父さんは手に持っていたカバンを床におとしてしまった。そして、いきなり動物みたいにさけぶと、くるしそうにのどを両手のゆびで血が出るくらいにかきまくって、そのまま床にたおれた。


 ──ゾンビだ。ゾンビにやられたんだ。


 そう思ったけど、お父さんの体はなかなか起き上がろうとしなかった。ゾンビならすぐに起き上がるんじゃないのか、おそいかかってくるんじゃないかって思ってたのにお父さんは床にたおれたままで家の中はずっとずっとしずかだった。


 ボクはどうすることもできなかった。逃げることはできないし、助けを呼ぶこともできない。今までだってずっとそうだったから。


 だからスーツ姿のお父さんの背中をじっと見ていた。


 いつ動くんじゃないかって、いや、やっぱり死んでいるのかって思いながらずっとずっと見つめていた。


 こんな状況ならふつうはさけんだりするのかもしれない。泣いたりするのかもしれない。


 でも、ボクはそうならなかった。


 何も感じなかったのかもしれない。


 今まで生きてきてもし、お父さんがいなくなったら、もしお父さんが死んだら、そんなそうぞうは何十回もしたけど。


 もしかしたら、ボクの見ていた動画をバカにしたせいでこんな目にあったんだ──くらいには思っていたかもしれないけど。


 状況が一気に変わったのは、玄関が開く音が聞こえてからだった。


 開けられたままのリビングのドアのおくから、甘い香水のかおりがただよってきた。


 ボクのきらいないつものにおい。

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