第4話 ぞんびのはじまり

 朝ご飯を食べたら、急にひまになってしまった。家に少しだけあったマンガはぜんぶ読んでしまったし、だから今は食べた物を全部ごみ袋に捨てて、もう何回も見たけど、お母さんが持ってきた新聞の号外を読んでいる。


〈感染拡大!? ゾンビが街にあふれる!〉


 ドローンかヘリコプターかわからないけど、空から街の様子を撮った写真が大きくのっている。


 ゲームでよく見るゾンビのように【土けいろ】っていうのかこげ茶色のボロボロの服を着た人たち──というよりも人のむれが道路を歩き回っている写真。


 写真の真ん中にあるビルは燃えていて信号機は落ちていて、ひっくり返った車や窓ガラスが割れた車があちこちに放っておかれているのに、ぜんぜん気にする感じもなくてウロウロと意味もなくはいかいしているように見える。


 読めない漢字も多くて記事がなにを書いているのかわからないところもあるけど、すぐにわかったのは写真のこの場所が都心のど真ん中だっていうこと。


 これを読んだお母さんはすぐに遠くへ逃げようって言っていた。


 言っていただけじゃなくて、服や洗面用具、化粧品、お金にアクセサリーをキャリーバッグがこわれるんじゃないかって思うくらいにつめて逃げる準備をしていた。


 でも、お父さんはぜんぜん気にしていなかった。


 「うちは田舎だから大丈夫だ!」「逃げるなんて情弱のバカがやることだ!」とか言って、シャツにスーツにネクタイもしっかりしめて仕事に出かけた。


 そのあと、お母さんはスマホでうわき相手に電話をかけていた。


 一分くらい話をすると、小さなカバンを持って家を出た。


 日曜日の朝だ。お父さんは仕事なわけがない。お母さんはそれを知った上でうわき相手のところへ出かけた。


 いつものように家で一人になったボクは、スキマから見える窓の外をずっと見ていた。


 カーテンをしめきっていることも多いけど、このときはラッキーなことに開いていて家の庭から外の様子が見えたんだ。


 すごいいい天気だったと思う。雲が一つもなくて快晴って言われる天気だった。


 たくさんの庭の木にはスズメが止まっていて、ピーチクパーチクなにかを話しているみたいだった。


 ボクは雲が出てこないか探しながら、次の日の小学校のことを考えていた。


 今日一日が終われば、月曜日は外に出してもらえる。


 学校に行かないと先生たちがきっと心配するからだ。


 明日になれば、シリアルが食べられるし、昼ご飯には給食も食べられる。


 ボクは一ヶ月の給食のこんだては全部おぼえていた。月曜日の給食は、ボクの給食ランキングの中でも上位にくるカレーライスだったはずだった。


 クラスの友だちのことも考えた。


 ぜったいにゾンビの話題でもりあがる。


 みんなもニュースは見ているだろうし、動画も見ているはず。


 ボクよりももっといろんな情報を知っているかもしれない。


 もしかしたら、お母さんと同じように遠くへ逃げた人もいるかもしれない。


 いや、半分くらいはもう学校に来なくなっていて、学校は非常じたいになっているかもしれない。


 ゾンビのむれが押しよせてきて外には出られなくなってみんなと学校で生活することになるかもしれない。


 だって、ゾンビのゲームや映画だってそうだから。


 それからボクはいろんなそうぞうをしていた。


 友だちの手をつないでゾンビから逃げるところやゾンビに体当たりをしたり、急にかくせいしてゾンビをたおしたり。


 助けをまつときのことも考えた。


 体育館に閉じこもってみんなでご飯をつくって、いっしょにご飯を食べながらいろんな話をするんだ。


 みんなは家族に会いたいと言うかもしれない。でも、ボクは会わなくても平気だ。どうして、と聞かれたらボクは今の状況を話す。


 きっと、ボクは【ぎゃくたい】されている。


 お母さんもお父さんも朝早くからいなくて、夜おそくに帰ってくる。お父さんはすぐになぐったりけったりするし、お母さんも大きな声でおこる。ボクはいつも一人でご飯を食べている。


 ゾンビに食べられるかもしれない、そう思いながらボクはみんなに話ができる。


 したくてもできなかった話が、ゾンビにおそわれるきんきゅうじたいなら話せるかもしれない。


 そう、思ったんだ。


 だけど、いつもより早く帰ってきたお父さんはもうゾンビになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る