第6話 たべられるおかあさん

 玄関のとびらが閉まるのと同じくらいに、お母さんは何かあせったような声を出していた。


 たぶん、お父さんが先に帰ってきていることにびっくりしたのかもしれない。


 急ぐ足音が聞こえてお母さんのすがたがリビングに見えたとき、お父さんはむくりととつぜん起き上がった。


 きっと、たぶん、音に反応したのかもしれない。静かだった家の中に急に大きな音がひびいたことでゾンビのスイッチがオンになった。


 それからは一瞬だった。ゾンビになったお父さんはお母さんに向かって突進していく。


 お母さんはさけんで後ろへと逃げたけど、お父さんがすごいいきおいで飛びかかっていった。


 お母さんは床にたおされてお父さんが首もとにかみつこうとする。お母さんの長いネイルの指がお父さんの顔をおさえつけて、わめきながらお母さんはお父さんをかべの方へと押した。


 お父さんの体がかべにげきとつして、そのすきにお母さんは立ち上がってテーブルの下に置いたキャリーバッグのところへ走ってきた。


 そのとき、ボクとお母さんは目が合った。


 ボクに気づいたお母さんは、一回後ろを振り返りまたボクの方を見た。そして、テーブルに置いたカギをボクに向かって投げてくれた。でも、そのときにはもうお母さんの後ろからお父さんがおそいかかってきていたんだ。


 いつものお母さんならたぶんこんな状況だったら自分をゆうせんして一人ですぐに逃げただろうから、なんでボクを助けようとしたのかはわからない。


 気まぐれかもしれないし、目が合ったからなんとなく体がうごいてしまっただけかもと思う。でも、ボクは手の近くに落ちたカギをひろうとすぐにカギを開けた。


 顔を上げたとき、お母さんはふしぎな顔をしていた。口は大きく開いているのにそこから声は出ていなかった。声じゃなくて息がヒューヒューともれているような音がした。お父さんの歯がお母さんの首にかみつき、首から真っ赤な血がふき出していた。


 お母さんは聞いたことのない悲鳴を上げながらガクガクと首を横にふって、そのまま正面にたおれてしまった。お母さんの声はもう聞こえなくなった。


 次は、ボクのばんだ。お父さんはたおれたお母さんの体を天井のほうに向けると、ヒラヒラの真っ白な服をかみちぎって、出てきたお腹を食べ始めた。


 ぐちゅぐちゅ、ぐちゃぐちゃ、と嫌な音がする。お父さんの顔はどんどん血塗れになっていってスーツのシャツもネクタイも赤く染まっていった。


 しばらくはむちゅうになって食べている。でも、ゾンビだ。お母さんがゾンビにかわったあと、次はボクがお父さんとお母さんのエサになる。


 だからボクはカギを開けたまま、まだそこから動かなかった。


 いつもはおしおきのために閉じこめられているオリだけど、今はボクを守ってくれる。

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