第2話 ジュール号に届いた手紙

 この船は、二階にも窓がいくつかある。一番舳先へさきに近い丸窓に、ジョンスン・ピッチャーズは腰掛けていた。

 背中側から波音が聞こえるのが、窓枠に座ることのたのしさだ。しかし、一歩間違えれば大海原に放り出される。スターチア海はどこまでも続いている。

 それに今は、大航海中であった。もう数日間、浮島に出会っていない。放り出されたら、泳ぐこともできず、ゆっくりと海の中で野垂れ死ぬことになるであろう。

 彼は、この船の船頭見習いだった。今まで鍛えてきたメンタルは誇れるものになっている。

 しかし、不思議と怖くなった。今まで、こんなことは何回も経験してきたはずなのに……。

 誰だって、死は怖い。

 そのことを、ジョンスンは改めて実感した。


 ジュール・ウォーズ号。それがこの船の正式名称である。ジュールとは、ウォルト船長の父親の名前である。しかし、そのことを知っているのは船長のみだ。

 ウォルト氏はと呼ばれており、ジョンスンは見習いと呼ばれていた。

 しかし彼らは一流編集者でもあるまいし、そのことを口に出すことはなかった。第一もう慣れてしまっている。

 ウォルト氏とジョンスンは歳の差がさほど大きくなく、いつかもしウォルト氏が死んでもジョンスンが船頭になる日数は限られてくる。

 すると、問題が浮き上がる。ジュール号にいる2家族は、それぞれ旅に出るだろう。そうなると、残るは、ウォルト氏とジョンスンだけになるのである。

 その問題を隠すようにジュール号はゆっくりと航海している。


 いつの間にか夕焼け空が広がっていた。絵師は、大きく伸びをして、「夕焼け空も綺麗……」といった。雲がいつの間にか流れ切っていた。だからエリーは一枚の写真を頼りに描くしかなかった。


 と言っても、この船にあるカメラといえば、ウォルト氏の持つ両親の形見だけだ。両親は、ウォルト氏が幼いうちに、別れてしまっている。そのくらいの年だから、当然性能も良くない。

 ぼやけすぎている、モノクロ写真が撮れるだけだ。インクを使って現像をしているカメラで、今にもインクが切れそうな見た目をしているが、今までインクを切らしたことは数えるくらいしかない。

 その度に、船でインクを買った。最近の新型カメラはとてつもなく高い。それに比べインクは安い。

 これはウォルト氏がつけた、ジュール号の決まりだった。


「手紙が届いたぞ!」と声が上がった。ウォルト氏は、駆け出した——

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