Number 014「深まる陰影」
うおおおおぉ!?
(グッ、重……! 間に合ったけどなんつー力だよ! てかコイツ
楊・綺蝶の寝室で、鬼面の武者と鍔迫り合いながら白目を剥きかける。
状況は間一髪。
どうにかカラダを挟んでギリギリのところでインターセプトができたが、対峙する敵の圧力はやっぱり超人のそれだった。
ムワムワとバチバチと。
刃を重ねて感じる
万・亜門に引き続き、またしても偉人級。
背後には敵かもしれないけど、妊婦の可能性もある女性がひとり。
バッチシ起床している。
(髪は染めて来たけど、顔つきと目でバレちゃったかな!?)
ああ、チクショウ。今夜はどうして曇りじゃないんだ?
月明かりが恨めしくて堪らない。
あと、微かな明かりに照らされただけでも、一瞬で分かってしまう我がビューティフェイスも!
夜陰に身を隠せられたら、まだしも誤魔化しようはあったのに。
これはもう完全にバレちゃっただろうな。鬱!
(それでも──!)
考えるより先に、カラダが動いてしまったのだから仕方がない。
結果的に敵に塩を送るような行為かもしれなくとも、だからって見過ごせるか?
朱に交われば赤くなるとはよく言われるが、俺はクズどもに囲まれたからってテメェまでクズにはなりたくないんだよ……!
蒼家飛燕流──三の型『燕石』
「!」
鍔迫り合いの拮抗を、自分から引き下がって刃を受け流す。
膂力でも体格でも劣っているのだ。
気功に頼り、いつまでも腕力勝負に拘っていたら馬鹿を見る。
キキィィィィィッ!!
と、おかげで物凄く耳障りでイヤな音が傍で走るが、努めて無視して力の〝いなし〟に専心した。
三の型『燕石』は、子安貝の丸みのイメージだ。
相手の攻撃を受けつつも、上手くベクトルを逸らしてひたすらにクリティカルを回避する防御術。
まさか、俺みたいなガキに自分の剛剣を流されるとは思いもしなかったのだろう。
鬼面の刺客は瞠目した気配を漂わせ、警戒したのか、即座に後方へ宙返りした。
(ハッハー! 柔よく剛を制すとはよく言ったもんだろ──って、んん!?)
既視感。
鬼面が見せた美事すぎるバク宙に、俺は「あれ?」と違和感を得た。
が、疑念が確信に変わる寸前で、刺客は自身の仕事を失敗と見たのか勢いそのままに転身。
食い下がれば余裕で俺を打破できただろうに、何故か逃げて行った。
「え、去った……?」
綺蝶の困惑。
が、二人揃って辺りの警戒を続けても、鬼面武者が戻ってくる気配は無い。
俺の肌感覚的にも、超人の気配は遠のいていくばかりだった。
(
てっきり俺は、アイツがまたしても俺を苦しめるために陰謀を巡らせて、暗殺まがいの警告騒動を本当の暗殺事件にするために刺客を放ったのかと思ったが。
(……生きてる、よな?)
チラリと盗み見て確認しても、楊・綺蝶はきちんと生きている。
多少動転したのか、呼吸が乱れて胸も上下しているが、傷はひとつも無い。
額に少しだけ汗が浮かんでいる程度で、目を見ていると分かるが、精神的にもすぐに落ち着きを取り戻していく。
案外、柔な性質ではないのかもしれない。
「ぁ、貴方、やっぱり……」
「やべ」
目が合ってしまった。
一瞬、シラを切り通してどうにかこの場を誤魔化せないかと思案を巡らせる。
が、それはやはり悪足掻きでしかない。
綺蝶の面持ちは確信的だ。
ここは肩を落として、素直に諦めるしかないだろう。
(ええい、ままよっ!)
こうなれば恩を売る方向にシフトし、状況を切り抜けてやる。
俺は土下座した。
「見逃してください」
「──えっ!?」
「お願いします。俺、貴方の命の恩人です。だから黙っててください」
「つ、強気なのか弱気なのか分からない申し出だわ……」
綺蝶は戸惑った顔で、「とりあえず、顔を上げてください」と言った。
敬語である。
こちらの正体を見抜いた上で、居住まいまで直した。
後宮の三貴妃ともなれば、やはり〝皇太子〟への礼儀は弁えた態度を取るのか。
(けど、問題はここが後宮で、皇太子といえども立ち入りが許されてないって点だぜ……)
初手土下座で下手に出たのは、相手の反応を注意深く探るためだ。
現状、俺が綺蝶の命を救った恩人であるのは向こうも理解しているはず。
となれば、ここで綺蝶がどんな反応を取るかで、俺たちの関係性はハッキリするに違いない。
少なくとも、敵意や悪意がほんのりとでも香ってくれば、俺はそれを嗅ぎ取れる自信がある──ので、顔を上げて初めて綺蝶の顔を真正面から見据えた時。
俺の胸中に転がり込んできたのは、何処までも意外な驚きでしかなかった。
「……良かった。お怪我はありませんね?」
「え──心配、してくださるんですか……?」
「当然です。大切なお身体ですもの。私のせいで何かあったとなれば、死してお詫びする他ありません」
「…………マジかよ」
嘘、だとは思えなかった。
これが演技だとすれば、俺は見事に騙されている。
それほどに綺蝶は安心した顔つきでホッと胸まで撫で下ろし、こちらに何の大事も無いと分かった途端、へなへなと座り込む始末だった。
(敵意と悪意が……)
一切、感じられない。
闇堕ちしてないのか?
左丞相と一緒になって、俺を殺そうと企んでたりは?
確証を得ていたワケじゃないけど、ほぼほぼ悪い方向で想定していたのに。
楊・綺蝶は、まさか俺への恨みが無い?
(時間に余裕は……)
まだある。
先ほどの打ち合いで、水蝶宮の女たちの一部が不審を覚えて近づいている。
だが、その足音が綺蝶の寝室まで辿り着くには、少しの余裕がありそうだ。
とはいえ、悠長に構えていられるほど贅沢な時間は無い。
二分か三分。
それが過ぎれば、俺はすぐさま脱出しなければならないだろう。
「……とりあえず、今夜ここに俺が居たコトは内密に願います」
「はい。ですが、理由は教えていただけますか? 月の君。先ほどの一幕は、私をお救いになられるために……?」
安易に名前や敬称では呼ばず、渾名をつけられて呼ばれた。
こちらが素性を隠したがっているコトと、何処に目があり耳があるか分からないコトを懸念し、気を遣ってくれているのだろうか?
だとしたら、楊・綺蝶は頭の回転が早い。他人への心配りも上手い。
(バカゴリラにはつくづく不釣り合い過ぎる……)
しかし、恩を売るのならここを逃す選択肢は無い。
美人の問いかけには、真っ直ぐに肯定の頷きを返す。
「そうです。まさか文を届けた後で、すぐにあんなコトになるとは予想外でしたが」
「恐れながら、主上はこのコトを?」
「いいえ。鳳皇陛下はご存知ありません。私は然るスジから情報を入手し、秘密裏に行動しています」
「なぜ、助けてくださったのです? 私の
左丞相、
後宮の三貴妃として、楊・綺蝶も宮中の常識には明るいようだ。
不思議に思うのは無理もないが、
「女性の命が脅かされていると知って、しかも、その女性が身重かもしれないと聞いていれば、俺の行動は一つだけでした」
「……!」
ハッ、とそこで深く息を飲み込んだ綺蝶に、俺は「というか、むしろ」と訊ねる。
「カワウソの意向を思えば、貴方こそどうして俺を?」
新しい皇子が生まれれば、仮にも皇太子の地位にある俺は左丞相勢力にとって邪魔にしかならない。
今ここで後宮の女官や宦官どもに俺を突き出せば、
翻ってそれは、サソリへの確かな嫌がらせにも繋がるのだから。
綺蝶はしかし、そこで大いに首を横へ振った。
「何か誤解があるようですね」
「誤解?」
「まず、私は妊娠などしていません」
「っ、そうなんですか?」
「むしろ、主上のお渡りもここ五年はまったく無く、歳も年嵩になりましたから、後宮を去らねばならない話が出ているくらいです」
「なんですって?」
二十六歳で年嵩?
十代で嫁入りが当たり前の世界だとしても、さすがにキショすぎる。
バカゴリラ、まさかの十代しか愛せない説まで浮上かよ。
(ってか、そうじゃなくて!)
楊・綺蝶が妊娠していないのだとすれば、話はまた別の見方をする必要が出てくる。
自身の養女が後宮を去る。
世継ぎ不在となれば、鳳皇には速やかな種付けセックスが求められる。
たとえ年嵩だとしても、今ある妃の中からわざわざ妊娠可能な女性を減らす不利益は認められない。
三貴妃の一員である楊・綺蝶にも、最後のチャンスとして義務的な性行為が要求されるはず。
キショすぎる話で仕方がないが、だから左丞相は俺を暗殺しようと躍起になっている?
(いや、それとも──)
(クソが……! 十分にありえる……!)
もう何が真実で何が偽りなのか。
宮中はこれだからイヤだ! イヤすぎる!
けれど、密かに混乱し始めた俺に、綺蝶はさらに驚きの一言を放ってきた。
「それと、私は貴方を恨んでなどいません。恨んでいるだろうと誰かに吹き込まれているかもしれませんが、それは真っ赤な嘘です」
「っ!?」
「私と白……貴方の母君は友でした。あの日の火災、犯人は私ではなく別にいます」
「ッ、信じる根拠は?」
「お耳を」
綺蝶は近寄って来ると、小さな声で言った。
「私は主上を愛していません。子どもを望んだコトも、一度として」
冷酷で薄情な女だと思われるかもしれませんが、望まぬ子どもが流れてしまった日、胸の裡に去来したのは悲しさと申し訳なさ。
それと、少ないけれどたしかに無視できない安心だったと。
美女はその時だけ、陰鬱な影を表情に落とし囁くのだった。
大逆に等しい放言だった。
「だから、白には感謝しているのです」
一転して笑顔。
そして語る理由。
自分の代わりに皇子を産んでくれた。
怨む理由などまったく無い。
銀髪銀瞳の皇太子にも、是非とも逆境を乗り越え生き延びて欲しい。
「こうして命を助けられもしました。親子二代に渡っての恩には、必ずや報います」
「! 姫様? もしや誰か、そちらにいらっしゃるのですか?」
「さあ、行ってください。後のことは私にお任せを」
「ッ〜〜!」
タイムオーバー。
俺はそこで、水蝶宮を後にするしかなかった。
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