Number 004「狩猟異国料理情緒」



 宮中の料理はいつも冷めている。

 アツアツに熱ければ美味いはずの肉や魚は、いつもパッとしない温度に下げられてから、食膳に運ばれる。


 皇族が食すモノは、すべて毒味されていなければならない。


 即効性から遅効性まで、あらゆる毒を調査するために、宮中の料理は完成から非常に長い時間をかけて、やんごとなき身分の者へ供されるのがルールなのだ。


 しかし、俺は物心ついてからこれまで、それを残念に思えど、不満に思ったことなど一度もない。


 むしろ、冷めてない料理は恐ろしくて、迂闊に手を出せなくなってしまっているくらいだった。

 なので──いや、あくまでもここで言いたいのは、毒味のありがたみなどではなく。


 もっと純粋な、料理の話をしよう。


(何が出るかな? 何が出るかな? トゥルルルっルっ、ルルルル〜)


「──お待たせ致しました。本日は鰐鴨のスープと雉兎の炒飯となっております」

「キターーッ!」


 下女の持ってきた謎の料理。

 見慣れないそれを、俺はワクワクとした気持ちでいつも見下ろす。


 鰐鴨ってなんだ?

 雉兎ってなんだ?


 無論、どちらもかつての世界にはいなかった動物である。

 しかし、聞くだけでとても美味しそうな名前なのだ。

 食材として、素晴らしいポテンシャルを秘めた動物に聞こえるだろう?


(こういう時、俺は本当に自分が異世界に転生したんだって、深く実感するんだ……)


 そんなワケで、色々と辛くて厳しいコトだらけの皇太子生活でも、唯一の楽しみが食事だった。

 皇族というコトもあって、やはり衣食住には困らない。

 その点では、俺の転生ライフは恵まれている。

 農民とか、マジ原始人に近い文明レベルだからな。

 命の危険がなかなか拭えない宮中ではあるが、豪勢な料理を作ってもらえるのはありがたい。

 冷めてこそいるが、国の中でも指折りの料理人が見栄えも凝らして作っているから、数少ない癒しである。


 味はアタリだったり、ハズレだったり。

 たまに漢方っぽい変なのもあったり。


(でもまあ)


 海外で初めて食べる料理なんて、基本、そんなもんだ。

 異国情緒は楽しんでナンボだぜ!





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 ──





 さて、今日は狩りの日である。

 鳳国では皇族は、伝統的に狩りを嗜み、皇族直轄の狩猟地なんて場所まで持っている。

 そのため、代々の皇族は狩猟の時期になると、臣下を引き連れながら弓の腕を競ったり、時には槍の腕を競ったりして、遊んでいたそうだ。

 俺も六歳からゴリラ……鳳皇に連れ回されるようになった。

 弓を握るようになったのは、その頃からである。


(……普通は危険もあるから、ある程度の身体ができるまで、狩りには参加させないのが慣例だったみたいだけど)


 そこはそれ、ゴリラは掟破りの破天荒愚帝であるからして、俺様ルールを適用した。

 なんでも、


 ──朕の子だ。たかが狩りぐらいで、何の問題があろう?


 とのこと。

 したがって、俺は十歳にしてはおよそ四年のキャリアを持ち、弓の腕にはそこそこ秀でている。

 もちろん、使っている弓は子ども用だが。

 しかし、いずれは大人用の弓も使えるようになって、一端の射手にはなれるだろう。


 剣と違い、俺は弓に関しては結構自信があった。


(なんつーか、性に合ってるんだよな……)


 剣とか槍とかって、相手の殺意がじかに手に伝わるじゃん?

 反面、弓は矢を撃ち放ってしまえば、あとは結果だけ。

 当たるか外れるか。

 それだけでいいから気が楽だ。


(遠距離からの弓チクが得意とか、マジでザコの戦い方だろうけどなー)


 空燕先生のようにはなれんから仕方ない。

 人が誰でも超人になれるとは限らないのだ。

 今朝食べた鰐鴨なども、聞くところによると、体長五メートルを超える大物だったそうだ。


 鴨のようなクチバシと、鰐のような大顎。

 鱗の生えた手足に艶のある羽毛。


 イメージ的には、恐らくカモノハシをサイズアップして、ティラノサウルスっぽくした感じだろうか? 想像だけでも、超怪物である。


 ともあれ、そういった大型の獲物をも仕留めてしまうのが、この世界の人間やめちゃってる人間たち。

 俺はまだまだ筋力そのほか、気功の練りなども足りていない。

 空燕先生のおかげで、あれから無事に気功術に目覚めるコトはできたが、道のりは長く果ては見えない。


 この世界では、気という超常パワーを使って、一本の矢が家壁を破壊することもある。


 日本では源為朝という、なんでもたった一発? で船を沈めた武将などもいたらしいが、この世界の剛弓使いも、たぶんそんな感じなのだろう。


 他にも、遠矢の達人になると三里先の的すら狙いを違わない者もいるとか。視力どうなってんだ? バケモノなのだろうか?


 しかし、鳳国の皇族や貴士族たちは、大昔から優れた血統を取り込み続け、生まれながらに何らかの才に恵まれている者が多い。


 武の才能もそのひとつ。


 なので、これまで気がロクに使えていなかった俺は、周囲からそれはそれは未熟者として侮られ蔑まれ、恒例の狩りでもネズミほどの小さな獲物しか獲ることを許されていなかった。


 妾の子は、鼠でも追いかけてるのがお似合いだー、ってヤツだな。


 ちなみに、鳳皇はそんな俺を早々に軟弱者と見限り、失望している。だったら毎回毎回連れ回さないでくれよ! と、思ったことも一度や二度じゃないが。

 それはそれとして、完全に放ったらかしにされてしまうのも、宮中での居場所を失いデッドエンドに繋がってしまう。


 実を言うと、俺はこれでも将来的に、この国をあるべき形に正そうと野心を秘めていたりもするのだ。


 中身が凡人なので、世直しとかまったく出来る自信は無いが。


 後宮でお薬漬けの傀儡エンドを迎えるより、誰かマジで正義の人を見つけて、そいつの傀儡になった方がいいと思っている。


 問題はそんな人物が果たして本当に生き残っているだろうか……ってコトなんだが、まあ国土だけなら無駄に広い鳳国だ。


 いつかは聖人が現れるに違いない。


 俺は来たるべき時に備え、懸命に皇位継承権を維持するだけである。

 現れなかったら逃げる。


 そんなこんなで、俺は皇族の端くれとして、今日も狩りに参加するのだった。


 ちなみに、供回りは少ない。


(仮にも当代の皇帝御自らが、狩りを楽しんであらせられるからな)


 大半のおべっか使いは、ベラベラと心にもない賞賛を述べたてるのに忙しくしているし、あの天萬でさえ、今日のような日はゴリラに付き従って離れない。

 銀髪銀瞳の軟弱皇太子には、わずか数人の下人と一名の護衛。

 あとは狩猟指南の老人がいるだけである。


「──玉瑛様、あちらに隼栗鼠はやぶさくりねずみがおります」

「なに? ……おお、相変わらず目がいいな。じぃ」

「──射るのならお早く。アレはすばしっこい」

「分かった」


 矢を番え、弓を構える。

 視線の先には、白と黒の斑点模様じみた毛並みを持った鳥類っぽい特徴を併せ持った栗鼠リスが、もぐもぐと木の実を齧っていた。

 食事中であり、ヤツは油断している。動きを止めている今がチャンスだろう。

 狙いを定め──ひそかに内気を練り──己が手を通じて矢へと収束・収斂。


(……シャッ!!)


 なんつって。

 一瞬の沈黙。

 しかして、


「──お見事」

「ああ、ありがとうな、じぃ」


 簡潔な賛辞に、こちらもシンプルな礼を述べる。

 隼栗鼠は一撃で倒れ、過程ももちろん、成果としても申し分ない。

 雑用係の下人が、黙々と回収に向かっていった。

 しかし、静謐な空気を纏う寡黙な老人、シュ雲鷹ウンヨウはさすがに目ざといものだ。


「──玉瑛様、今のは……」

「はは、やっぱり、じぃには分かるか?」

「──おめでとうございます」

「みんなには内緒にしててくれ」

「──御意」


 狩・雲鷹。

 浅黒い肌をした灰髪の老人であり、鳳国の帝室に仕える古くからの狩猟指南役。

 御歳八十一という年嵩でありながら、未だ衰えを知らず。

 現鳳皇の前の代──すなわち、俺の祖父の代から皇族の狩りを指導してきた男だった。


 言わずもがな、鳳・玉瑛にとっては弓の師であり、宮中では唯一、何の差別も偏見もなく俺に接してくれる非常に有り難い存在である。


 その眼差しは常に猛禽のごとく。

 その弓は遥か空を翔ける雲上の鷹すら一矢で射落す。


 質実剛健を是とする狩・雲鷹が指南役だからこそ、俺も自分の弓に自信が持てているってワケ。

 この世界じゃ、一番に尊敬していると言っても過言ではない──え? 空燕先生アマゾネス

 あれは時代が時代なら、虐待のプロだ。尊敬とは対極に位置する。剣の腕は凄いけどね。


 って、そんなことはどうでもいいんだよ! 今日は料理がメイン!


「じぃ! じぃ! たしか隼栗鼠は、ほのかに甘い淡白な味だったよな!」

「──是」

「じゃあ、今日はどう料理したらいいと思う!?」

「──シンプルに、肉団子などどうでしょう」

「いいな! 一緒に叩こう!」

「──では、あちらのせせらぎで」

「ゴマと山椒で食うか!」

「──ニンニクもよろしいかと」

「そうだな!」


 俺たちはウキウキと渓流の下流へ向かった。

 皇帝が狩猟を好んでいるだけあって、自然豊かなのが皇族直轄の狩猟地である。


 じぃは静かなタイプなので、こうあからさまに笑ったりなどはしないのだが。

 狩猟の専門家なだけあって、やはり野趣に富んだ料理にも精通していた。


 どれくらい精通しているかと言うと、常日頃から複数の調味料を小瓶に入れ、腰からぶら提げているくらいに。


(本当はこういう、密かなつまみ食いは皇族としてご法度なんだけど……)


 じぃといれば、毒の混入や寄生虫などの心配も無い。

 俺としても、どれが危険な食い物なのか教えてもらえたりするので、供回り全員に軽い口止めをして、毎度秘密の食事を楽しんでいた。

 ホカホカの飯が食えるのも、唯一こういう時だけである。

 周囲には恐らく、いや、絶対にバレているが。


(けどまぁ、こればっかは咎められもしないんだよな……)


 きっと、運悪く毒キノコかなんかにでもアタって、そのまま死ねばいいと思われているのだろう。

 たまに事情を知らない──上から息のかかってない新参の下人が慌てて止めようとしてくることもあるが、だいたいは放置されるようになる。喜んでいいのか、悲しむべきなのか……


(まっ! こっちは美味いもん食えりゃ、それでいいんだけどな!)


 カスどもめ! などとは毛ほども思っちゃいない。



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