フェイク――偽りの結婚から始まる伝説――

和泉将樹@猫部

プロローグ~偽りと偽りの結婚

(正気ではやってられないな……)


 ヴェルンガルド王国の第二であるリスティルは目の前で今始まろうとしている式典を前に、それ以外の考えを持つことはできなかった。


 ここは隣国ヴェルダルト王国との国境緩衝地帯に新たに建設された大聖堂。

 わずか二年の突貫工事で作ったとは思えないほど、美しい建物だと思う。


 そしてその大聖堂で行われる最初の儀式となるのが、ヴェルダルト王国第一王子トリステインと、ヴェルンガルド王国のの結婚式だ。

 そして、リスティルは、本来を纏って、今まさに新郎たるトリステイン王子の待つ聖堂へ行くところである。


 ヴェルンガルド王国とヴェルダルト王国は、不倶戴天の敵国同士だった。

 そもそもは、ヴェルンガルド王国の王位継承権争いに敗れた者が建国したのがヴェルダルト王国とされている。

 ただ、ヴェルダルト王国の歴史では、ヴェルンガルド王国こそがヴェルダルト王国で継承権争いに敗れた者が建国した国と云われている。


 当時の記録はどちらにも存在し、つまりどちらも自分たちこそが正統だと主張している状態。

 故に、建国以来数百年、お互いを敵視しており、当然、お互いの王家の者同士が婚姻によって結びついたことはない。

 いわばこの式は、その慣例を破り、ついに両国が血筋を同じくするという、非常に大きな意味があるものである。


 その、最大の理由は、北方から現れた軍事大国、ボレアス帝国の存在だ。

 強大な軍事力を背景に侵略戦争を繰り返すこの国が、ついにヴェルンガルド王国とヴェルダルト王国の、すぐそばまで迫ってきていた。

 まだ間に小国がいくつか残されてはいるが、文字通り鎧袖一触されてしまう程度の国力しかない。

 それら小国はヴェルンガルドとヴェルダルトのどちらかと同盟関係にあるが、あらゆる戦力を比較しても、ボレアス帝国の戦力に、ヴェルンガルド、ヴェルダルト一国で対した場合、敗北する可能性が極めて高かった。


 だが、この両国が協力すれば、その国力は大幅に増す。

 そもそも、魔道大国として知られるヴェルンガルド王国と、優秀な軍馬を産し、特に無類の騎兵の強さで知られるヴェルダルト王国は、両国が結び付けば大陸最強国家になると云われていた。

 それは誇張にしても、この両国が協力した場合、中原に最強の同盟が誕生するとされていたが、同時にその建国の経緯からありえないとされていた。

 しかしボレアス帝国の脅威は、その建国以来数百年のわだかまりすら捨て去るほどのものだったのだ。


 曰く、ボレアスに占領された国は、男は全て強制労働に送られ、女は全て慰み者にするため極寒の北方に連れ去られる。

 そして子供は、ボレアスの兵とするため、練兵場に送られるらしい。


 実際、ボレアスに攻め滅ぼされた国は、王都が瓦礫の山と化したと云われている。

 その恐怖と、すさまじいまでの精強さで、今や大陸の恐怖の的であるこのボレアスに対抗できるとしたら、ヴェルンガルド王国とヴェルダルト王国の二国が当たるしかない、と云われていた。


 そしてそれは、両国の国王以下重鎮たちもわかっていて――数百年のわだかまりを捨て、婚姻によって結びつくことを決断したのが、二年前。


 ヴェルダルト王国第一王子であるトリステインと、ヴェルンガルド王国第一王女リスティアの結婚。同時に二人を共同統治者として、新たな新国家ヴェルスの王とするとしたのだ。

 実際にはお互いどれだけ影響力を行使できるかという駆け引きがすでに始まっていたが。


 だが、予想外の事態が起きる。

 一年前、なんとヴェルンガルド第一王女のリスティアが殺害されたのだ。

 犯人はわかっている。

 ボレアス帝国の刺客だ。


 ボレアスからしても、新国家ヴェルスの誕生は望ましくなかったのだろう。

 だから、婚姻による両家の結びつきが出来なくなるように、リスティア王女を殺害したのだ。

 ヴェルダルト王国の後継ぎはトリステイン王子のみで、王女はいない。

 ゆえに、婚姻によって両王国を結びつけるのは不可能になると踏んだのだろう。


(別に、普通に同盟を結べばいいだろうに)


 だが、それでは無理だというのは、リスティルには何となくわかっていた。

 数百年にわたる確執は、そう簡単に氷解しない。

 だから、劇的な変化が必要だったのだ。


 だが。


(だからって、の俺が王女として嫁ぐとか無理があり過ぎるだろ……)


 ヴェルンガルド王国は代々女王が統治する。

 そのため、王族の男子はやや軽視される傾向があった。

 さらに、第一王女リスティアの双子の弟として生を享けたリスティルは、基本的にその存在自体を隠された。

 これは、双子が禍を呼ぶという伝承が理由だ。

 本来なら殺されるところだったらしいが、リスティルの潜在魔力の高さが発覚し、王族としてではなく貴族の子として育てられたのである。


 その自分の出生を知ったのは、十歳で、偶然王女リスティアに会った時だ。

 驚くほどよく似ていた二人は、一瞬でお互いがどういう存在か分かってしまった。


 ただ、リスティルは自分の出生を呪う気にも、王家を恨む気にもならなかった。

 双子の片割れが殺されることは王族に限らずよくある話だ。

 それを生かしておいてくれただけでなく、ちゃんと育つように配慮してくれたのだ。感謝こそすれ、恨む理由はなかったのである。


 その事態が急変したのが、姉であるリスティアの暗殺だった。

 この婚姻は、王国として絶対に成功させる必要がある。

 まして、王女が殺されたなど、ヴェルンガルド王国の力不足とみられても仕方がない。

 だから、当然事情をヴェルダルト王国に話すわけにもいかず――そしてあろうことか、王国は瓜二つとされる双子の弟リスティルを、リスティアとして嫁がせることにしたのである。


 確かに、魔法で一時的に性別を変えることはできる。だが、それはを被るような一種の擬態魔法で、当然子を成すことは不可能。体格も変わらない。

 だから、そう長くだませるはずはない。

 リスティルは成長期で、今はまだそれほどではないが、一年で掌の幅ほどには背が伸びていて、まだ止まっていない。

 早晩、絶対に気付かれる。


(まあ……今は見ただけでは気付かないかもだけど)


 鏡に映った自分を見る。

 長い黒髪は、この一年で伸ばしたものだが、かつてのリスティアと同じ、艶やかで美しく、光沢を放っているようでもある。

 顔のパーツもすべて、王国の至宝とまで呼ばれたリスティアのそれと全く同じ。

 ゆえによく勘違いされかねないので、リスティルは髪を短くしていたし、顔にはわざとペイントで魔法紋様を入れていたりした。


 おそらく見ただけでは、リスティアをよく知る者であってもわからないだろう。

 リスティアが死んだことは、国王以下ごく一部の者しか知らない。


 結婚後、トリステインとリスティアが住むのは、両国のちょうど中間にある城塞都市に作られた新たな邸宅だ。

 いわば、そこが新たな王宮となる。

 いわゆる『新居』がそこなわけだが――そこに入るのは男と男、ということになるのだ。


 ヴェルンガルド王国としても、この同盟は成立させなければならないし、一方でリスティア王女がすでにいないことを知られるわけにもいかない。

 後継者たるリスティア王女がいなければ、ヴェルンガルド王国の正統後継者不在となり、ヴェルダルト王国に今後の主導権を握られてしまう。それは許せないらしい。

 国の存亡がかかってる時にアホかと思うが。


 鐘楼の鐘が鳴り響いた。

 式典の始まりを告げるそれが、後戻りできない事実を再認識させる。

 背後の、聖堂への扉が開く。

 リスティルは諦めたように息を吐くと、父の手を取って聖堂へと進み出る。


 すでに祭壇の前には、新郎であるトリステイン王子が待っていた。

 祭壇の手前まで進み出たリスティルは、父の手を離れ、そのまま進む。

 近づいたところで、トリステイン王子の手が差し出される。

 リスティルはその手を取って、その時初めてトリステイン王子の顔を見た。


(――驚いた。本当によく似てる)


 同じ黒髪だからか。なぜか、自分に似ていると思った。

 絵姿を見た時にも似てると思ったが、対面するとさらに似ていると思えた。

 考えてみれば、建国の経緯を考えれば、同じ血を分けた王家だ。似ている王族がいても不思議はないだろうが、それでも男の自分によく似ている。

 もっとも今は魔法で性別を変えていて、女性向けの化粧もしているのでそこまで似てると思う人はいないだろう。


 自分で言うのもなんだが、自分より背が高いこともあり、相当な美男だと思える。

 さぞ国許でも女性に人気があったであろうことは、容易に想像できた。


 司祭が儀式の開始を告げる。

 そして――ヴェルダルト王国第一王子トリステインと、ヴェルンガルド王国第一王女リスティアは、新たに誕生した国家、ヴェルス王国の共同統治者となった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


(どうしたものか――)


 リスティルは、広い寝台の上で、緊張に身を強張らせていた。

 結婚式の後の宴が終わったのは昨夜。

 お互い身を清めて、今日から新たな宮廷での生活が始まる。

 昼間は食事中に他愛のない会話をしただけだった。


 トリステイン王子は思ったより気さくな人物だった。

 騎士道を重んじる国の王子だというのに、堅苦しさより親しみやすさの方が全面に出る。

 話題も豊富で、むしろ魔法にばかり打ち込んでいた自分よりもよほど社交界では人気が出そうだと思えたほどだ。


 ただ、夜の生活となると話は別だ。

 魔道によって見た目を変えていても、肉体が女性になりきっているわけではない。

 行為そのものを行うことは一応できるが、絶対に子は生まれない。

 つまり、この結婚は最初から破綻していることになる。


 ただ、結婚する必要はあった。

 ヴェルンガルド王国とヴェルダルト王国が一つとなり、ボレアス帝国に対抗する。

 それだけではない。

 生まれるよりもはるか前、建国前から続く、くだらない争いに終止符を打つ。

 リスティルがこの結婚ペテンに応じたのも、この二国の戦争を終わらせたいという望みがあったからだ。


 外を見ると月明かりが部屋を照らしていて、壁にある魔法具の照明がわずかに明るさを補っている。

 これで普通の結婚なら、さぞ期待に胸を膨らませたのだろうが――。


 ぎぃ。


 扉が開く音がした。

 入ってきたのは――当然だが、トリステイン王子。


(あれ? 少し背が……縮んだ?)


 扉の前に立ったトリステイン王子と、結婚式の時横に立っていたトリステイン王子で、背の高さが明らかに違う。

 リスティルは今が成長期で、百六十五センチほどあるが、トリステイン王子はそれより頭半分ほどは高かったはず。

 なのだが、今のトリステイン王子は、おそらく自分と同じか、むしろ少し低いくらいに見える。


 もっとも、式の時は男の見栄で靴などでかさ上げしていたのかもしれない。

 仮にも相手にそんなことを指摘するようなことは、自分の母親ヴェルンガルド女王でもしないだろうから、リスティルも当然口をつぐみ、トリステイン王子を待つ。


 そのトリステイン王子は、寝台のすぐ横まで来たところで、足を止めた。

 そして何か迷うような素振りを見せる。

 初夜に緊張でもしているのだろうか。

 もっとも、リスティルからすればどうやって乗り切るかという方が問題なのだが。とりあえず魔法が切れないようにするしかない。


「……あの」


 一分ほどはそうやって逡巡してたトリステイン王子が、ようやく口を開いた。

 ただ、リスティルはその声がトリステイン王子のものだというのに気付くのに、たっぷり五秒はかかった。

 それほどに、か細く、まるで少女の様な声だ。まさか、声変わりをまだしていないというのか。

 記録によるとトリステイン王子は十八歳。さすがに声変わりしていないということは――自分は十五歳でやっとし始めたところだが――ないと思うのだが。

 そもそも、式の最中やその後のパレードで聞いた声は、そういうことはなかったはずだが。


「まず最初に、謝らねばなりません。私は……トリステイン王子ではありません」

「……は?」


 月明かりに見えた顔は、確かに結婚式でいたトリステイン王子だ。

 ただ、頼りない明かりの元というのもあるが、結婚式で見たその顔より遥かに細面で、むしろ女性的だと思える――というより、類稀な美少女という方がしっくりくるような顔だと思えた。


「やむを得ない事情があり――私がリスティア王女と結婚するということになりましたが……私の本来の名はトリステラ。トリステイン王子の――いえ、亡きトリステイン王子の妹です」

「え?」

「兄であるトリステイン王子は、一年前に何者かに殺されたのです。おそらくは、ボレアス帝国の者に。ですが、ヴェルダルト王国としても、この婚姻による同盟の成立は、かの帝国に対抗するためにも不可欠。そして、本来王位継承権者であるトリステイン王子でなければ、共同統治者としては認められないだろうということから――国は兄の死を隠し、養女に出されていた私を呼び戻したのです」

「……じゃあ、貴女は……」

「幸い兄と私は非常に顔が似てるとのことで――気付かれることはないと。ですが、夫婦となったリスティア王女までだますのは、私にはできません」


 この世界の王族や貴族には、男女が寝台を共にするのは、必ず男性から誘うという習わしがある。これは、女性優位のヴェルンガルド王国ですら同じだ。

 つまり、トリステイン――いや、トリステラが誘わなければいいだけ、ということにはなるから、言わなければリスティア王女――正しくはリスティルにはバレないで済ませられるのだ。

 トリステイン王子とリスティア王女が夫婦とはいえ、夫婦仲が良い必要はない。

 いずれ後継者は必要だとしても、当面は愛妾を抱えていてもいいとされている。

 だからあちらも隠し通せると思ったのだろう。


 ただ。


 まさかお互いが同じことになっているとは思わなかった。

 思わずリスティルは大きくため息を吐く。


「申し訳ありません。ですが、お互いの国のため、どうかしばらくこの茶番にご協力を……リスティア王女?」


 リスティルの様子が不思議になったのか、怪訝そうなトリステラがリスティルをのぞき込む。

 実際、リスティルはもう笑うしかないと思い……声を出すのを必死にこらえていたのだ。


「あの……?」

「トリステイン王子――いや、トリステラ王女。なんていうか、お互い本当に馬鹿げた状態ではあるんだけどね」


 そういうと、リスティルは魔法を解除する。

 といっても、この暗がりではおそらくほとんど変化は分からないだろう。


「私も――いや、僕も同じ状態なんだよ」


 そういうと、リスティルもまた、自分の事情を話し――トリステラは唖然としていた。



 お互いの国の見栄から始まった、茶番劇に等しい結婚。


 後に『聖王』とまで呼ばれた二人の王の物語は、文字通りペテンめいたこの結婚から始まったのだ。


――――――――――――――――――――――

冒頭部分のみの短編です。

続きは……うん、今のところ予定はありません☆

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